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国王陛下、只今逃亡中につき、騎士は弱みに付け込んだ。  作者: 笹色 ゑ
この感情を知られる事は許されない。 ~ジェゼロ国にて~

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お姫様は、それを運命と呼びたい。

登場人物Ⅱ

フィカス・ベンジャミナ ナサナ国 国王

イエン ナサナ国宰相


コユキ・イーリス ジェーム帝国 帝王の末妹

キリュウ ジェーム帝国の軍人

   2  お姫様は、それを運命と呼びたい。



「ですから、ジェーム帝国に……いえ、ジェゼロに係わるのは止めるべきだと言ったのですっ」

 ナサナ国国王フィカスに対してイエンは諦めに近い非難を上げる。

 癖の強い焦げ茶の髪を指先でいじりながら耳に入った言葉を聞き流す国王に宰領辞めますと言ってやりたい。夢の中では言ってやった。

「何もまだしていないだろう」

「今朝から代々続く高級なカップが三つも割れたんですよ! 例のジェゼロの呪いです。前兆です」

「馬鹿かお前は」

「国境付近で兵士が数人行方不明になっていると噂に耳しました。例の密告者がジェゼロに向かっていたのでどうせ何か仕掛けたのでしょう?」

 過去、ジェゼロ国に手を出した国家が総じて悲惨な目に合っている。結果的に戦争を仕掛ける余力を奪われ、敵対するはずのジェゼロが物資を譲り最終的には手を出せば呪われる相手と有名になっていた。ナサナは八十年ほど前にバッタの大量発生による飢饉に見舞われたが、その時期にジェゼロ進行を計画し兵を集めていたと記述がある。喉元を過ぎれば忘れ無様な歴史を繰り返すのだ。神聖な土地だからこそ手にしたいのはわかるが、そんな事をしたらナサナはどうなるか。

「あの外見……売れば金より高いだろうからな」

 暢気なことを言う王にうんざりする。

「噂では勝手に帝国から逃げたのだろう。ならナサナの兵が野盗に見つかると危険な女性を保護しようとした結果、運悪く野盗と遭遇したのだろう」

 何日も前の話だ。それに、ジェーム帝国が勝手に入り探しているとも噂がある。あの見目からして巫女であることに偽りはないだろうが、目的を計りかねていた。

「……証拠が出なければそういたしましょう」

「全く、水瓶だけの小国が誇り高きナサナに攻め込むなどと、よく言ったものだな」

 フィカス様が鼻で笑う。くだらない話を聞き流してくださったかと安堵した矢先、部屋に伝令兵がやってくる。

「国王様、今し方東の街道よりジェーム帝国の馬車が七台見えたと報告が」

「よし、兵を出せ。上手く捕虜を確保しろ! いいな。殺すな。何よりも清いまま連れて来い! 姫に手を出した場合三親等まで殺せっ」

 本当に、今すぐこの三十過ぎてまだ頭が少年の糞王を誰か暗殺してくれないだろうか。

「フィカス陛下っ! ジェーム帝国の姫君が真に乗っているなどとお思いですか!?」

「案ずるな、襲うのは野盗だ。姫か武器かは知らんが、どちらでもナサナに危険が迫っている事になるのだ。易々と一行を行かせる訳にもいかないだろうが。それに案ずるな、ジェゼロには姫君が体調不良で戻られたととっくの昔に連絡をしておいた」

 愚王かと言われれば言い過ぎだ。旨い飯と可愛い女性と適当に槍の訓練をさせておけば、それほど政治に手を出さない馬鹿王程度のフィカス国王は、今回は無駄に、そして馬鹿らしい知略を使いうまい汁を吸おうとして泥水にストローを指しているのだ。



 ジェゼロはジェーム帝国よりも生き生きとした自然の国だった。朝には鳥が鳴き、湖の周りには町が広がり、田畑も多い。何よりもその周りを囲む森の青さ。

 夜になれば、みずみずしい自然よりも驚きに値するものが広がり、この国が神聖だといった神官の言葉を思い出す。

 ジェーム帝国の一部にのみ許された神の明かりが当たり前の様に街中で使われ、城内のいたる場所や夜の道まで照らしていた。油も松明も使わぬそれがあるだけで、確証を得たようなものだ。この国で自分は目的を達成できる。

 最初こそ警戒を感じたが城の外にさえ出なければ比較的自由に歩くことが許されている。城内の配置や立ち入り制限区域から国王の居住場は直ぐに見当が付いた。

「こんな場所でどうされた?」

 例の国王がこちらを見付けて声をかけてくる。

 ジェーム帝国ともナサナ国とも違うのは国王の扱いだ。幼いと言っていい十代半ばほどに見える国王は、威厳よりも敬愛と親しみが強い。国民は喋りかけるのに許可もいらないようだった。今は城壁を若いメイド一人だけ連れて歩いている。以前の暴力的青年はここ数日見かけていない。後ろのメイドは無表情でこれもあの男と同じ匂いを感じる。

「私を引き戻そうとするものが来れば、ここならわかるかと思ったので」

 本当に綺麗で健全な小国だ。あまりにも自然で不自然だ。

「心配せずとも放り出したりはせんよ。城だけでは狭くて仕方ないだろうが、情勢がわかるまでは我慢してくれ」

 尊大にふるまっている訳ではないが、男言葉でジェゼロの国王は話す。長い黒髪に緑の目をした小柄な体。恰好を見れば少年にも見えるが、スカートを穿いて化粧をすれば女にも見えそうだった。シィヴィラ自身、女と容易に謀れる外見をしているが、目の前の若すぎる国王はやはり少女に見える。

「……あの島……あそこにあるのは教会ですか?」

 湖の真ん中あたりに小島が一つぽつんとあった。遠目で分かる建物は三つで教会のような建物と高い時計塔。それに小屋がひとつ。

「ん? ああ、ジェゼロは自然信仰だがその総本山だ。無断で上陸した場合、特例を覗いて死刑だから残念だが観光は出来ない」

「……管理は誰が?」

「教会と言う役目があるので神父とシスター数人は許可されている。まあ、ただ教会があるだけの単なる島だからな、それほど面白くもないさ」

 口振りからして国王は入ることを許されているのだろう。自分が其処に行くのを見つけた時点で死刑宣告を受けても不思議はないと理解する。

 あれを隠す場所は城にも作れるだろう。それでもこの城の警備はあまりに無防備だ。部外者には難しいだろうが、内部犯なら比較的容易にどこへだっていけるだろう。だから別の場所だと考えた。周りからは容易に見張れ、城からの警備で侵入者は直ぐに発見できるだろう場所。まさにあの小島は最適だ。

