10 戦いは、既に過去へと、なりにけり
人口数千人の町、そこは争いの無い世界の中心と呼ばれていて、人々は広大な大地で農作物を作ったり家畜を飼ったりして平和に暮らしている。
そうしてそれらを囲む壁は、この町の防衛ラインとされていて、その外部では今も街の有志が働いていると言われてる。
街で修行に明け暮れて検定に受かった者は、意気揚々と街の外に出ていく。
そこがまるで本当の住処とでも言いたげに。
そう、外に出る者は二度と戻らないのだ。
だから誰言うとも無しにこの街は、エッグタウンと呼ばれるようになり、ここはタマゴの内側であいつらは殻を破って出て行ったのだ、と言われるようになっていた。
だけど何も強制された訳でも無いのに、わざわざ外に出るのは愚かだと言うのが親達の意見の大半を占め、子供の希望を応援する親は少なかった。
特に若さを失った者達は決して外に興味は持ってはならないと話し、そうして息子や娘に言うのだ、中で平和に過ごしなさいと。
なのにそれを聞く者達はあんまり居ない。
興味と好奇心のままに外に憧れ、努力の果てに検定合格となり、勇んで出て行ってしまうのだ。
そして二度と帰らない。
そんなに外が楽しいのかと、他の若い者達は憧れるのに反するように、苦々しく見ている連中は、すぐにくたばったんだろうと憎まれ口を叩く。
そんな彼らも、まさかそれを本当とは思っていない。
それはあくまでも羨望から来た妄言と知りながら、あえてそうやって話すのだ。
自分達には成せなかった事をする者達を認めたくなくて、今日も憎まれ口を叩く連中。
それらを尻目に、1人の若者が検定を受ける。
『カランカラン』
検定合格の鐘がなり、若者からは羨望と賞賛の歓声が、年配達からは、溜息と愚痴と、そして自棄酒に走る面々。
ただ、老人達は若い彼らの事を、命を無駄にする愚か者と嘆いていた。
本当なら彼らに話してやりたかった。
だけどもそれは叶わぬ事。
しかし、孫にだけは……うっ……
カ……カイ、い、行く、な、く……
「じっちゃん、どうしたの」
「わ……れ……」
「我? 我がどうしたの? お母さん、お母さん、じっちゃんがぁぁ」
◇
「やあ、新顔だね」
「今日、この街に来たんだ」
「そうかい。じゃあ、君も僕達の仲間だね」
「ありがとうございます」
「そうと決まれば祝杯をあげないとな。おやっさん、新肉と酒だ」
「おや、良いのかい、新肉なんて」
「こいつ、今日からだとよ」
「そりゃめでたいな」
新しい住民の周囲には次々と人が集まっていき、新しい仲間になった者を歓迎していく。
そうしてそれは宴会となり、町の広場では一大歓迎会になっていた。
彼は思った、思い切って来て良かったと。
そうして和やかなままに宴会は進み、彼は自己紹介を始めると共に、田舎の両親と妹と弟の話、そうして大成したら家族を呼び寄せたいと抱負を語る。
それは皆に賞賛され、彼はそれを嬉しく思い、決意を新たにしていた。
数日後、彼の配属が決まる。
まずは下積みで解体を覚えた後、その販路への配達なども体験する。
これは新規の市民の半ば義務のような事で、大抵は少年の頃に体験するのだという。
既に青年に近い少年の彼は、遅ればせながらそれを体験する事になる。
「中々筋が良いな」
「田舎で動物の解体はよくやっていたんですよ」
「ああ、それでか。確かに似てはいるからな」
「さすがに少し複雑なので、解体にはコツが要りますね」
「それが分かるだけで前途有望だぜ。どうだ、このまま
正式職員になっちまわねぇか? 」
「えぇぇぇぇぇ」
王都の新肉関連業務は国王直属と言われ、国中の羨望の職なのだが、まさか自分が斡旋されるとは思いもしなかった彼。
その時は何とか返事したものの、未だ夢の中のようだった。
それでも正式採用に向けての研修会に参加するようになり、少しずつ実感が沸いてくる。
そうしていよいよ正式採用。
改めて教導員の指導の下、様々な業務について知っていく。
そんなある日の事。
たまには食べたいと思いつつも、安くないから二の足を踏んでいた新肉。
解体はしているのに食べられないと言うのも悲しいものだと、今日は思い切って買ってみようと思い付く。
「へい、らっしゃい。新しいのが入荷したよ」
もしかして、僕が解体したやつかな?
そんな事を思いながらも、店に近付いていく。
「美味しいとこ、2キロ」
「へい、毎度」
ああ、楽しみだな。
◇
平和そうな街並み、のどかな風景、やっとそれが実現した。
皆はそれぞれに仕事を持ち、そして家庭を持っている。
今日も買い物に勤しむ奥様方に、新しく入荷したと肉屋が声をあげる。
彼女達の家庭では肉料理になるのだろう。
程好く締まった肉は、とても歯ごたえがあって美味いのは確かだ。
しばらく入荷しなかったので、今日は皆が欲しがるだろう。
「さあさあ、残り少ないよ。天然物の新鮮な肉だよ」
あれを天然物と言うか。
確かにブロイラーなんかとは違うが、やはり飼育に違いはなかろうに。
それでも以前と比べて、今は遥かに良い時代になったと言えるだろう。
少なくともあんな新鮮な肉は得られなかったものだが、今では屠殺したばかりの新鮮な肉が簡単に手に入るようになっている。
それぞれはブロックで持ち帰り、熟成をしたりしなかったりと、好みで味わっているのだ。
自分的には少し熟成したのをステーキにするのが好みだが、同僚は固いのを焼肉でタレを付けて食べるのが好きだ。
どのみち高級食肉なので大量には無理だけど、それでも食べたい肉という欲求には勝てないものだ。
だからこんなシステムになったのだろうが、それで平和だから問題は無いさ。
今の王もこれで人気取りになっていると言われる程だし、この方式は全国民が評価していると言っても過言ではあるまい。
遂に実現したんだな。
もうこの平和を手離したくないものだ。
「室長、魔王様がお呼びです」
「ああ、すぐに行く」
ふむ、何だろうな。
「あ、それと室長」
「なんだね」
「今回の新肉、若い男って聞いたんですけど」
「ああそうだが」
「次は女が良いとリクエストがありまして」
「そればっかりは中の都合次第だよ」
「やはりそうですか」
ふむ、女が好みか。
となるとその方向に煽らせるか。
しかしな、女は妙に柔らかいからな。
好みでは無いのだが、致し方あるまい。
「まあいい、少し言っておく」
「ありがとうございます」
本当に良い時代になったものだ。
室長・「そうか、遂に死んだか」
係員・「どうやら禁止事項を漏らそうとしたようです」
室長・「あれでも元は英雄だし、その可能性はあった」
係員・「なので特別製の魔導具だったのですね」
室長・「だがもう真実を知る者は消えたな」
係員・「はい、これからは安心ですね」
室長・「そうなると良いが」
係員・「なりますよ、きっと」
室長・「そうだな」




