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国王陛下、只今逃亡中につき、騎士は弱みに付け込んだ。  作者: 笹色 恵
二つの感情を無視し続ける事はできない。   ~ジェーム帝国にて~
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帝国の王


 中々、立派な牢だ。ジェゼロの牢は場所にもよるが実は抜け道がある。豪く怒られたときに何度か入れられたが、逃げ出したものだ。この牢にはその手の仕掛けがあるようだが、これは謎解きが難しいぞ。

 気を紛らわすため、今はパズルに没頭した。

 看守はいるが、石積みの壁一つずつを触れても気に留めていない。囚人服の色は悪いし擦り切れているが、とても暖かいので助かっている。食事も水もひもじくはない程度に与えられるし、拷問の類も覚悟していたが、ここに来てからは話を確認しに人が来たが爪を剥ぐどころか、常に鉄格子が間にあって触れられることもなかった。ここがどこかわからないが、道中に比べれば良心的だ。

 ベンジャミンの扱いも心配だったが、自分が思う以上のバカでなければ、少なくとも自分よりも安全なようではあった。

 コユキ姫は本当にあれに惚れ込んでしまったらしく、二人の婚姻を承認されるなら、自分もこの牢から出すと打診が来ていた。本来、喜んでやるべきだが、結婚は二人で決めることだ。王が承認しなくてはできないものではない。だから、自分は承認ができないときっぱり断った。

 牢の場へ、話の確認と結婚の話をしに来たのと同じ者がやってくる。これで何度目か。

「例のお話のご検討は?」

「ん? ああ、先の通りに例の条件は飲めないから、もうしばらくここで構わんよ。それに、あと一日あったら何とかなりそうだしな。そもそも、私に許可を求められても困る」

 一歩後ろに下がって石の形を見たりする。気を紛らわすのにこの牢は有り難い。

 あれが普通の家庭を持ち、幸せに暮らすことを望みながら、それを祝福しろと言われて、わかったと言えない自分が未練がましくて情けがない。それをできるだけ見ないふりをしたかった。

「やはり順番か?」

 ジェゼロの牢の順番を思い出す。同じにしたが駄目だった。

「受け入れがない場合でも……無条件でお部屋に案内する様に命じられております」

「おいおい、ジェーム帝国とあろうものが囚人として扱ったものに対して、そんなにあっさり態度を変えてどうする」

 はっとして、右斜め上の石か少しだけ横にずれるのでずらして、反対側の隅にある欠けのある石壁押し、踏むと押し戻される石を押し込む。最後に便器の後ろにある少し出っ張った石を踏む。

「っし」

 小さくガッツポーズをした。石でできたベッドは不自然な代物で、丁度看守の死角になる場所が開いた。先には空間と階段がある。

「エラ・ジェゼロ様、逃げる算段ができたところ申し訳ありませんが、帝王がお呼びです」

 やってきた別の女が言う。先にいた者と比べても着ているものも雰囲気も、何よりも看守の対応も違う。見覚えがあると思ったら、最初に話を聞きに来た女だと思い出す。女の後ろに付いてきていた侍女が牢に湯と服を入れる。帝王に会うのは希望していたことだ。その前に、身ぎれいにしろと言うことか。

「丁度遊びが一つ終わったところでキリがいいな。流石に帝王殿にここへ来いと言うほど非礼ではないよ」

 初めから、隠し通路で逃げるつもりはない。まあ、それを知っていることは示したかったのもある。もしここから逃げることを考えるなら、もっと慎重に探している。

「少し臭うか……まあこのままで構わんよ」

 多少繕ったとして、小汚いのに変わりはない。何よりも、新たに用意された服は女性ものだ。自分はここにジェゼロ王としてきた。そんなものは着られない。ナサナの時とは意味が違う。

「……どうぞ、こちらへ」

 鼻で笑うような仕草をしたが特に何も言わずに鉄格子が開かれ牢から出る。手枷はないが、周りには剣を持った男が三人。丸腰では分が悪いか。

 牢に入れられるまでは袋を被せられて場所がわからなかったが、やはりジェーム帝国の城か貴族の館だろう。外窓のない廊下では外の様子は見えないが、牢だけの建物にしては上質だ。何の意味があるかわからない像が時折立っている。巨大な壷など掃除係の試練でしかないだろう。些細な調度品ですらあのナサナより高級なものだとわかる。