「外から見える位置にまで立つなとはあまり言いたくないが、周辺からでもここは見やすい場所だ。無暗に来ない方がいい」

「それは、考えが至らず申し訳ありません」

 警戒されたのか、釘を刺された。もう場所は定めた。次はどこからあの湖まで降りて、どこで船を盗むかだ。



 日差しが煌々と照る中、馬車の中で過ごすコユキ・イーリスですら溶けてしまいそうだった。停車場で氷を買い足してくれているので暑さに弱い身でもなんとか耐えている。こんな道のりを運んでくれている従者や付き人達はもっと大変だろう。

「姫様、無理をなさらずに。お休みくださいまし」

 年老いた乳母にまで心配される始末では、やせ我慢もばれてしまっているのだろう。

「大丈夫ですよ。後二日ですもの」

 ほとんど食事をとれていない。着くころには一回り縮んでしまっているかもしれない。水分だけはまめに取って干乾びない様にしている。

 帝王である兄上様からは今回の訪問で確実に輿入れさせる確約を取ってくるようにと言われていた。兄上様がそれほど期待をかけてくださることは初めてで、是非ともジェゼロ国王に気に入っていただきたいが、自分のような若輩の面白みのない小娘では役不足ではないだろうかと不安しかない。そもそもお相手のジェゼロ国王はジェーム帝王からの申し入れを断る強気な対応で、最悪殺される可能性もあると噂で聞いてしまっていた。

 兄様や神官様のお考えは知れないが、期待には応えたい。お二人が、ジェゼロ国との国交復活を強く希望されている。その懸け橋として、帝王の妹である自分を嫁がせると言う貢物まで用意された。話がきてから夜伽についての作法まで習い、万全を期していたがあまりにも予想外に、まだ嫁を取る年ではないのでお友達から始めましょうと答えが返って来たと聞いた。自分から望んだ話ではないのに、開いた口が塞がらなかったほどだ。帝王様のそして神官様の意思は絶対だ。不安はあっても断る選択肢はなかった。それを拒否できる者がいるのかと、恐怖と同時に少しだけ期待もしてしまった。

「……どうされました?」

 本当はどんな方なのかと夢想していると、急停車で危うく席から落ちかけてしまう。

「失礼しました。お怪我はありませんか? また木が倒れているようで」

 従者が慌てて声をかけてくれる。今日の出発間際にも一度大木が倒れていてルートの変更があった。

「私たちは大丈夫です。皆さまにお怪我はありませんか?」

「はい。今回は障害物の移動ができそうですので少々お待ちいただくことになるかと」

「わかりました」

 窓から覗くと街道に何本かの幹が横倒しに道に倒れていた。曲道のすぐ先だったため急停車になってしまったようだ。

 時間がかかるようなら、少し体を伸ばしに外に出てもいいだろうかと従者に声をかけようと、もう一度外に目をやる。その時に外から馬の嘶きが聞こえ、後続からも馬車が来ていただろうかと後ろを振り返った。

 それが、覆面を被った野盗たちだと、世間知らずと揶揄されていてもわかる。

「鍵をっ、何があってもドアを開けずに!」

 従者が剣を抜く。この馬車は強固な作りだ。外からこじ開けることは困難な代物だ。

 心臓が早鐘のようにそして重々しく鳴り続ける。ぎゅっと手を握り、女神に祈る事しかできない。あまにもいきなりの事で、自分が震えている事だけが理解できた。

 外では怒号と叫び声、馬の荒い息が聞こえる。意を決して、顔を上げるとびしゃっと音を立てて馬車の窓が真っ赤に染まった。喉を切られた従者と……血飛沫を上げる一瞬前に目が合った。

「この馬車だ」

 窓の血を袖で拭い覗き込んできた男が大きな声を上げた。

 まだ警護の方々は奮闘している。けれど数が違う。何人かの野党が集まってくる。

「ちっ、開かねぇな」

 ガンガンと足蹴にされたドアが、窓が、鈍く鳴る。

「お姫様、あんたはどうせ攫われる。今出てくるなら直ぐに撤退してやろう。まだ生きてるやつらをわざわざ殺さねぇ。このまま全滅した後、馬車ごときていただいたっていいんだ。どっちにするかはお姫様が選びな」

 低い声で凄まれる。

「いけません」

 厳しい声で叱咤される。けれど乳母もこのままでは殺されてしまう。いくら丈夫でも、囲まれてしまえば何日も籠城できるわけではない。馬車事連れていかれれば終わったも同然だ。

「わかりました。ですから、これ以上殺すのは、止めてくださいっ」

「あんたが出てくりゃ、他の連中も降参して殺さずに済む」

 自分がどうなるのか、鍵に手をかけて一瞬考える。怖い。ただ、恐ろしかった。

「姫様、私は絶対に、ここをどきません」

 乳母が震える手でドアを塞ぐ様に立つ。

「……ありがとう。でも、私は国民を守る側なのです」

 鍵を開けると直ぐにドアを開けられる。乳母が目を見開いてそちらを見て、その胸に剣が突き刺さる。吹き上がった温かい血を浴びて、息ができない。

 なんで?

「おい、てめぇら、姫さんを殺されたくなきゃ降参し……」

 髪を掴まれ、引きづり出そうとする男が言葉を止めた。顔を上げると首から上がなくなっていて。また血が降り注いで、自分の血の気も引いてその場に座り込んだ。

 辛うじて意識だけは失わなかった。動けないその目には、見たことのない青年が見たことのない剣技で、次々と覆面の野盗を見たことのない剣で切り捨てて行く様だった。

 片方しか刃がないのに、その剣は馬車の周りにきていた相手を切り捨てると、直ぐに近くの野盗を切り捨てて行く。生きている従者たちも奮闘し、たった一人の援軍でその場は終息した。さっきの男が首領だったのか、何人かが逃げて行ったのも早い終結の理由だったのだろう。自分だけは無傷で生きている。それに身震いをした。

「姫様っ、姫様ご無事ですか!」

 護衛隊長がやってくるが、右の目と顔に大きな傷があった。

「……はい」

 間抜けな言葉が出て自分の手を見る。白い肌に赤い血がとても映えている。気持ち悪いと気付く前に吐いていた。直ぐ近くにある乳母の目は虚無だった。彼女だけは自分が手を下したも同じだ。

