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国王陛下、只今逃亡中につき、騎士は弱みに付け込んだ。  作者: 笹色 恵
二つの感情を無視し続ける事はできない。   ~ジェーム帝国にて~
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厳密に配合された秘伝の薬茶




 何度となく声をかけても来てはくれなくなったエラ殿が向こうから執務室まで出向いてくれた。事前の予約など彼女が来るのに必要はない。無表情か睨まれるかとも思っていたが、予想に反して好意的に笑んでいる。

「神官にお会いする決意は固まったので、日取りを決めて頂きたい」

「その前に……誤解を」

「その後はできるだけ速やかにここを出させて頂くので、お手を煩わせることはもうないだろう」

「手を煩ってなど……それに、出て行っても今は冬だよ。こちらの冬はとても深い」

「この洞窟都市から出て、少し空のある生活にもどりたいのだ。冬を越す程度の資金はあるのでご安心を。それに、神官殿に会えば、ジェゼロに戻ってからの方針も決まるだろう」

 今更、エラ殿の目が全く笑っていない事に気づく。

「それでは、貴重なお時間をお取りして申し訳ない」

「待ってく……」

 早々に部屋を出て行こうとするエラ殿を呼び止めようとして立ち上がる。椅子に足を取られ、体制を立て直そうと手を付いた先は書類が積まれていて紙が滑って更に悪化し、改善の兆しがないままに盛大な音を立てて転倒した。衛兵が直ぐに入ってくる。

「大丈夫。足を引っかけただけだ。怪我もない」

 強かに打った肘が痺れるほどに痛いが、誤解を与えてエラ殿に何かあってはいけないと直ぐに言う。

「……エラ様、話は終わりましたか?」

 衛兵が持ち場に戻る中、音を聞き当たり前の様に入って来たベンジャミン・ハウスが問う。その声でエラ殿が呆れて帰ってはいないとわかる。

「ああ、終わったところだ」

「ま、待って欲しい。誤解があるんだ」

 立ち上がり改めて引き留める。もう作り笑いすら消えた彼女がこちらを憮然と見返していた。

「エラ様、ジェーム帝国の帝王様にございます。ジェゼロ王となるならば、それなりのご配慮を」

 ベンジャミンがへそを曲げた少女を嗜めるように言う。あれ以来、二人の関係が改善したのは知っている。エラ殿が国を出る時に唯一帯同させた青年とは恋中とは言えぬものの、互いに情があるのは明らかで、それを無暗に邪魔する気などない。自分が受けた試練を彼女に与えたいと思うものか。

「……ジェーム帝王よ。誤解があると言うなら納得のいく話であると期待するが?」

 ほっとしたが、その目は疑いしかない。

 明確な答えは持っている。抱かせている誤解を全て納得させるものだ。だが、納得したから許すと言うのはまた別の話で、むしろ、どうしようもないほどの亀裂が入ってしまうかもしれない。

 ベンジャミン・ハウスは知っているようだが、サラが話したとは思っていない。彼女は自分にすら知らせることなく墓場まで持って行ったほどだ。だがそれは、注視すればわかるようなことなのだ。

「わかった。座ろうか……お茶を入れるから少し待ってくれるかい。話が長くなるかもしれない」

 ハーブティはあの人から教わった物の一つだ。たまにはゆっくりと茶を飲むのも必要なことだと教授してくれた。薬草は何も毒として作用するだけではないと効能を話す姿はいつにも増して輝いていたものだ。

 秘伝の茶を出して向かい側に座る。ベンジャミン・ハウスは何があっても直ぐに対応できるようエラ殿の斜め後ろで、付き人として正しい位置に立っていた。彼がいる方が彼女にはいいだろうと退席を求めるような無粋なことはしないでおく。

「何から話せばいいか………………私が帝王として実質の仕事を担うようになったのは、二十年ほど前だったけれど、帝王の冠を授かったのは、それよりも五年前だった。帝王になる前は少し病弱程度だったが、重圧か環境の変化かその五年は半分以上を床で過ごすような体調の悪さで政治に係わるどころか会議にも参加できない状態だった」

