いつかの日記1
僕は今日も歩いていた。会えるかどうかも分からない、生きているかも分からない家族を見つけるために。でも今日も見つけられなかった。すっかり僕の髪は枯穂色に褪せてしまって、忘れていく記憶のようで悲しかった。昨日は見つからなかった。一昨日も見つからなかった。その前もまたその前も___九九九回探しても逢えなかった。今日で千日目、千回目の捜索だ。僕は今日も歩く。血と硝煙と烏に塗れた戦場跡を。
どうしても、会いたかったから。でも見つからなかった。どれ程叫んでみても、どれ程目を凝らして見ても、見つけられなかった。千日目も終わりかけている。日が沈んだら危ない。僕は仕方なしに避難所になっている酒場へと重たい足を向けた。
×××、只今戻りました。
短くそう酒場のマスター、今は兼受付に伝えた。
「おう坊主、見つかったか?」
その問いかけに僕はまだです、と答える。この問答も千回目。
「・・・そういえば、よ。今日も新しい避難者が来たんだ。そんでよぉ・・・その中にいるやもしれん。あまり気を落とすな。」
そうですね、見てみます、ありがとうございます。
僕は言葉を無理やり紡いで離れようとした。気遣いが痛かった。優しさが哀しかった。
でも、出来なかった。離れようとした時に聞こえたのだ。僕の名前を呼ぶ懐かしい声が。もし、違ったら。でも、もし、本当なら。僕は思い切って其方に目を向けた。其処にあったのは、父さんの姿だった。そして、その後ろには母さんと妹のアンナがいた。立っていた。僕は思わず父さんに飛び付いた。色んな感情が込み上げてきて何にも言えなかった。丁度言葉が喉の所で詰まってしまったように。
「よく生きていたな。こんなになってまで・・・」
父さん達こそ、・・・。
そこまで言って顔を見渡して初めて気づいた。母さんの腕には小さな赤子が抱かれていたのだ。千一日前にはいなかったのに。僕がきょとん、としているとアンナがアルバムを手渡してきた。
「あのね、お兄ちゃん。この子はね、30日とちょっと前に会ったの。」
アンナはそう言いながら今よりもっと小さい赤子の写真を見せながら笑った。その笑顔が眩しかった。
そうか、なら僕の弟か。
写真を眺めながら言葉がぽつりと漏れた。それを聞いたのか知らないがアンナはにっこりと昔のように、花のような顔をしてみせた。
「そうだ。お兄ちゃん。これ、外国のあいすくりむ、っていうお菓子を真似して作ったものらしいんだけど。」
そう言ってアンナは茶色い文字の書かれた包みを取り出した。三角錐のとんがった方を外側に向けて二つ合わせたような形をしていた。
あいすくりむ。
僕が鸚鵡返しをするとアンナはそうなの、あいすくりむなの。と真面目な顔になって頷いた。
「お兄ちゃんと会えたらお祝いに食べようと思って取っておいたの。」
少し俯きながらアンナはそう言った。
ああ、アンナ。そうなのかい。会えるって、生きてるって信じてくれていたのかい。
僕はそれが嬉しかった。
「うん。お兄ちゃん、お兄ちゃんがこの包みあけてくれないかな。」
勿論、と頷いて手を伸ばしかけた途端。
世界は暗転して色を失った。
扉が吹き飛んだ。その勢いでその近くにいた何人かが灰になった。敵国の兵士が攻めてきたんだ、と気づいた。マスターが兵士を止めようと・・・説得しようと前に出た。
けれど。一瞬で飛沫があがり灰になった。奴らに人の心は無いのか。せめてせめてアンナ達だけでも逃がせれば。僕は僕の大事な『家族』を背にして兵士と向き合った。
なのに僕は死ななかった。最初に、父さんが撃たれた。倒れた、と思ったらもういなかった。次に母さんが弟を庇って斬られた。ぱっと消えた。そして。まだ名前も知らない弟が殺された。首を斬られた。消えはしなかったがきっと生きてはいない。僕は途端に恐ろしくなってアンナの手をとった。無我夢中で灰に溢れた建物を駆け抜けた。
そしてまだ兵士達に荒らされていない部屋を見つけると其処へ逃げ込んだ。人の気配はない。きっと此処にいた人達は皆上手いこと逃げ出したのだろう 、と思った矢先がたん、と物音がした。
誰かいるんですか、と小さく声を音のした方へ投げかけた。するとメガネをかけた少し頼りなさそうな青年が恐る恐るといった様子で出てきた。