「まだ残党が来るかもしれない。貴重品は諦めて乗れる馬で直ぐに出発を勧める」

 片刃の剣士がやって来て言う。

「助かった。君は何者だ……凄い剣技だった」

「……やはり、ジェーム帝国からの………姫君か?」

 薄茶色の髪をした美青年はため息をついて問う。

「ジェゼロの検問がしばらく走った場所にある。馬で行けば日が沈む前には十分に付けるだろう。直ぐに出発準備を。援軍でも呼ばれて追いつかれればこの戦力では全滅だ」

 血糊を拭った紙を捨て鞘に納めると凛とした声で告げる。



 言葉の通り、日が沈む前に馬は検問所に到着した。10棟ほどの建物が点在している。

「ベンジャミンさん、彼らは」

 検問の男が片刃を使う男に最初に声をかけた。

「道中野盗に襲われていた。残党と現場の状況確認に何人かやってくれ。誰かいても深追いはしなくていい。お嬢さんは酷く怯えているから女性に世話を頼んでもらえるか? 負傷者が多い、手当を頼む」

 てきぱきと指示をする。随分若いが、彼らの上司か何かかのような口ぶりだ。

「わかりました、こちらへ。救護班を至急頼む」

 早い対応で救護班や馬番がやってくる。

「目元ですか? こちらにどうぞ」

 やってきた医師らしき男が困ったようにこちらを見て言う。

「いや、離れるわけにはいかない」

「大丈夫です。先に手当をしてください。その間に……血を流してきます」

 姫様が震える手をぎゅっと握り、それでも気丈にいう。

「おやおや可哀想に……怪我はないんだね? ひどい目に遭ったね。ここらで野盗なんて……よっぽど運がなかったのか宝物でも積んでたのかね」

 ふくよかな夫人がやってきて姫に対してあまりに不躾に言う。

「隊長殿、明日の朝一番に城まで馬車を出せるように手配をしている」

 ベンジャミンと自分では名乗らない男が馬に乗ったまま言う。

「手当が済めば直ぐに出たい」

 自分の傷はよくないものだ。右目は痛みと疼くような熱い感覚だけがする。感情とは関係ない涙も常に出ている。それでもここはまだ襲われた場所に近い。検問所には人数はいるが戦闘要員ばかりではない。

「ダメダメ、ダメですよ。夜にこの道を通るなんて! 野盗よりも危険だ」

 医師が慌てていう。

「狼が出るので、襲撃犯もここまではこない。一晩くらいは療養された方がいい。城には連絡しておく。明日の朝には戻れるはずだ」

「君も襲われるのでは?」

「ああ、彼は大丈夫」

「……それでは」

 言うと馬は道ではなく森の方へ駆け上がっていく。

「ああ……これは安静にしないと。運が良ければちゃんと見えるようになりますけど、視力は落ちるでしょうね。うっわー痛そう」

 強引に診察を始められる。痛そうどころではない。

「彼は?」

「んー、ああ。ベンジャミン? 彼って成り上がりだけど、嫌みじゃないし、優秀だよ」

「……仕事は何を?」

「……」

 見える左目で見えなくなった後姿を追う、あからさまにお喋りの医師が口を噤んだ。

「ところで、こっちのルートはあまり使われてないけど、どちらのお国から? 本当は事前の許可証がないとダメなんですけどね。まあ彼が言うなら大丈夫でしょうけど」

 相当の信頼があるらしい。あの剣技といい、いったい何者だ。

「ジェゼロまでは後どれほどで?」

「馬車なら朝出れば夕方には、早馬なら昼には着きますよ」

「山を使えば?」

「大分と早いけど、昼間でも森に入れば狼が容赦しませんよ。奴らの縄張りだ。それに、狼はジェゼロにとっては神の使いとして祭られていますので、よほどのことがない限り殺したりすると処罰されますから気を付けて。それと、本当は馬なんてこの怪我で乗るのは許可できないくらいだ。うわー、いったそっ」

 この程度の痛みなど、この失態に対する屈辱に比べればあまりにも軽い。



 ジェーム帝国の縁談話が出てから、今まで興味がなかった古い書を広げるようになっていた。基本的には国王だけが見ることのできる歴代国王直筆の書だ。エラ・ジェゼロとしてできることをと考えての事だ。

 3代目ジェゼロ王まではジェーム帝国と頻繁な国交があった。4代目国王に代替わりして2年ほどで国交をばったりと断絶している。国王が記す書簡にはあいつらとはそりが合わない。何も言わない代わりに係わってくれるなと荒い字で愚痴が書かれている。200年ほど前の文書であるため語録感が正しいかはわからないが、おおむねそんな感じだ。国王の仕事として日々の出来事を書き記す。代によって書き方はいろいろで完全に個人の主観で書かれた日記のようなものだったり、淡々と1日の出来事を数行で記している物もある。自分も王位を継いでから書いているが、自分のこと以外を書くようにしていた。

「確かに、方針が違いすぎるからなぁ」

 人のいない書庫でひとりぼやく。

 ジェーム帝国は昔から強国でずっと強国のままだ。かくいうジェゼロも独立的で牧歌的なままだ。昔から、帝国が侵略先の一つにここをしなかったことがとても不思議だ。今更、結婚と言うベタな政略をしかけていながら実質的侵略に出るだろうか? そもそも、現帝王はこの手の政略をしていないはずだ。そんな必要もないほど彼らは強い。

 初代国王は最後のページに記した文がある。ベリルが我々を必要とするまでこの国は残るだろう。その為に血を絶やしてはならない。それが神に愛された責任だ。

 ジェゼロ王は神に愛された者とも確かに呼ばれる。血を重んじ代々続くのは神の罰を避けるためというのが最大の理由だ。それはもう呪いだ。

 別の者の書の中に、ベリルと言う名はジェーム帝国最高位の神官に与えられる官位として出ている。昔からジェゼロは何かを守っている。そしてそれはかの大国の大事な何かだからこそ、今取り戻しに来たのではないだろうか。我々はそのために繋いできたのか。

 戸棚に出した書簡を片付け、鍵をかける。紙の保存の為湿度と温度を一定に管理された城の書庫では他にも大事な品々は保管されていた。歴史学者や議会員は許可があれば入れる場所でもある。自室である王の寝室にも似た書があるが、こちらの公的に保管されたものにも重要な事が多く書かれている。

 やはり、ジェームがナサナに武器を提供するとは考えにくい。ジェーム帝国は他国を使って侵略するくらいなら単独で来るだろう。国が荒らされ大事なものが奪われる可能性がある危険を冒さずとも、ジェーム帝国はジェゼロを掌握できるだろう。

 退席しようとした途中、脚が見えた。こちらからは見えなかった位置に人が寝ている。

 ゆっくりと近づけば、それが例の巫女シィヴィラだと直ぐにわかる。ひらりとしたスカートを当たり前のように履きこなした男は棚に凭れ暢気に寝息を立てていた。スパイの可能性は十分にある。この見た目でなければ城での保護はしなかっただろう。ナサナにいいように謀られたのか、それとも別の企みがあるのか。