 思い出しても死んだような日々だった。

「大分と危ない状態になってしまい、身分を偽って外の施設で療養をしていた時、一人の学生と知り合って、在り来たりだが一目惚れをしてしまってね」

「それが、私の誤解を解く話で?」

 内容にエラ殿が目を細める。急くのはあの人によく似ている。

「相手はサラ・ハウスと名乗った女性だ」

「………」

「サウラ・ジェゼロ様が若い頃に他国で使用していた偽名のようです」

 ベンジャミンを見上げて誰だと目線で問うと、ベンジャミンはもったいぶる事もなく言う。それを聞き、エラ殿は目を瞑り呻きのような声を漏らした。

「前ジェゼロ国王が、知らぬことと信じたいが帝王に対して数々の無礼を行った事は、十四代目ジェゼロ王として……謝罪をします」

 態度を軟化というよりは、低姿勢にエラ殿が頭を下げた。

「いや、謝られることなどなかったよ。彼女は聡明で快活ではっきり物を言える素晴らしい女性だった」

「……」

 もう一度エラ殿がベンジャミンを見る。

「世の中には、色々な趣味の方がおられますから」

 その答えに納得したのか、一先ず視線が戻ってくる。

「その……それで、色々あって、彼女は姿を消してしまったのだけど、消す前には彼女の同情もあって恋仲になっていた。………君は、その時のサラ殿と私の子供なんだ」

 本当は、もっと受け入れやすいように話をしたかったが、気がせいてしまう。どういったところで、これまで一度も親としての責務を果たさなかったのだ。受け入れられるとは思っていない。だが、知っていれば、自分はジェゼロに介入していただろう。サラがそれを望まなかったとしても。

「…………」

 これはベンジャミンを見上げる事もなく、真っすぐにこちらを見ていた。怒りは見えなかった。

「サラ殿は、私を見て何者かに毒を盛られていると直ぐに気付き、色々と手助けをしてくれたんだ。解毒の薬草や食事に盛られているのを考えて吸収を阻害させるよう考えてくれた。彼女がいなければ、今頃廃人になっていたか死んでいただろう」

 エラ殿には確かに面影があった。自分の知る彼女は、とても美しくて健康的で快活で聡明で、生命力に満ち溢れていた。もう会えないことがとても悔やまれる。亡くなったと聞いてとても落ち込んだ。

「その……事実であると言う証明は? それに、それが本当にサウラ・ジェゼロであったと言う証拠がないのではないか?」

 ようやく口を開けた愛らしい自分とサラの娘は、現実としたくないのは明らかだ。

「これが……私の知るサラ・ハウスだよ。見覚えはないかな」

 立ち上がり鍵のかかる引き出しから1枚の写真を取り出す。神官様より授かった紙に世界を焼き付ける物だ。そこには、肖像画よりも鮮明で美しい人が映っている。

 黒くやわらかにウェーブする髪に豊満な胸。それに対して細い体をしている。彼女に気付かれないように撮影した1枚は、自分が天使に恋をしたのではないと言う唯一の証明だった。

「………確かに、これはサウラ・ジェゼロに似ているが……」

 それでも認めたくない事に寂しさがある。彼女の産まれた日からして自分の子であると言い切ったって言い。サラ殿は他の男になど見向きもしていなかった。

「君は、確実に私の子供だ。だから、君に対して少しでも快適な滞在をと尽力したし、無理強いをされかけたと聞き厳しい判断もしてしまった。そもそも、叔父と姪では結婚は許されない。君にセイワをけしかけるなど有り得ない」

 頭を抱えてしばらくしてからエラ殿は顔を上げた。

「私があなたの子供を身籠っているなどと言う馬鹿げた噂は何だ!?」

「まさかっ、君の子か!?」

 ベンジャミンを見て声を上げた。

「いえ、今はまだそのような事はありません」

 この場で一人とても淡々としているベンジャミンが否定する。

「妊娠はしていないっ」

「ならば、過保護すぎる私の行動でいらぬ噂が立ってしまったのかもしれない。訂正をしておくよ」

 孫が見られるならばうれしい話だ。

「……流石はサウラ・ジェゼロだ。歴代屈指の巨大爆弾を死んでも尚用意しているのか」

 呻くエラ殿が声を漏らす。

「納得はいったが……申し訳ないが聞かなかったし今後、私への態度は改めて頂きたい。世にばれたら私の立場が困る。こんな……いや、神官殿にはくれぐれも伝えないで欲しい。万に一つでも帝王選には加えられたくない。できる事ならば、その絵も燃やして欲しい」

