プロローグ
鐘が鳴った。また憂鬱で長い1日が始まる。けれど僕の時間はあの日からずっと止まってしまったままだ。そう、ずっと。きっとこれからもずっと・・・。
鐘が鳴ったのなら起きなければ、と思い備え付けの固いベットから脚を伸ばしてた。すると足が床に着いた途端、けたたましい音をたてて扉が開かれた。いや、吹っ飛ばされた、と言った方が正しかった。なんせ、蝶番が壁から剥がれて扉が廊下に放り出されてしまったんだから。
「なんですか朝から。というか私の部屋の扉を」
よくもひっペがしてくれましたね、と続けるつもりだったのにそいつは
「聞いてくれよレオン!!」
という言葉で遮りやがった。
「・・・人の話は最後まで聞くべきでは?ルカ、あなたはこの間前何歳になったんでしたっけ?」
「え?何か話してたのか!?レオン、 すまん!!聞こえなかった!あと俺はこの間二十二になったぞ!っていうか言ったハズなんだけど・・・お前もしかしてもうボケて・・・?」
「そんな訳ないでしょう!?ただ年相応に落ち着いて行動してくれって意味で言ったんですよ、私は。それと、今のが聞こえなかったならルカの耳が悪いんじゃないですか?」
ルカは基本的に脳天気で騒がしいうえにあまり賢くない。明らかな皮肉すら分からないから、話が噛み合わないこともままある。どうやったらこんな奴が軍に入れたのか。不思議すぎる。
「なー、レオンー、もしかして怒ってるのか?扉壊したから・・・?それともボケてるなんて言ったから・・・?せめて、せめてこっちを見てくれよー・・・レオンー・・・?」
「はは、自覚はあったんですね。もういいですよ。・・・ただ今度からは相手のことも考えて下さいね。」
全く、と呟きながら今度こそベッドから立ち上がり、朝食へ行くために廊下へ踏み出した。
「んで、話ってなんですか?」
「レオン・・・!!」
僕がそう問いかけると、ルカは顔をほころばせて話し出した。
「噂話なんだけどな、なんでも『 灰の一族』って奴らがこの軍部に潜んでるらしいんだよ。んで、その一族はな、確か・・・あー、そうだ。死んだら灰になるんだとか。」
「それって」
この場所でまだその名前を聞く機会があるとは思わなかった。一瞬感じた恐れを気取られないように僕はなんでもない風を装って、
「普通にしてたら私たちと見分けがつかない異種族が紛れ込んでいる、ってことですか?」
と続けた。そもそも、『灰の一族』は5年前の戦で滅びたとされている。もう終わったことになっているはずなのに、なぜ今になってそんな噂がたったのだろうか。
「それで、その・・・噂では、その、な。レオンが、その・・・お前が『灰の一族』だって言われててだな・・・?」
ああ、俺は別にそうは思ってないぜ?とルカは笑ったが、僕は内心焦った。けれど、こんなことでしくじるようではあの化け物を殺せない。だから僕がここで取るべき行動は、これしかない。
「そんな訳ないでしょう?馬鹿なこと言ってないでさっさと食堂へ行きますよ。」
と、微笑んで、なんでもない声で答えてみせた。
『灰の一族』は、その昔から異種族を排斥しようとするこの国と対立していた。そして、5年前の戦争、もとい異種族狩りで絶滅した、とされている。
僕は忘れない。僕らを逃がそうとして目の前で灰になっていった母様と父様を。一緒に逃げ切れず泣きながら、でも微笑んで「生きてね」、と言い残して灰になっていった妹を。僕は恐らく『灰の一族』唯一の生き残りだ。だから僕は彼らの仇を討たなければいけない。そしてそれが果たされた時に僕はやっとみんなと同じ場所へ行けるだろう。あの日から願掛けのつもりで伸ばし続けた髪があの日の長さに戻ることは永遠にないだろう。・・・ねえルカ。どうかいつか灰になってしまう僕を許してね。