 そもそも、ナサナ国がここに攻め入るのはあまり感心しない。2度ほどそう言った事を企てては挫折しているし、彼らの兵力ではここは落とせない。落とせたとして向こうも大きな怪我を負うだろう。それは内部からの崩壊に繋がるに十分な傷になる。総戦力でかかられれば一溜りもないが、ナサナは周りに敵が多い。そんな事は周辺国がさせない。

「っ」

 覗き込んでいる気配でも感じたか、痙攣するようにびくりと跳ね起きる。

「こんな所で何をしている?」

 詰問してもいいがやんわりと聞く。改めて見ても綺麗な顔をしていた。気の強い目が驚いたまま凝視している。

「ジェゼロの歴史に興味が……」

 何とか繕ったような答えが返ってくる。

「ジェーム帝国ほど大きな事変のない凡庸な国だ」

 手を差し出し立つのを促す。手袋をはめずとも白い手だ。ただ、予想に反してしっかりとしている。

「そんな事はありませんよ。興味深い国です」

 背は少し高いか。それにしたって女装をさせられる不憫さよ。相応に慣れている振る舞いだ。その不便さはよくわかる。

「例えば……国王は女系に限りながら、男装をするところとか」

 貸した手を握ったままはっきりと言われる。国民はほとんど知っている事実だ。昔は隠し事だったのだろうが、時代も変わった。儀式と同じで伝統を守っているだけだ。

「……ここには許可なく入れない。今度から勝手に迷い込まないよう気を付けてもらえるか?」

「たびたび失礼を。暇でしたので先ほどまで司書の方を手伝っておりました」

 強気な笑みを返すと手を離す。

 監視を付けていたが上手く巻いてきたのか。

 少しぴりっとした空気が流れる中、ドアの開く音と場違いな鼻歌が聞こえてくる。エユの部下で司書の女史だと直ぐに察してそちらに目をやる。何段かの階段を上がったところにある扉から本を抱えて出てきたところだ。そっちには本の修復をする部屋がある。それは、今はいい。一番の問題は彼女が妊娠中であると言うことだ。

 どうと考える前に足が出ていた。予知した訳ではないが、空のケースだから軽かったのだろう。それを自分の視線一杯の高さまで積んで飄々と足を前にしていたから踏み外す確率は中々に高い。案の定、上から妊婦が降ってくる。

 本のケースを無視して、司書の下敷きになるような形で受け止める。後ろの本棚に強かに背中をぶつけた後、床に倒れた。

「きゃぁっ! すみませんすみませんすみませんっ。陛下っ、お怪我はっ」

「馬鹿者っ! 私の前に自分の心配をしろっ。怪我はないか!?」

 国王を下敷きにしていたことに驚いで司書が慌てて立ち上がる。動作からして一先ずは問題がなさそうだ。幾分か大きくなっているお腹も無事らしい。よかった。

「だ、大丈夫で……後ろっ」

 悲鳴に近い叫び声で振り返る。視界に最初に認識されたのはシィヴィラがオオガミの家から飛び出してきたのと同じように襲い掛かって来た姿だった。その後ろに、ぶつかった衝撃で倒れてくる本棚が見えた。司書を咄嗟に見た。ああ、そこにいてくれれば大丈夫だと安堵した。本棚の列の外だ。

 本が先に落ちてきて頭をかばい、目を瞑る。速く立ち上がっておくべきだった。騒々しく本が落ちる音と鈍い音がした。目を開けると目の前にシィヴィラの顔があった。こう近くてもシミ一つない白い肌をしている。

「え、エラ様っ、ご無事ですか!?」

 司書が慌てふためいている。直ぐに書庫の門番が音に気付いて入ってきた。

「私は平気だ。棚が倒れて来た。シィヴィラ殿、怪我は?」

「ありませんが、国王がこんなことで怪我をしては笑い種にもなりませんよ」

 咄嗟にかばってくれた相手は、愛想のない事を言う。

「すみませんすみません。私が不注意だったばっかりに」

「本当に気を付けてくれ、ジェゼロにとって子供は宝と同じなのだぞ。念のため医師に診てもらうようにな」

 強かに打ち付けた背中と左肩が痛いが悟られない様に言う。

「シィヴィラ殿、かばっていただいたのは助かった。立てるか?」

 先ほどと同じく手を差し出すが顔がこわばったまま座り込んでいる。

「いえ、お構いなく」

 慌ててシィヴィラが視線を逸らした。

 本棚自体は壁に当たって止まったため大事なかったが、入っていた本は散乱している。その中で大きな本のいくつかは鈍器と遜色なく、物によっては薄い鉄板が背表紙に入っている。

 シィヴィラが見ていたのは落ちて開いた一冊だ。ジェゼロの神話を記したもので、秋祭で行う儀式の挿絵が描かれているものだ。ジェゼロの神子が船に乗り島へ祈りを捧げに行く。



 山を走り、何度か警戒の遠吠えが聞こえる。指を二本加え、人間の耳には下手くそな指笛にしか聞こえない音を幾度か鳴らす。

 人には聞き取れない周波数で狼犬に指示を出すと遠吠えは止んだ。オオガミは指笛など使わず遠吠えを真似て見せるが、そこまで人間をやめてはいない。

 日が落ちた森の中を全速では走れないが、街道を走るよりはいくらか早く、昼間なら四時間ほどで抜けられる森を五時間以上かけて到着した。既に夜半時を過ぎていた。馬を衛兵に任せると陛下の応接室横にあるミサ・ハウスの寝所を乱暴にノックし、叩き起こす。

「……何」

 寝間着姿の至極不機嫌そうな女が顔を出す。

「陛下にお会いしたい」

 ベンジャミンの部屋からエラ様の寝所に通じているが、実際は一方通行でありベンジャミンの部屋からは開けられない。何よりも有事を知らせるのには正しい手順であるべきだ。

「エラ様は……ふぁ、書庫で片づけをまだしてるわ。何か調べものをするついでだって」

 鬱陶しそうな対応をするミサの話の途中で地下にある書庫へ足を向ける。

 良い子の国王は日が変わる前には就寝するが、何かにハマると時間を無視する悪癖が出る。

 書庫前の衛兵が確かにいつもより多い。

「国王様より人払いをするように申し付かっております」

 申し訳なさそうに入室を止められる。

「重大事案の報告だ」

 言い切るとあっさりと後ろに引く。ドアを開け中に入ると直ぐにエラ様が見えた。片づけではなく散らかしているの間違いではないだろうか。

「陛下、ご報告が」

 声をかけられてようやく気付いたらしくびくっと肩を震わせた。

「なんだベンジャミンか、脅かすな。……予定より随分早くないか?」

「先にご報告を、本日、東からの街道にて馬車の一行が野盗に襲撃を受けておりました。中には白子と思しき若い女性が姫様と敬称を受けておられました。一行を東の関所で一時保護し明日……日が変わっているので本日の朝にジェゼロへ出発できるように手配しております」