「これは私の命に並ぶほどの宝だから、例えエラ殿の頼みでもそれはできない。それにこれは神官様より与えられた物で世姿を捕らえるもの、撮った物を焼き付ける事は神殿でしかできないし、神官様は君の事を既に話しているよ」

「おうっ」

 聞いた事のない声をエラ殿が漏らした。

「エラ様、少し落ち着いてください。相手は唯の親馬鹿です」

 ベンジャミンが耳打ちするが丸聞こえだ。

「……キングを撫でたい」

 呟き項垂れてから、落ち着こうとしているのかお茶を一口飲んでからもう一度頭を抱えていた。

「サウラ・ジェゼロに入れてもらったお茶と同じ味がする……」

「ちゃんと、レシピを守っているからね」

 ため息をついてエラ殿が顔を上げる。

「子として好意的に見て頂くのは嬉しい事だが、私に父はいない。思い違いでしょう。私はサウラ・ジェゼロにとっては喜ばしくない子であった。その意味を理解して、今後は応対をしてもらいたい」

「……彼女は、喜んではいなかったのかい」

 動揺を押し切って、エラ殿は自分と同じ勤めを持つ者の顔をしていた。

「必要時以外は、私と係わろうとはしなかった。私を見て、言いようのない顔をされたものだ。優しく表現したとしても、嫌われていたと言う他ない。理由を知れば簡単だ。私はジェゼロにとっての危険因子そのものになる。ジェーム帝国の、まして帝王の子など洒落にもならない」

 心のどこかで、父親を知って喜んでくれるのではないだろうかと、不安の裏に期待もあった。だが、エラ殿はなかったことにして欲しいと言う。自分とあのサラ殿の子供は、とても立派で愛らしくそして凛と育っていた。事実を確認する前に、この子を見て妙な胸のざわつきを感じた。その直感が正しかったと分かった時、自分はとても喜んだ。それこそ、サラ殿と過ごした日々と同じ幸せな物だった。それを、共有できるのではないかと期待していた。

「私の事を思うと言うのなら、内々に処理をしてもらいたい」

「……サラ殿は、君の事を嫌ってはいなかった。私の立場を考えて悩んだとしても、上手く表現できなかっただけで、君の事を愛していたはずだ」

「見ていない者にはわからないことだ。申し訳ないが気分が悪い。神官殿にお会いする日取りが決まれば知らせていただきたい」

 立ち上がり、見下ろして言うと答えも待たずに出て行こうとする。ベンジャミンが一礼をして後に続く。次は、止める事が出来なかった。

「………」

 サラ殿は別れも言わず、幻の様にはたと消えた。それが夢ではなかった証明が目の前にいる。それだけで満足すべきところを欲深く動いてしまった。

 私は、困らせただけだったのか。



 うつ伏せにベッドへ突っ伏して、枕に顔を埋めるエラ様の髪を、櫛を使って丁寧に梳く。

 帝王の対応と、エラ様と彼を見比べれば血縁を見て取ることはできた。本人の子でなくとも近い親類がジェゼロに入っていた可能性も考えたが、帝王自身がサウラ様を知っていると聞かされれば、本人の子である可能性が嫌でも高まる。