 飾り扉が随分とまあ美しい。その大きな戸を二人がかりで開ける。中へ入るとまだ誰もいない。壁にはあまりにも精工な肖像画が掲げられていた。まるで姿をそのまま紙に落としたようだ。随分と見目のいいシィヴィラに似た絵もあった。何枚かは普通の見目の絵もある。それが歴代の帝王なのか、別かは定かではないが、ジェーム帝国の偉人ではあるだろう。一番正面には、黒髪の若い青年がまっすぐとこちらを見ていた。美化されているのかもしれないが、美化していない絵との差がわからない。

「そんな、みすぼらしい格好でいいとは、正気を疑いますね」

 会談の場なのか、絵が飾られた壁の下には長いテーブルに何脚もの椅子が並んでいた。その部屋を素通りすると、更に奥の間に通される。そこで、女が小馬鹿にしたように言ったが、まあ別にどうでもいい話だ。

 ベンジャミンの近況は気にかかるが、自分のするべきことをまずはしなくてはならない。

「なんだ。まだ帝王とやらはいないのだな」

 さっきの部屋よりも随分狭く、椅子の数も少ない。自分が使っていた客間に近いだろうか。少なくともナサナ国のあの尊大な謁見の間ではなかった。

「ここでお待ちを」

 名前を聞きそびれた女と男達が出て行き完全に一人残される。

 どうせ長々と待たせる気だろうと部屋を歩く。どこかにまた仕掛けがあるかもしれない。王関係の部屋は特に多いのだ。

 シィヴィラを誘拐したと言う疑いは晴らしたい。そもそもこちらが被害者だ。

 あの牢の仕掛けといい。ジェゼロとジェーム帝国はかなり近しい国だった。位置ではなく、文化や技術、王族の元を糺せばそれすら同じだ。ジェーム帝国が欲しているのは国交だけではなく、正式なジェゼロ王の血筋だ。

 ミサが見せた儀式は完璧ではなかった。入る姿を誰も見ていないのだ。どうやったかは知れないが、儀式は見せかけでしか行われていないはずだ。それを完遂できるのは、今でも自分だけだと、それに揺るぎはない。ジェーム帝国は、ジェゼロの神域に入れるものと交友を再開したいはずだ。

 ぐっと手を握り自分を鼓舞する。

「お待たせしてすみませんね」

 ドアを開けて入ってきたのは三十代半ば頃の男だった。長めのシルバーブロンドの見目のいい背の高い男。アイスブルーの瞳をしていた。

「帝王殿はいつこられる?」

 話によれば帝王は五十近い男だ。その問いに入って来た男は困ったように笑う。髪の色こそ違うが、前室で正面に飾られていた絵の男だと気付く。あの絵は見たまま書かれていたのかと感嘆する。

「初対面ではよく言われるけれど、ジェーム帝国帝王は私だよ。今回は、災難な道中でしたね」

 物事の柔らかなどう見たって四十すら超えていない風体の男が気安くやってくると手を差し出す。それを見てわざとらしいため息をついた。見目に驚いていることは隠した。

「残念だが、私はまだジェーム帝国の者と手を握り合える関係ではないのでね」

 前を素通りして椅子に座り、足を組んで座る。

「先にいくつか聞いておくが、お姫様の背中に書かれたシィヴィラ殿からの書はもう見られたか?」

「……薄くはなっていたけれど、中々に大胆な内容だったね」

 威圧感のない口調で行き場のない手を引っ込めると帝王殿もテーブルを挟んだ椅子に座った。

「理由はともかく、シィヴィラは我が国にとっては重要な人物だから、取り戻すためならば国民は喜んで聖戦として戦うでしょう」

「ジェーム帝国の企み事があっての事でないならば、シィヴィラ殿は余程ジェーム帝国に対して怨みがあるらしい。彼はコユキ姫の護衛隊長を処刑させたそうだ。巫女として無理矢理に連れ去りでもしたか?」