 本棚の間である通路に本を何十冊と開いて、その真ん中に座り込んでいたエラ様が眉を顰める。ご自身が務める儀式について書かれているものを調べていたようだ。

「偵察での収穫は? それに、姫君が体調不良で一度帝国に戻ると書が着ていたぞ」

「向かう途中に引き返したと早馬が来ていましたが、先の宿場で姫君の一行は引き返していないと確証を得ました。不審に思い確認のため引き返したところ、襲撃されており、書簡は誘拐実施の工作だったと考えられます。それと、ジェーム帝国内情の把握は出来ていませんが、ナサナ国が武器を輸入したことは事実の様です。ただ相手は帝国ではなく、量も多くはないようです」

 予定では更に半月後に戻る予定だった。予定を勝手に変更したのは嫌な予感がしたからだ。何も早く帰る理由を見つけ便乗したわけではない。ああもよいタイミングであったのは神の思し召しか。

「ハザキ議会院長を起こして対応を任せろ。警護と共に関所まで向かい安全を確保した状態でお連れしてくれ。もちろん、目的地がジェゼロ城ならばな。私はそうだな……一先ずここを朝までに片づけて、帰りを待つ」

 立ち上がって少しふらつく足で書物を踏まない様に歩いてやってくる。

「……陛下、失礼いたします」

 近くにやって来た所で、背後に回り、上着を許可なく捲し上げる。

「ばっ」

「馬鹿はエラ様でしょうが。痣になっていますが何事ですか。手当もしていないですね。肋骨や肩の骨は大丈夫ですか? 息苦しいなどの症状もないですか?」

 背中に筋状の痣が入っている。

「不敬が過ぎるぞ、ベンジャミン」

 服を抑えて背中を隠すとエラ様が顔を真っ赤にして怒る。

「念のため医師の診察を」

「少しぶつけただけだ。問題ない。それよりシィヴィラは花嫁として寄こされたのではなく自称ナサナへのただの貢物と言う事か?」

「そうですね。本人の口からは花嫁とは言っていませんでしたので、早合点かと。私が離れている期間、何か動きはございましたか?」

「城の内部の徘徊と場外を偵察しているととるか、暇で目新しいものを見て回っていると取るか微妙だが……今日私を庇ってはくれたよ」

「庇って?」

 できるだけ温和に聞き返したはずだがエラ様は視線を泳がせた。

「本棚が倒れてきたときに……重い本もあったからな。怪我の功名とでもいうのか、もう少し調べたい事案があるが、姫君とやらを無事お連れすることを先に済まさなければならないな」

「陛下」

 怪我の事を言わずにいてもばれると口にしたのだろ。直ぐに話を逸らそうとするエラ様に一息ついて続ける。

「手首も少しですが痛めておいででしょう。あまり重い物を持たないでください。司書官には私から説明をしておきますから、ここの片づけはよしてください」

 言いたい言葉を飲み込んで忠告をする。

「……そんな顔をなさらないでください」

「大したことではない」

 あからさまに手首を隠して、唇を尖らせ嘘をつく。

 そういう子供らしい行動を見ると少し安心するといいかけたが、不貞腐れてしまいそうなので止めておく。愛らしい行動を自分がいない間に、他人に安売りしていなかったかが今更心配だった。

「それでは、ハザキ議長の不機嫌極まりない寝起きの顔を拝みに行かせて頂きます。衛兵には出発準備を先にさせておきますので、確認後先導として私も関所まで行ってまいります。陛下はどうかご休息を」

 一礼して書庫から出る。なに、同じ日の間に会えるのだから大した時間ではない。



 血の匂いは取れないが肌は白く戻った。髪も何回も洗った。あの時に、あのドアを開けなかったら乳母は死ななかった。野盗に襲われたのは不幸だった。けれど、あのドアを開けたのは自分の選択だった。

 乳母の血と野盗の男の血が混じったそれを流しながら何度も吐いてしまった。関所に駐屯する職員の女性たちはとても優しくて、温かいスープを用意してくれたが食べられなかった。

「顔色が優れないようだが出発の準備を」

 面倒を見てくれた女性と一緒に、あの人が部屋に来る。

「戻られたのですか」

 彼がいなければ、自分は殺されていたのか、それとも攫われていたのか。暗かった部屋にはいつの間にか朝日が差し込んでいた。

 恰好が変わっていて、関所の衛兵の制服と似ているが形も色も違う。

「お名前を、伺ってもよろしいでしょうか……私は、コユキ・イーリス。ジェーム帝国第八皇女です」

 身分を明かしても、彼は驚かなかった。

「あなたが、ジェーム帝国がジェゼロ国王の妃候補にと話されていた方ですか?」

「はい……そうです」

 もし、彼がジェゼロの王だったらとわずかな期待をかけていた。若い王としか話を聞けていなかったからどんな方か、想像もできなかった。血の匂いを振り払おうとすると、一度しか会っていないこの方の顔がどうしても浮かんでしまう。

「自分はベンジャミン。ベンジャミン・ハウスと申します。ジェゼロ国王側仕えをしております。先の言動、そうと知らずとはいえ失礼をしました」

 彼が、ベンジャミンが迎えに来てくれて、少し心が軽くなったと思った。それなのに、その言葉を聞いて吐き気に似た胸の痛みが襲う。

「いえ……助けていただいて、ありがとうございました」

 辛うじて言葉を紡ぐ。

「準備が整いましたら下へ」

 礼儀正しく一礼をして、彼が部屋を出て行こうとする。

「あ、あのっ……」

「何か?」

「国王様の御側におられるのでしたら、滞在中に……お話を伺いに行ってもご迷惑ではないでしょうか。あ、その……ジェゼロ国の事など色々学びたいので」

 慌てて言い訳をする。

「私のような若輩でお力沿いになるのなら喜んで。それでは後程」

 最初の少しワイルドな立ち居振る舞いではない丁寧な対応に自分の立場を再確認してしゅんと心がしぼむ。次こそ出て行ってしまったドアを見てため息をついた。

「ベンジャミン様……」

 小さくその名を口にした。それだけで、心が軽くなる。それなのになぜ苦しくもなるのだろう。



 フィカスは楽しくない結果に機嫌が悪い。

 ジェーム帝国の姫君がジェゼロに嫁ぐ。そんな話をしに来たジェーム帝国の巫女の言うとおりに一行はやって来た。色々とおかしな話ではあるが、一般的風習として嫁を贈るのは有り得る話だ。それだけでなくジェーム帝国がナサナ国へ進行するにあたって協力を仰ぐための下準備だと言うではないか。そうなればこっちも妨害くらいはしたくなる。

