04 かんたんな陰陽術
「それで結論は出たかしら? 」
ああ、昨日の案件か。
あいつはただ、ガキの我侭なんだと今ならば分かる。
素直になれば良いのに、単に恥ずかしいという下らない理由での断りか。
将来の為になるのは確実なのに、友達に笑われるかも知れないという、そんな事で将来の糧を台無しにする。
全く、ガキって奴はどうしようもないな。
「うん、決めたよ」
「どうしても嫌なら、母さん諦めるけど、なるべくならやって欲しいの」
ここまで親に譲歩されるなど、本当にかつてのオレはどうしようもない甘ったれのガキだったんだな。
だが、今ならば。
「うん、任せて。きっちりとやるからさ」
「えっ、本当に、良いの? だってあんなに嫌がっていたのに」
ああ、確かに嫌がっていたさ。
だがな、あそこで習える事柄は、本来相当にレアなはずだ。
門外不出の技能になるはずなのに、親類の伝手でそれが学べるんだから。
「一晩じっくり考えたんだ。僕は甘えていたんだなって」
うっ、そこで泣くのかよ、参ったな。
そんなにオレの事が負担になっていたんだな。
やるからには真面目に務めるからよ、そんなに泣かないでくれよ。
◇
あれは本当に不思議な体験だった。
今から考えるとやはり夢だったのだろうが、ただの夢とは思えない。
その夢の中で目覚めたオレは、親に甘えたままで大きくなり、当然、あの仕事も断って自分の思うままに生きていた。
確かにそれで良かった事もありはするが、殆どが後悔の日々だった。
特においそれとは習えないあの技能は後に、後継者が絶えた数年後、にわかに注目を浴びる。
この26世紀の世の中で、陰陽術などは過去の遺物とされ、後継者不在のまま静かに消えようとしていた。
遠い親類のそんな窮状を見かねたのかどうなのか、うちの親がそれに志願して息子を説得すると告げたらしい。
だがその肝心の息子はそれを嫌がり、数年後には遂には陰陽術の最後の大家と言われた術師は亡くなってしまい、遂には歴史からも消え果てた。
それから更に数年後。
世界は危機を迎えていた。
精神世界の住人の侵略という、まるで空想小説のような出来事。
世界ではオカルト扱いされて虐げられていた人達が、この時とばかりに活躍をした。
しかし、それらは皆、独力での習得だったが為に、その技量も大した事は無かった。
そんな中、日本のある技術が注目を浴びる。
そう、陰陽術である。
世界には様々な趣味の人が居るが、古い歴史の収集家の中から、日本には古来、霊的な攻撃に対処する術を持った者がかつて存在していたと報告したのだ。
当然、世界はその情報に飛びつく。
だが既にそれは衰退し、消え果ていた。
世界はそれを責めた。
折角の専門職を保護する事もなく、むざむざと消し去ってこの危機をどう乗り切るつもりなのかと。
余りに都合の良い物言いだが、確かに何の庇護もしなかったのは事実がゆえに、まともな反論も出来なかったという。
そうして世界からの声に押される形となるも、その復活を政府主導で行われる事になる。
白羽の矢が立ったのは、最後の大家だった術師の親戚連中。
そうして議論のうちにオレの話が話題に上り、自分で決めて勤めていた、それなりに満足していた会社をを強制退社に追いやられた。
既に課長代理となり、数ヶ月後には課長の椅子さえ約束されていと言うのに、国からの圧力と言う理不尽の力であっさりとその夢が費えたのだ。
そうして強制的に陰陽術をやらされる事になった。
元々、本格的な指導の前の段階として、初歩の初歩な術は教わっていた。
それは甘い飴との引き換えの為、単に情報として記憶に留めるだけだった代物だったが、それでも現状どうしようもなかった敵の手先のようなものには効果があった。
だが、所詮は付け焼き刃、次第に手に負えなくなる敵を相手に、必死で戦う日々となる。
その戦いの日々のうちに、周囲の者達が被害に及んで消えていく。
父親がまず消え、そして母親も消えた。
クラスメイトだった奴らも1人また1人と消えていく。
親戚連中は既に軒並み消えており、直属の上司だった政府の役人も消えた。
国の人口は既に半数が消えており、世界の人口もかなりの減少を見せていた。
それでも対策班は戦い続け、そうして対策班の面々も消えていく。
主軸は最後まで残ったが、その中からも少しずつ消えていく。
そうして遂に自分までが……そこで目が覚めたんだ。
大汗をかいていた。
それも当然と思える夢だったからだが、夢で良かったとつくづく思い、そして親に言われていた決断を思い出す。
まさか、あれが分岐点?
あの時はとてもただの夢とは思えず、遠い親戚ながらも祖先の僅かな血がそれを見せたのだと信じていた。
それは今でも変わらないし、その為にはどうすれば良いかという答えは既に出ていた。
そうして親にそれを告げ、晴れて最後の大家の弟子となる。
これで未来がどうなるかは分からないが、少なくともあんな悲惨な未来にだけはしたくない。
だからオレは真剣に術を学ぶ。
周囲から呆れられながら。
質素な生活が続く中、一端な術師となったオレの成長を見届けて、最後の大家たる師匠は亡くなった。
当然、仕事などはあるはずもなかったが、アルバイトをしながらも術の研鑽は欠かさなかった。
そうしてそれから数年後、世界は危機を迎えていた。
彼は心から安堵した。
やはりあれはただの夢では無かったと。
そうして力の限りの殲滅を誓い、戦いに赴いた。