その気持ちには応えることができない。
今夜の晩餐は元々の予定でもある。功績をあげた軍人どもを城に招き、うまい飯とうまい酒を与え、いい女が接待する。各々正装でやってきているが、それでも男どもが大広間に集まると臭い。
貴族の集まりよりは楽しめるが。新しいおもちゃはまだ病床で禄に遊べないのが残念だ。あれが元気ならば別の楽しみもできただろうに。
護衛も付けずに、飲み食いを始める軍人と気軽に談笑して回る。貴族には人気がないが、これでも軍人特に筋肉馬鹿どもにはそれなりに人気がある。軍を手中に置いておくことは自分にとって重要な政治活動だ。
そんな中、女たちが一か所に集まっているのが見えた。接待の綺麗どころだけでなく優秀な女性軍人もだ。
「今日のお姫様方は重要な議題が多いようだが、許されるなら私も混ぜてくれるか?」
割って入ると慌てて女たちが場所を開けた。
「申し訳ありません殿下。皆エラ様に夢中で」
接待役の女が言う。その名で先を見ると、そこには美青年とも美少年とも言えるエラ・ジェゼロが男らしい立ち居振る舞いで立っていた。
髪は首の付け根で縛ると髪型もいつもより額を出したものだ。近くで見ても一瞬誰かわからなかった。
「此度は、これほどまでに美しい御麗人達と知り合う機会をいただき光栄に思います。ナサナ国は美人が多いと聞いていたが……噂に違わぬことは稀だがそれ以上とは」
近くの軍服姿のいかにも固い婦人の手を取るとやうやうしく口づけを落とす。見つめられた婦人の顔は真っ赤に染まっていた。あれが、男どもを怒鳴りつけるのを見たことがあったはずだが雌の顔になっている。
「これは素直に驚いたが、ご婦人の相手ばかりをされては他の男に申し訳が立たない」
「それは申し訳ない。挨拶をとは思っていたが、それより先に声をかける使命が発生してしまいましてね。確かに私一人でこれほどの花々を堪能してはいけないな。皆様方、他の男性諸君にも慈悲の心を」
女の格好よりも舌がよく動いているようだ。
やっと女の群れから出てきたエラ・ジェゼロは連れて歩くには、予定とは違った意味で目立つ。これでは男好きのようではないか。
「以前のようなドレスを期待したんだがな」
「この格好が似合いでないというならば着替えなおしてもいいが、それでは先ほどのお姫様方に失礼だ」
「男の格好で来なかったのは得策だったな」
これで来たら、是が非でも敵認定だ。今既に敵と見定めそうだ。
「ここまでの出来は上下の功績だ。うちにはああいった役職はなかったので中々に珍しい。……ここまで人がいるとは聞いていなかった。できれば大衆には晒されたくなかったが?」
何をいまさら、あれだけ女を侍らせておいて。
「エラとしか名乗らんでいいさ。誰もどこのエラかは知らぬまま終わる」
「だろうな。国兵を労う場なら私はそろそろ退散させてもらう。なぜか急病になった従者の世話を、まだしなくてはならないからな」
感謝されてもいい待遇だというのに、碌にそれがないのは何か裏があると感づいているのだろう。サウラ・ジェゼロは真剣に神酒を分けて欲しいと言ってきたことがある。毒草を愛していた女の娘だ、ナサナの伝統を伝え聞いていた可能性はある。
「折角だ、模擬戦でもするといい。腕には自信があっただろう。希望通り私との対戦は観衆がないときにしてやろう。もちろん、自信がなければ断って構わない。いくら男の格好をしても、女の細腕では難しかろう」
「……ならばベンジャミンを捕らえた者を指名しようか」
このまま返してもつまらんと嫌味に言ったが、逃げるかと思えば、対戦相手まで指定とは。それも屈指の強者だ。
「あまり薦めんな、骨の一本で済む保証もない」
「死闘ではなく模擬戦なのだろう。もちろん真剣は勘弁してもらおうか」
宰相の地位にいるとはいえ軍人の集まりにはあんまり係りたくはない。場合によっては死地に追いやる身として、駒以上に見ては心が折れる。何よりも文学を愛する身としては運動ばかりの彼らは相性が悪い。
それでも今日は一目だけエラ・ジェゼロを見てから引っ込もうと会に出てきた。少し遅れてはきたが、既に料理を並べていたテーブルを脇によけ始めていた。終わりが近いのではない。きっとアレだ、フィカス王のお楽しみだ。
「……」
軍服とは違う格好をした若い男が上着を脱ぎ、入念に木刀を確認していた。対戦相手は三回り大きな筋骨が発達しすぎた熊の様な男だ。個人的に他者を嬲るならまだしも、軍の中で行うことはしない。軍内での統率と弱者への虐待は違うと脳筋王は理解している。若者は相当の手練れなのか?