「お前、知ってたんだろ」

 枕越しのくぐもった声で叱責を受ける。どうして本人が気づかなかったのかが不思議だ。

「誰から聞いたわけでもありませんよ」

 真っすぐの黒髪は艶やかで滑らかで、美しく輝いている。その感触を堪能しながら返す。髪色はサウラ様だがこの髪質は帝王から譲り受けた物だ。

「エラ様は、父親が誰かをずっと気にされていたではありませんか。嬉しくないので?」

「……あの人が、逃げるレベルの阿呆がそうでは素直に喜べるわけもない。まあ、少なくともお前と異母兄弟でないだけマシと思うが」

 百パーセントかと言われれば母親は知れても自分の父親はわからないままだった。流石にジェーム帝国帝王と言うことはないだろう。幼い頃に両親への興味を失った自分が異常なのだ。自分を捨てた親を捨てることで、自我を保ったのかもしれないが、今はもう本当に、どうでもいいことになってしまった。

「エラ様、どうされるおつもりですか?」

 ベッドサイドに膝をついて耳の近くで問いかける。

「みっ耳元で、喋るな」

 ぱっと耳を隠して起き上がる。

 この近い距離を許される幸せを噛み締めつつ心配もしていた。エラ様は事実を知るべきだという考えは、知らなければ降ってきた火の粉で火事になる恐れがある。知っていることで鎮火は可能だ。

「……私はエラ・ジェゼロだ。母が確かであれば何も揺るがない。だから……早く帰りたい」

 与えられた部屋も食事も生活も、それらはすべて本物ではない。気を張って過ごしていた中、予想にしない告白でさらに悩みを増やしてしまった。

「ジェゼロの匂いを、日の光を浴びたい。自分が、何者かわからなくなる前に、ジェゼロに厄災が訪れる前に、戻りたい」

 ベッドの横へ座り、エラ様を抱き寄せる。無抵抗でむしろ体を預けてくる。付き人という、常に一歩後ろで憎まれ役も引き受けて生きていくのも嫌いではなかった。だが今は、これほど近くで匂いを感じて、感触を、暖かさを受け入れられている。過去に戻れたとして自分はミサ・ハウスを止めないだろう。自分はそういう醜い男だ。

「本当に、父親だと思うか?」

 腕の中から声がする。

「まあ、流石はサウラ様というか……どんな出会いがあったのか興味はありますよ」

「絶対何回か殴るか蹴るかはしているだろうな」

「フェミニストでしたが男性には基本暴力的でしたから」

 挨拶代わりに頭を後ろから叩かれたのは三桁だろう。エラ様がそれを見て羨ましそうな顔をしていたのもよく覚えている。

「間違いということはないだろうか……」

「シューセイ・ハザキの医学留学に便乗していたようですから、彼がまだ健在なら、確認できるかと」

「……それはあれだな、ハザキが父親かも知れないと言うことだな」

「大変に残念ですが、ハザキ議会院長はそこまで無謀な冒険を好む性質ではありませんでしたし、物静かで美人の妻と子が既にいましたので、そういった常識はサウラ様もお持ちでしたから」

 腕の中で落胆する。不貞の子である方が、ジェーム帝国帝王の子と言う肩書に比べれば随分マシだったのだろう。

 ジェゼロと言う国で本来は王と言う立場にあるエラ様にとって、他国に干渉の余地を与える事は脅威だ。それが帝国となれば最悪だ。今の帝王が健在の間はまだいいその後の権力争いにジェゼロが巻き込まれでもしたら目も当てられない。エラ様だけでなく血が混じった時点でジェゼロ王の子は全てがジェーム帝国王族の血を持ってしまうのだ。

「……その、もう、大丈夫だから」

 もじもじと腕の中の可愛い人が言うので更に強く抱き寄せる。

「あなたが誰の子であるかより、あなたがあなたであることが、私には何よりも重要です」

「だっ、だから耳元で喋るなと言うにっ」

 ぎゅっと身を縮めていつもよりも高い声が返ってくる。ここまで可愛いともう犯罪ではないだろうか。

 名残惜しくも手を解くと上目遣いに睨まれる。そもそも睨むとは言えない。

「私で遊ぶな。馬鹿者……」

 拗ねた口調がまた何とも言えない。彼女の魅力は両親ではなく神が与えたと言った方が正しい。




サウラ・ジェゼロならやりかねない。それですべて納得させる前ジェゼロ国王。それを美しくして素晴らしい人と言える帝王の方がやばい人です。

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