「ですから……そんな馬鹿な事はお止し下さいと言ったんです」

 王が係わっていないと口実付けるためのプロの野盗があるが、それの指揮に正式な軍人が入り姫君一行を襲い連れてくる予定であったが、失敗したらしい。位置はナサナよりもジェゼロに近いいわばグレーな土地だ。ナサナが統治していても完全な支配区ではない。

「まあ、死体は全て回収した。ただの野盗の仕業にできるだろう」

「将校の一人……その首から上以外は、ですが」

 宰相は未だにジェゼロの呪いを心配している。その将校は野盗のプロの親玉でもあったから惜しい者を亡くした。まあ、付きつけられれば悪者として不名誉を着てもらえばよい。

「姫君ら一行は既にジェゼロ領地に入り本日中には城までたどり着くでしょう。夜中襲撃に向かわせたものは狼に襲われ引き返しています」

 腰抜け共ばかりか。害獣の狼を保護するジェゼロの気が知れない。

「あの者が申したことは忘れましょう。ジェーム帝国がジェゼロと手を組んだとしてもナサナに危害があるとは決まっていません。そう、相手はただの水瓶が大きいだけの田舎者の国ではありませんか」

「ジェゼロの湖は我らナサナにとっても聖地である。本来巡礼は許可されていたことだと言うのに百年前に今のナサナ国になった途端、一方的に許可を取り下げ検問所を設置し、あまつ狼を山に放った。その傍若無人な行為に先代達は目を瞑られていたが、それももう終わりだ。別にジェーム帝国がジェゼロと共謀するなんて話は信じちゃいない。そもそもあいつらに、他国と話をできる脳が残っているとは思ってないからな」

「一世紀前、ナサナ国初代国王様がジェゼロ国王に対して無礼を働き一切の国交を断たれましたが、代替わりしてからはジェゼロが謝罪を受け入れ、一部の交易を再開しておりますし、年に数人ではありますが巡礼者の受け入れもしてくださっております」

「ジェゼロの肩ばかり持つな。お前がどこの宰相か忘れたのか?」

「忠誠を誓っているのはナサナ国に他ありません。ですからこそ、ナサナ国に対する不利益は避けたいのでございます」

 これが腰抜けなのは周知の事実。だが経済に対する才覚だけは立派だ。フィカスが王位を継ぎ最初にしたのがこの者を宰相に抜擢することだった。そして見たことか。馬鹿で間抜けだった父の代より既にこの国は潤っている。だからこそ、他国の妙ないざこざには巻き込まれるべき時ではない。捕まえた……保護した姫には早々に帰っていただきたかったのだ。

「あの巫女と名乗る者が言うのもただ一理ある、代替わりして間もないジェゼロに付け入るのは今が機だ」

 ジェゼロと言う土地は、神が住まう聖域だ。ジェーム帝国が姫を嫁がせるなどと言う姑息な事をしなければ、自分の代でも見過ごしてやってもよかったのだ。だがジェーム帝国がジェゼロの聖域に進出することは絶対に許されない。手を組む云々はどうでもいい。そもそもジェーム帝国単体でこられてもナサナは敗北が見えている。

「……ジェゼロに使者を用意しろ」

「は? 謝罪ですか?」

「シバキ倒すぞ馬鹿者が。ジェゼロ国王に対してナサナの姫を嫁がせたいとの書を持たせろ。文面は任す!」

「フィカス様。残念でありますが、王族の中に適齢期の女性はおりません。残念ながら誰よりも美しく聡明であった次期王とまで言われておられた姉上さまは、随分前に他界されておりますし、フィカス様の娘君の姫様はまだ嬰児です。嫁に行き遅れ独り身を謳歌されている伯母上方は若くて五十。最年長で九十三となられました。どちらを出されても、ジェーム帝国の現国王の妹であり、巫女でもあるうら若い女性に到底勝てませぬ。むしろ、馬鹿にしているとしか思えませんよ」

 憐れんだ目は、完全に国王を馬鹿にしている。まったくもって無礼な奴だ。



 陛下が正式な謁見の間に現れる際、斜め後ろを任されるのはベンジャミンではない。ハザキ議会院長とエユ議会員が脇を固める。ベンジャミンは出入り口に一番近い末席に辛うじて席を置いている。これが本来の立ち位置だと実感する。そもそも、陛下が正装をする事は稀だ。行事ごとやこういった場がない限りラフな格好ばかりされる。

「道中、災難に遭いながら勇敢に戦ったジェームの騎士に哀悼を。彼らが守られた姫君が無事にジェゼロに到着した事が彼らの手向けになるだろう。帰られる際はこちらからも警護をお付けしよう」

 荷車から姫君の衣装を回収できたらしく、白い肌が隠れる黒いヴェールと薄い布でできた黒のドレスを着ていた。喪を示したいので一週間は黒い召し物しか着られない習わしなのだと言う。

 陛下も野盗で失った命に敬意を称し、黒いマントで華美な装飾は外している。それでも若すぎる陛下は傲慢なほど美丈夫だ。姫君のような繊細な美ではないが、線のはっきりとした美麗がある。末席であっても、この場に席を持てたことに神に感謝した。

「この度は、到着を前にしてジェゼロの善良な国民に助けられ、感謝しております。死者に対する心遣いも、これであの者たちもジェーム帝国で安らかに眠れましょう」

 荷物だけでなく、ジェーム帝国の死者は道に放置されていた。だが、野盗の死体は全て回収されている。本物の野盗が死者を弔うほど信心深いかは疑問だ。見られて困る物と処理したのだろう。ベンジャミンが落とした首は関所まで持っていき、改めて姫君を回収した後にハザキに引き渡している。夜の森を、生首を持って走るのは生肉を持って狼の群れを走るのと同じだったため流石に避けた。何かの手掛かりになればいいが。

 ジェーム帝国の死者は彼らの宗教にのっとり、馬車を用意しジェーム帝国へ返す様に手はずを整え既に出発した頃だろう。姫の書簡と共にジェーム帝国の負傷者を乗せて報告も兼ねている。重傷者は旅に耐えられるまで、もうしばらくジェゼロで静養を予定している。本来ならば到着した日に謁見が行われる予定だったが、事態が事態だけに、二日後に開かれた。