「エラ様、お怪我をされてはいけません」
「こんな戦いなど意味がありません」
こういう場では程よく分散して接待する女性方が固まって、口々に思い直すように言っている。その名前にハッとして近づくと、男ではなくエラ・ジェゼロではないか。目眩がする。
「これだけ多くの姫君がいれば、介抱をしてもらう心配はないな」
見事な優男ぶりで言うと背を向けて、空間を作られた場所に出向いてしまう。唖然としている間に止める機会を完全に逃してしまった。
「安心していいぜお嬢ちゃん、顔は勘弁しておくからな」
木刀とはいえひと薙ぎで骨が砕けそうな太くてでかいものを抱えて将校が言う。彼もこんな茶番に付き合うとは、そもそも、こんな場には滅多に来ないというのに。ベンジャミン・ハウスを捕まえた人物だから呼んだのか、本人が捕らえた相手を気にするたちとは思えないが。
「紳士の嗜みとして、殺した方は問答無用に負けだ。城で罪人以外を殺してくれるなよ」
あの馬鹿が言う。彼女にこんな場でなにかあったら、到底笑えない。
「では、お手柔らかに頼もうか」
細すぎる太刀を手にしたエラ・ジェゼロが言う。
得意ではないが軽く嗜む程度に理解はある。間合いを取り合い最初に仕掛けたのは将校だった。
女性陣の悲鳴を上げるがたたき折られそうな細い木刀の切っ先がすらりと流れるように動くと、手品のように大木の様な木刀が落ちた。見事に受け流したのだ。凄いと思った時には間合いを詰めて振りかざした剣が将校を狙っていた。
将校が小太刀を振り上げるのが見えた。鞘はついたままだがあれは本物だ。それなのに膝をついたのは将校だった。なぜかわからなかったが、エラ・ジェゼロの木刀の柄側が、男が鍛えられない場所に入ったのだ。
「勝負ありだが、二人とも見事に卑怯だったな。私的にはもう少し長く楽しませて欲しかった」
「では、私はこれで失礼を」
軽やかなお辞儀をして場を去ろうとした時、悲鳴が上がる。イエンでは何分も悶えているだろうが、痛恨の一撃を受けた将校が立ち上がり、エラの頭上めがけて拾い上げた大木を振り下ろしていた。
イエンは無意識にヒッと身構えた。その瞬間、フィカス王が帯刀していた真剣を抜いていた。鞘から出ると同時に切り上げられた木刀が、勢いのままエラ殿に落ちるがそれを何事もないようにいなして誰もいない床に落とした。剣よりも槍が得意とはいえフィカス王の武術は唯一誰もが認めるものだ。それにしても、エラ様のそれもその細い体からどうやったのか不思議なほど華麗だった。そう、美しかった。
「っ……申し訳ありません。とっさに手が」
本能的な行動だったのか、将校がはっとして膝をついて頭を垂れた。
「次はないぞ」
「はっ、お怪我は?」
「ない。そっちも問題なさそうだな」
「ご心配なく」
エラが余裕のある笑みを浮かべる。
女性陣が口々に褒めたたえる中、丁寧に礼を返しながら時間をかけて大広間を出て行った。
自分の従者を手荒に捕まえた男への報復として、この大衆の中負けを来した挙句のあの恥をさらさせるとは。美しい花は棘があるというがそんな優しいものではない。
人生最後の記憶がエラ様の胸を触ってしまったものにはならなかったらしい。いや、それはそれで幸せな人生だったと言えていたかもしれないが、生き延びたご褒美は中々に強烈だった。
まだ痺れが残る手を上げてみる。力が少し入るようになってきた。随分とマシになってきたが、もう二・三日あのままでもよかった。
思い出しただけでも悶えてしまいそうだが、口移しでエラ様から水を頂いた。意識がはっきりしきる前に飲みたいと言った気がするが、うまく飲めなかったのを見かねての事だったが。その後意識がだいぶ明確になった後、飲みづらい振りをしてさらにそれより高度なことをさせた。頂いたものを、胃に流すのとても勿体ないと思ったが、それが自分の血肉になると思うとまた興奮する。死ぬほど苦しく動けないほどの激痛が走りもしたが、結果だけ見ればとてもいい病床だった。
