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国王陛下、只今逃亡中につき、騎士は弱みに付け込んだ。  作者: 笹色 恵
二つの感情を無視し続ける事はできない。   ~ジェーム帝国にて~
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勝ち目のない相手



 ぽろぽろと涙を流して戻って来たコユキを見た時は、あの男を死刑にする口実をどう作るか考えた。

「姉様、私は……酷い間違いを………して、いました。私は、自分の好意を、押し付ける前に、あの方の……お気持ちを考える、べきだったんです」

「可愛そうなコユキ。見る目のない男なんて忘れてしまいなさい」

 依然泣いたまま、コユキが随分と大人な事を言う。

「リンドウ、姉様……私……決めました。ベンジャミン様を応援します。私は、彼に……あんな顔をして欲しかったんじゃ、ないんです」

 赤く泣き腫らした目がなんと健気な事か。

「そうね。偉いわ」

 抱きしめて慰める。結局のところ、あの男の好きな相手がいなくなれば、これほどまでに可愛い乙女に抗える訳もない。

「あなたのいいようになさい。でも忘れないで、私はいつでもあなたを応援しているって事」

 ひとしきり慰めて、部屋を出る。

「リンドウ様」

 部屋の外に男が待っていた。

「帝王陛下より伝言です。エラ・ジェゼロ達の対応は自分が行なう。とのことです」

「……」

 目を細める。

「何故」

「伝言は以上です」

 帝王となった兄は聡明で誰よりも神官様の寵愛を受けている。だが、彼自身は誰かに執着をすることもない。どこまでも平等で、何にも興味がない。時に恐ろしくすらある方だ。

「……」

 伝令の後姿を見て、腕を組む。

 エラ・ジェゼロ。神官様がコユキを差し出してでも国交を再開しようとした相手。おまけに、帝王が会った途端に釘を刺してきた。

 これは、妹の恋敵以上に重要な事案なようだ。



 意を決して、エラ様のお部屋をノックする。

「どうされた? コユキ姫」

 用意された服ではなく返された荷物の中から着られたようで、とても質素な男物の服を着られている。牢から解放された後はずっとそんな恰好らしい。ナサナから持ってきた物で質はいいが、デザインがとても地味だ。

「その……少し、散歩をしませんか? ご迷惑でなければ、街をご案内します」

 胸の前で、左手で右手をぎゅっと握り勇気を出して言う。

「……私より、ベンジャミンを誘ってやるといい」

 笑顔で返される。

「い、いえ……エラ様に、ジェームの神都を、見ていただきたくて」

「……わかった」

「あ、あの、コートだけでも着てください」

「ああ」

 こちらで用意したコートはそれほど女物には見えないもので、それを羽織るのを確認して一緒に外へ向かう。お二人が地下洞窟にできたこの街から出ないように管理はしているだろうが、洞窟内の街に出ることは許容されている。

「ここで暮らしていては、ジェゼロでの生活は辛かったのでは?」

 宮殿から出ると空のない暗い天を見上げてエラ様が問う。

「私たち巫女はもともと光に対して耐性がないものもいるので、ここはそういった巫女たちのために作られた街とも言われています。ここまで酷いお連れの仕方になってしまいましたが、正式なご招待でも、場所は知らせずに入っていただく事となっています。ここで暮らす者と一部の者しかここは知られていません」

 洞窟はとても天井が高い。天然の洞窟を利用してできたここには大きな川が流れていて、常に水の音が響いていた。雨は降らないが、雫が落ちる事はままあった。

「美しいが、私の性には合わないな。寂しい場所だ」

 細い街道に土はなく天然の鍾乳石が続く。明かりは管理されているので昼夜問わず道は明るいが、光源の差を付けて昼はより明るい。今は、夕暮れほどだろう。

「……ベンジャミンの事を話したいのだろう? 結婚をするならば、あれはここに置いていく。私が姫君を娶るより、政治的にも簡単な話になるだろう。ハウスの姓では格好がつかぬだろうから、新たに何か名を与えておく」