 礼節のやり取りとジェーム帝国からの供物が渡される。箱の一つは片目をやられた隊長が姫様同様に大事に持ってきていた物だ。

「お疲れであろう。今宵はささやかではあるが持て成しを用意している。堅苦しい挨拶はこれで終わろう」

 本来よりも短い謁見を済ませ、コユキ・イーリス姫が立ち上がる。

 ベンジャミンがドアを開けると、ヴェール越しに目が合った気がしたので軽く会釈を返しておく。

 シィヴィラ・イーリスについて、まだ話す時期ではないと陛下と議会院が判断したのだろう。

「ベンジャミン」

 ハザキ議会院長に呼び出しを受け、外面対応を終えた議会員の間を縫い、玉座に寄る。

「例の首はナサナの武人の物にまず間違いがないだろう。ナサナが今回の件に対して妨害を謀っているのは確かなようだ。ただ、実際に姫君が来られたと言うことは、ジェーム帝国側は言葉の通り国交の再開を考えている可能性もある」

 ハザキ議長がいつもと変わらない硬い表情で言う。

「かの者には一度部屋にこもってもらっているが、本物ならばこのままあちらの預かりにした方が身軽にはなれるだろう」

 陛下が心配しているのは巫女をナサナから誘拐したと、嫌疑をかけられないかだろう。ジェーム帝国において、巫女はかなり上位の身分に値する。ただ、ここで預かっていると知らせることは、思惑が事実ならばジェームに策略が漏れたと知らせてしまう事にもなる。

「陛下、ご報告が」

 裏戸から入って来たミサ・ハウスが職務時の淡々とした対応で陛下に耳打ちをする。それに対して陛下は右手で頭を抱えていた。

「シィヴィラ殿が消えた」



 川魚や肉料理それに品数の多い野菜を使った料理が並び、護衛の任を全うした労いの為に酒も振舞われた。

 城の中の広間には議会員の方々が接待として気付かいをされている。料理を運ぶ侍女たちはいるものの、女性を侍らす様な風習はないようだった。

 休まれるかと聞かれたが、コユキはここまでの道中を務めた彼らと、命をとした者たちの感謝と労いも含めこの場に出てはきたが、やはり食事は喉を通らなかった。

「姫君、お疲れならば少し休まれるといい」

 あまりに取り巻き少なく入って来たので気付かなかったが、話しかけてきたのは先ほど会ったジェゼロの国王だった。その斜め後ろにはベンジャミン・ハウス様が立っている。それにぎゅっと苦しくなる。

「いえ、お気遣いありがとうございます。ジェゼロ国はとても静かで美しい所でございますね」

 自分よりも軽く五つは年下に見える国王は屈託なく笑い返す。

「まあ、朝と夜だけは静かではあるな。少しゆっくりされてから、街を見て回られるのもいいだろう」

「見分を広げるためにもぜひ。その際はベンジャミン様にご案内を頂いても?」

 冗談めかして陛下にご案内頂いてもと言うつもりが、別の単語が出ていた。はっとしたがジェゼロ国王は斜め後ろに視線をやっていた。

「御指名だぞ?」

「大変ありがたいお誘いですが、自分では退屈をさせてしまうかと」

 やんわりと断られた。そもそも、自分は目の前にいる少年の妻となるべく、兄である帝王様から、そして神官様から言われて旅路についたのだ。側近の殿方にときめいたとなれば、それは自分だけでなく彼にも大きな迷惑ごとだと今更気付く。

「不躾な事を申しました。ジェゼロ国王様について誰よりもご存知かとつい思案が口に出てしまいました」

「かまわんよ。秋の祭りに向けて忙しくなる身、私の代わりで申し訳ないがこの者で案内は我慢頂きたい」

 大して不快も見せず笑って返される。ジェゼロはジェーム帝国の姫が嫁ぐ話を断った。彼らにとって自分はただの迷惑な客人でしかないのかもしれない。

「陛下」

 ベンジャミンが身を屈め、顔を寄せて耳打ちする。それに対してすっと視線が横を向く。つられて目を向けると配膳をする侍女がいた。ジェゼロの城の侍女は長い濃紺のスカートにフリルの着いた白いエプロンをしている。髪型は規定がないようだが、視線の先の者は茶色い髪のショートヘアだ。

「……シィヴィラ様?」

 ふと口に出ていた。肌はどちらかと言えば小麦色だしそもそも髪の色も違う。目の色だけは同じ青だが相違点の方が多いのにそう口走っていた。

「っ、取り押さえろっ」

 ジェゼロ国王がいきなり叫んだので一同の目がこちらに向く。ただ、ジェゼロの者たちだけは直ぐに示す先に視線を向けた。

 先ほどの侍女がスカートの下からナイフを取り出し、片目を負傷した護衛隊長に襲い掛かっていた。



 やはりと言えばいいのか、シィヴィラは体術に多少心得がある。

 ベンジャミンは陛下を片手で止め、危険がない位置から観察していた。

 スカートの下に隠したナイフは炊事場で入手したものだろう。初めに食卓用のナイフを数本を目くらましに投げると、ひるんだ相手に包丁を斜め上に切り上げ眼帯を切り裂いた。例の隊長は独眼には慣れていない。明らかな死角からの攻撃だ。もう片手にはフォークを持ち、反対の目を抉りにかかる。刺さればナイフより抉り出しやすい。

 その手を掴むと万力で隊長殿がねじ伏せようとするがその腕に足をからめるとそのまま屈強な男の肩関節を外した。

 そこで一拍の間が空きそれを逃すまいと数の暴力で捕らえられた。実際にはハザキ議会院長が男でも惚れ惚れする体術で取り押さえ、それに周りが便乗していた。正直彼に勝てる気が未だにしない。

「あれは、何と言っている?」

 シィヴィラが興奮した様子で何事かを叫んでいた。ナサナ国の西の地域の方言で、到底陛下の耳に入れられる代物ではない暴言だった。ジェームではなくナサナの方言なのが不思議ではある。

「シィヴィラ様はあの者に恨みがあるようです。まあ、腐った目玉を抉り取ってカラスの餌にしてやると言った感じの内容です」

 比較的やんわりとしたところだけ伝えておく。

「あの、どうしてここにシィヴィラ様がおられるのですか!?」

 姫君が慌てて問う。かつらが落ちて、白い髪が乱れている。侍女の部屋に侵入して化粧で顔は色を付けたのだろう。かつらは議会員男性が慌てているので彼の替えのかつらだろう。よく盗めたものだ。