「これは手厳しい。まあ、あの子がジェーム帝国に対して居心地の悪さを感じていたのは事実でしょう。ですが、それとこれは別の話」

 フィカスよりも丁寧であり余裕があった。その分考えが読めない。

「とは言え、ジェームとジェゼロは、昔はとても深い交友があった仲。我々の代で是非とも国交を改善したいと交渉を始めた矢先の事。我々はエラ・ジェゼロ殿を正式な国王と疑ってはいません。復権に対してできるだけの事をお手伝いしましょう」

「……」

「そう警戒しないで」

「それは、神官とやらの希望か。代償として何を求める」

 あえて横柄な態度は崩さない。今下手に出てしまえば、永久に這い上がれない気がした。

「ジェゼロ国王が、女性であるとは気づきもせずコユキを送ったことは申し訳ないことをしましたね。女性王を隠すのは負担も大きいでしょう」

「隠すというほどではない。伝統だ。まさか、ジェーム帝国がそのことを知らなかったというのが驚きだったよ」

「改めて、こちらから婿をお送りしたい」

 にこやかに言われる。

「残念だが、妻は娶ってもジェゼロ王は夫を持たない」

「それは、男性が女装をするということで?」

「シィヴィラ殿に強いていたようなことはしていない。そのまま選ばれた女性に、王の妻としての働きをしてもらう。男という生き物は、権力を目の前にすると、それを自分の物と勘違いを起こす。そもそも、結婚を政略に使うことはしないのがジェゼロだ」

 ジェゼロの実権も取りたいのだろうが、それでは意味がない。

「だが、女性だけで子はなせない。余程特殊な術を使わない限り……」

 すっと、目を細めると立ち上がり、テーブルを回ってゆっくりとこちらにやってくる。

「ジェゼロの王に戻っても、あなた方の政治に干渉しない代わりに、次の王の血に、ジェームの血を加えたい。もちろん、次代でも政治には干渉しないと約束をしましょう。ジェームとジェゼロの王族の起源は同じ。それを再び逢わせることが、我が神官の望みです。ああ……もし男児が生まれたのならば、ジェームへ引き取ることは許していただきたい。王になる可能性がない中で生きるのはつらいでしょう」

 膝をつくと手を取り言う。それに、息をするのを忘れかけていた。

「それではどちらにせよ内政干渉だ」

 手を引き、きつい口調で言う。

「それでは、我々は何を求めればよいと?」

 近くで見ても若く見えた。シィヴィラとは違った整いすぎた顔をしていて気味が悪い。

「別に何かをさせたいのだろう? そもそも、ジェゼロに隠しものなどして、いい迷惑だ」

「おや……ご存知だったのかな?」

 全部ではないが、知ったことにしておく。

「お若いのに意志が強い。ジェゼロ国王を牢になど入れてしまい申し訳ないことをしてしまった。お許しいただけるなら部屋を用意しているからそちらへ。それと、妹たちがあなたに対して随分と失礼な申し出をしてしまったそうで。お詫びと訂正を」

「それは、私の従者とコユキ姫の結婚を許せば牢から出すというあれかな?」

 自分の口に出しただけで胸が悪くなる。

「例え二人が想い合っていても、むしろジェーム帝国が許さないというならわかるが、私に言われても困る話だ」

「それはまあ、女という生き物は単純な男よりも余程浅ましいというか」

 立ち上がると困ったように笑う。

「もし、ジェームの血を受け入れるというのならば、血族の中から好みの男を選んでもらって構わないよ。婦人に対して、その程度の配慮はしましょう」

「ならば、帝王を指名してもいいというわけだ」

 嫌がらせで言うが虚を突かれた顔をした後、可笑しそうに笑いを漏らした。

「このような老いぼれがご希望ならば、いつでも声をかけていただければ」

 かなりの侮辱だろうに、笑って流したのか、それほど神官が所望しているのか。

 今更、自分が何日も風呂にも入れず髪も肌も酷く汚いうえに、服も囚人服と、帝王に対してあまりにも無様だと思い出す。これが、本来の今の立ち位置だ。なのに、帝王はあまりにも生易しく対応をしてくれていた。



某スケートの押しかけ監督のファンアートを見た時(どのキャラか知らない時)、ジェーム帝王がいるとあわあわしました。イメージが完璧に合致していたので。額面積の心配がない以外はあんな感じの外面イメージです。中身はあんな元気じゃないですが。

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