 白い息を吐いて町の明かりを見下ろしたままエラ様は淡々と言う。今更、彼女の気持ちを察していた。初めから、自分には無理だったのだ。

「ベンジャミン様からは、正式にお断りをされてしまいました」

「手を出してそれはあまりにも非礼だ。私からも言って置く」

「いえ、違います。あれは……私の最後の足掻きでした。とても、無様だと自覚しています。それほどまでに、振り向いていただきたかった」

 どこかで、自分はジェーム帝国の王族で、その中でも選ばれた巫女で、その自分が申し出れば誰もが喜んで結婚を承諾すると思っていた。他の方ならそうだったかもしれない。

「私は……彼に、あんな顔をさせてしまいました。きっと、もう目も会わして下さらない」

 エラ様に見られて、しばらくして戻って来たベンジャミン様は、今までにないほど絶望していた。ベッドに座り込み、こちらを見もせず一人にして欲しいと最後の理性を持って仰られた。自分がどれだけ浅はかで自分勝手なことをしたのか、結果を見てようやく理解したのだ。

「好いた方の気持ちを踏みにじっていたのですから、当たり前です」

 じわりと涙が出そうだった。

「コユキ殿は美しい。それに、女性らしく愛らしい。その内、あれも気付くだろう」

 振り返ったエラ様は、慰めるように笑う。

「どうして……どうしてあなたは、私にそんな事を言うのですか。エラ様も、いえ、あなたの方が余程、彼の事を」

 続けたい言葉を飲み込んだ。あまりにも寂しく笑い返すから。

「……これほどまで、あの方は尽くされているのに」

「だから、私では駄目なのだよ。もう、一緒にもいられない」

 それだけを言うと、一人で先に階段を進んでいく。後を追って、自分を鼓舞して食い下がる。

「何故ですか。これほどの危機を共に歩んでくださっていると言うのに」

 自己満足だと理解はしていた。初めての恋だった。失恋も。だから、はっきりと意味を知りたかった。

「……私は、王位を取り戻す。そう誓った。ジェゼロの王にとっての最大の仕事は次の王を産むことだ。何代もそれを成してきた。だが、王の父親はどの史実にも書かれぬ。子の父親は、王にもその子にも会えないのだ」

 歩みを止める気配はなくその足早な速度を必死に追う。

「あれに国王付きを続けさせるならば、あれは、私が産んだ子を見続けることになる。もし、不要な情を持っているならば、それは、地獄だろう」

 頭の悪い自分では、それが正しい解釈かわからなかった。ただ、エラ様は、ベンジャミン様の子を産めば、彼とは会えなくなって。もし別の男性の子を産めば、ベンジャミン様は、エラ様に想いを寄せたまま、その子供とエラ様の側にいる事になる。

 そんなの、両方を選べばいいと言ってしまいたかった。国王ならその程度の我が儘は許されるべきだ。けれど、二人の国は、ジェゼロ国なのだ。

「私といるより、ちゃんとした女性と結婚して、家庭を持って、幸せになって欲しいのだ。私には無理なんだ」

「っ。そんなに、辛いなら、国王など諦めて、ここで暮らせばいいじゃないですか。何故、一人の人間として、幸せを選んではいけないと言うのです?」

 背中に思い余って投げかける。足を止めた少女は一度天を仰いだ。

「私が、14代目ジェゼロ国国王エラ・ジェゼロだからだ」

 背中だけでも泣いているとわかった。涙を流していないかもしれない。けれど、心は、きっと泣いている。

 年下の女の子。自分の方が世間では美人と呼ばれるだろう。それでも、彼女に勝てるはずもなかった。

 だって、自分なんかよりもずっと、ずっとベンジャミン様を好きで、それと同じくらいに、国を愛している。




相手を陥れるほどの狡さはなく、かといって自分が美しく誰からも愛されていると自覚している。コユキ姫は得意じゃないけど案外好きなキャラクターです。

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