少しとはいえ食事がとれたからか、先ほどよりも回復している。残念だが二度目の機会はないだろう。
「ベンジャミン」
ノックをして入ってきたエラ様に視線を向ける。
「痺れはまだ強いか?」
「……」
晩餐に呼ばれたとは聞いて阻止したかったが、今回は男装だと言っていたので少し安心していた。だが、その姿はいつも見ていたジェゼロでの男装姿よりも艶っぽく男っぽくもあり、且つ美しい。あの双子達は本当に危険だ。
「何か、しましたね?」
それにどこか悪戯っ子の顔が見え隠れしていた。
「なに、ちょっとした憂さ晴らしをしただけだ。お前の方は、少しはマシになって来たみたいだな」
ベッドの隣に椅子を置くと、安堵したように息を付かれた。ずっと不安そうな顔をしていたが、今は機嫌がよさそうだ。
「お前が死んだら、復権の前にどこかの王を殺すところだったよ」
冗談交じりの言葉に笑い返す。それと同時に、この手の痺れが残るようならば、自分はこの先エラ様の重りにしかならないと言う恐怖が浮かぶ。既に多大な迷惑をかけてしまっている。劣情よりも優先すべきことだ。価値のない自分では意味がないのだ。
「エラ様……このような事態になり、申し訳ありません。できるだけ早く全快するように努めます」
申し訳なさで口から出る。そんな事を言われても、エラ様が返せる言葉など知れているのに。
「……ベンジャミン。私の思い違いならば聞き流してくれ」
「はい、何でしょう」
「私は、お前の想いには応えられない」
真っすぐに目を見て、エラ様が言う。それに対するショックではなく、それを言うエラ様の目が潤んで今にも涙を溢れさせそうで、それを慰めるすべがない自分に絶望する。先ほどまでの上機嫌に見せたそれを何度も見ていた。母であり王であるサウラ様に会われる前に、元気なふりをして、気持ちを奮い立たせていたではないか。
「ただ、陛下の手伝いをさせて頂けるだけで満足です。あなたが私の感情を背負う必要はありません」
そんな事は詭弁だ。エラ様の近くにいるだけでなく、あわよくば触れたい。それは肉体だけではない。
「……何か食事を用意してもらって来よう。もう、自分で食べられるだろう。体力を戻さないとな」
涙を堪えるように息を吸うと、立ち上がってエラ様が出て行かれる。途端に、苦しくなる。病的な物ではない。明らかに精神的な理由だ。自分一人なかったことにしても、伝えた言葉は相手に残ってしまう。
誰かがエラ様の寝所に入り込む想像だけならばいい。だが事実となった時、自分はどうすればいいのかわからない。当たり前に息すらできなくなるかもしれない。だが、自分がその役目を担うイメージはそれよりも困難だった。
ジェゼロで平和に過ごせていたら、今の二人きりの旅など有り得もしなかった。病に倒れたとしてハザキの診察を受けエラ様が見舞う程度だったろう。同じベッドで休むなどという恐れ多い事も、優しさに付け込んで口移しでものを頂くこともあり得なかった。
自分はエラ様の窮地である現状を楽しんでいる。
「……」
早く、エラ様をジェゼロの平穏な生活にお戻ししなければ。その後は、前から消えなければならない。きっと自分を抑えられない。これ以上ないほど頭に乗っている。自分自身を戒めなければならない。自分は、エラ様にあのような顔をさせていい立場にはいない。
続・バトル物ではないですが、
戦闘力フル装備の場合
エラ85 短剣か木刀 本気の殺し合いは不可。
フィカス 90 剣 槍の場合は95
イエン30 子供に負ける。何もないところでよくこける。
平均50で最高値(一般)100。女子は90が一般の最高値。
フィカスは時代が時代なら名将だったかも知れない戦い好き。かといって今の状態を壊し戦争状態に入るほど馬鹿ではない。ナサナは内乱周辺国とのいざこざで定期的に争いごとがあるのでそちらで遊ぶ程度の悪人。
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