「助けを求められていたので保護をしていた。そもそもあの者がジェーム帝国の者と言う確証も我々には持てなかったのでな。あれは、本当に第三巫女とやらか?」

 陛下が問いかけるとコユキ・イーリスは首を横に振った。

「いいえ、違います。あの方はジェーム帝国第一巫女であらせられるシィヴィラ様です」

「……それは、どういった違いが?」

「神官様と帝王様の次の位を持ち、他の巫女とは立場が全く違います。第三巫女は私ですが、神技の代役をするだけです」

 陛下がこれは困ったと取り押さえられている相手を見る。

「それは、予想外だ」

 ジェーム帝国の者がまわりでしどろもどろになっているのはつまり、手を上げられない相手と言う訳だ。かといって姫もいる場で錯乱しているなら放せとも言えない。

「陛下、いかがしましょう」

 ハザキはこんな時でも冷静に問う。

「今晩は独房で過ごしていただいて、普段よりも多い警備をお付けしろ。そちらの隊長殿は肩をはめたのち別室に案内しよう。皆の者、すまぬが今日はこれで御開きだ。食事は宿でも取ってもらえるよう手配しておこう」

「シィヴィラ様を牢になど、許可いたしかねる」

 襲われた本人が血を流しながらも訴える。それはお国の問題だろう。

「残念だが我らはジェゼロの民だ。帝国の法も命令も聞くぎりを持たぬし、従えないと言うのなら、すぐにでも立ち去っていただくまでだ。もちろん、城内での傷害罪は重罪だ。罪人は返せないがな」

 今ここで陛下を人質に取られれば話は混乱する。ベンジャミンもこの場に帯刀はしてきていない。場合によっては事だと身構える。ここにはジェーム帝国の者があまりに多い。

「国王様、此度は身内の争い事を見せてしまいお恥ずかしい限りにございます。シィヴィラ様も一度落ち着かれる方がよいかと。御意向には沿わせていただきますが、わたくしも牢にて過ごさせていただきます」

 姫君が予想外の提案をする。

「最も神聖な第一巫女様をお一人にする訳にはいきませんので。どうかお許しを」

 帝王の妹君より重要な人材であると言う事か。それをナサナの生贄にするとは思えなかった。

「わかった。何、寝心地がいいように毛布はたっぷり用意させよう」



「右目の視力回復は期待しない方がいいでしょうな。肩の抜き方は見事だ。骨は折れていないが靭帯に損傷はあるでしょうから、最低でも二週間は動かされぬように」

 軍人らしい屈強な体躯を持った男。キリュウ護衛隊長は、消耗こそしているが弱っている姿は見せず治療は終了した。

「つかぬ事を伺うが、ハザキの名前からして、ジェーム帝国の出身では?」

「ええ、曽祖父の代からこちらに」

「ジェーム帝国では限られた者にしかハザキの名は与えられないものでしたから、名に値する優れた方だったのでしょう」

 ハザキは医療箱を閉じると、ここに来るからにはよほどそちらの国が嫌になったのだろうと内心でだけいう。ジェームは優れた国だがジェゼロは心豊かな国だ。

「随分古い話で、我々の代ではジェーム帝国について詳しくは存じ上げないが、巫女殿から襲われるとは、キリュウ殿は神殿の警備班か何かであられたので?」

 ナサナの田舎の方言として、かなりのことを言っていたと聞いたが、少なくともここにいる間、シィヴィラ殿は色々と詮索はしていたが理性的だった。何の目的があるにしろ、それをすべて失ってでもこの相手を殺すか盲目にしてやるという意気込みが見えた。親の仇でも見たような対応だ。

「……巫女は珍しい白い精霊から選ばれると伺ったが……あなたが推薦でもされたか」

「まあ、少しばかり古い間柄で」

 人攫いの様なことも行ってきたのはよく知った話だ。隠せば村を潰してでも探すと聞く。それを恐れて、白子が生まれると進んでジェーム帝国に引き渡すか、旅の商人に引き渡すのだ。いくら手厚く保護されると言っても、その行為は蛮行だ。

「今は客人として迎え入れている。シィヴィラ殿の処罰は一日か二日でしょう。その時、我々はどちらの手助けをすればよいでしょうかな?」

「どういった経緯でシィヴィラ様はここへ?」

「ナサナ国で酷い目に会ったと、恐ろしくも森を抜けてやってこられた。中々に気骨のある方だ。詳しくは口を閉ざされているが、助けを求める相手を放り出せませんので。……ナサナ国はシィヴィラ殿の故郷であられるか?」

「一度里帰りをしたいと我が儘を言われまして、我々よりも前に国を立たれたはずだ」

 ナサナ国の西が出身ないし幼少期を過ごした場所か。

「本来、第一巫女は神殿から出るべきではないのだ。だから取りやめるように勧めたと言うのに」

 苦々しく男は呟いていた。シィヴィラ殿を匿っていた知られた後も話がややこしくなっていない事だけが救いだが、話が簡単になったわけではない。




 サーカスでの自分の役割はただ座っているだけだった。白い存在は神の御使いだ。見ただけでご利益がある。興行が終わると、みんなが馬鹿みたいに酒を飲む。ナイジアナ国がなくなった今、それだけで楽しかった。みんなが笑っていた。

 顔を隠した白い装束を着た連中が現れた。

 皆が逃げ惑う。その日は雪が降っていた。だから、赤が鮮明だった。

 自分は黒い鉄格子越しにただそれを見ていた。自分が入れられていたこの檻は、鍵は内側からも開けられる。それなのに、そいつらはでかいペンチで鍵を切った。手を出してこう言ったのだ。助けに来たと……大切な仲間を全員殺しておきながら、助けに来たと言った。

 目が覚めると、鉄格子があった。その先には毛布にくるまった白い姿の女がいる。自分と同じように連れてこられたのか。

 一緒に逃げなければ、そう思ったのに……気付いた。これはコユキだ。巫女の女。だがあの帝国の姫だ。王族でありながら、哀れな巫女でもある。

「……シィヴィラ様? やはり、ここから出すように言いますか?」

 監獄の外に座っていた男が問う。白いあの装束を着ていないが、帝国軍人だった。それと同時に思い出す。自分の名前はシィヴィラ。そう呼ばれている。そうだ、自分はここに使命の為にやってきた。

 コユキにはここまで来ては欲しくなかった。自分の立場もバレるだろう。それでも、自分はやらなくてはならない。




感想などあれが気軽におねがいします。


今回はメイン二人より周辺が多くなってしまいました。

次から話がしっかり動きます。

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