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第8話 “イカレ鍛冶屋”

「おいおい……脅かしっこなしだぜ。一体何が……」


 口調だけは軽く言ったが、キャラバの表情は強張っていた。彼も、ユノーの感覚には信頼を置いている。風魔導士であるユノーは、空気の流れに関する感覚が人一倍鋭い。外から風の入り込むことのない遺跡の奥では、風の流れとはすなわち生物のうごめきや仕掛けの駆動など、なべて「よからぬ前兆」を意味する。


「ちょっと静かに、リオ」


 口の前に指を一本立て、アラムがひそめた声で言う。眉根を寄せて身を屈め、耳をそばだてている様子だったが、


「……確かに、来る! 音が聞こえる! ちょっとヤバいよ、これは! 早く患者を連れて、外へ出るんだ!!」


 叫ぶなりアラムは、道具を片付け荷物をまとめ……と突然コマネズミのように動き回りだした。キャラバも流石にたじろいで、


「お……おい、どうした? 珍しいじゃねえか、お前がそこまで慌てるなんて」


「この音、聞こえないのかね!」


 荷物の中から組み木状の器具を取り出しながら、アラムは怒鳴り返した。


「よく耳を澄ませてみたまえ……クレイジースミスだ!! 足音が聞こえるだろう!」


 その声の間を縫って――確かに、かすかだが聞こえる。

 重たい金属音。全身鎧を着た兵士が突撃してくるような……いや、もっと重い。まさに、狂った鍛冶屋が一心不乱に大槌を振り下ろしているような音。


 たちまち、キャラバ一行の顔色が変わった。


「クソッ……! こんな時にかよ! しゃあねえ、ザイン、患者を頼む!」


「心得てます!」


 キャラバの命令を待つまでもなく、ザインは既に動き始めていた。アラムが取り出した先ほどの木枠を広げ、戸板ほどの大きさに展開させる。頑丈な枠組みの上にはドクイバラ繊維で織られた厚い布が張られており、枠の各部には金属具で補強された革のベルトがついていた。


 枠の裏には金属板の裏打ちがついており、布の張られた面を上にして地面に横たえると金属板が全体の重量を支え、ちょうど橇のような形になった。ザインは患者2人を難なくまとめて持ち上げ、張られた布の上に横たえたのち、革ベルトでしっかりと固定した。


「こちらは、大丈夫です!」


「そうか……おい、『追いはぎ』の旦那よ」


 キャラバは捕まえていた腕をほどき、『追いはぎ医者』の腕を自由にした。『追いはぎ医者』は別段感謝したそぶりも見せず、しばらくキョロキョロと辺りを見回していたが、やにわに通路の一角目掛けて駆け出すと、地面の上から何かを拾い上げてかざした。キャラバに叩き落されて転がった、例の魔導杖だ。

 キャラバはうんざりしたような顔で両手を上げた。


「ああ、分かった分かった。そういうのは今はいい。後でいくらでも相手してやるが、今はそのヒマがねえんだ。分かるか? 見て察しろよ。

 ちょいとばかり、急いでここから出なきゃならない用事が出来た。お前さんにも働いてもらわにゃならない。だから解放したんだ……さあ、そこに曳き綱があるだろ。そいつで橇を曳け」


「何を、ワケ分からねえことを……!」


 『追いはぎ医者』は魔導杖を構え、魔力の光を灯して威嚇するように振った。が、ふとマントの下の目を細め、杖を降ろす。キャラバたち一行が全くこちらに注意を払わず、ただ逃げ出すことに夢中らしいと気づいたのだ。何事かは分からないが、冗談ごとではないらしい。


「だから、クレイジースミスが来るんだよ……ッて、そうか。外界から降りてきて間がねえんじゃ、分からねえか。いいか、アレだ、クレイジースミスってのは……」


「ダメだ、来る!」


 アラムが悲鳴に近い声を上げた。ユノーもひッと息を呑む。「大槌」の音はいよいよ速く、近くなり、すぐ近くの角を曲がって――やがて、ランプの光が届く場所まで辿りついた。


「あー……ちょうどいいや。見えるか? あれのことね、クレイジースミスって」


 キャラバは諦めたような顔で言い、『追いはぎ医者』の方を見た。その肩は震えていた。目線は通路の奥に釘付けになっている。彼らが起こした騒ぎを聞きつけ、深淵の底から駆けてきた巨大な「あれ」の姿に――


「う……嘘だろ、おい!」


 かすれた声がマント越しに、『追いはぎ医者』の喉から漏れる。


 一見したところ、それは巨大なクズ鉄の塊だった。

 ひと抱えほどもあるいびつな鉄球が、錆びて歪んだ鉄の柱10本足らずに支えられている。柱の先端はそれぞれ研ぎあげられて、剣のように鋭く輝いていた。

 球体はところどころに黒い錆びを浮かせ、ざらりとした質感といびつな形はどこか人間のされこうべにも似ている。ただし、目も鼻も開いてはいないのっぺらぼうだ。人間で言えば顎のついているべき部分には、鎌のような左右一対の大顎が小刻みに震えている。その真後ろには、小型鳥力車ほどもある巨大な鉄鍋型の腹が天井をこすらんばかりにぼってりとそびえていた。


 それは巨大な蜘蛛であった。


 第10大隧道の冒険黎明期、冒険者たちを震え上がらせた現象があった。暗く果ての見えない通路を歩いていると、どこからともなく重たい金属音が立て続けに聞こえるのだ。いつ果てるともなく続く、大ハンマーをめちゃめちゃに振るってでもいるかのような音――その正体は分からなかったが、その音がたびたび聞こえる区域の奥深くに入り込んだ冒険者パーティは、たいていが謎の失踪を遂げるのだった。


 まさにイカレた鍛冶屋(クレイジースミス)が大槌を振るっているかのような謎の金属音の正体は長らく謎とされてきたが、大規模な冒険が行われるようになってからようやくあるパーティが実態を捉えた。音の主は、大地の魔術で全身を鋼鉄の装甲で覆った大蜘蛛の魔物だったのである。


 トラップドア・スパイダー(トタテグモ)と呼ばれる蜘蛛の一種がいる。土に穴を掘って中に潜み、地上を通る生物がいると音でそれを捉え、穴から飛び出して捕食する。クレイジースミスはこれに似た習性を持ち、遺跡をそっくりそのまま「巣穴」として暮らす大蜘蛛なのだ。


 だが、クレイジースミスは単に巨大なだけの蜘蛛ではない。魔物、すなわち魔力を操る生き物でもある。その魔力というのは……


「おい、ボサッと突っ立ってるんじゃねえ! 危ねェぞ!」


 キャラバが『追いはぎ医者』を怒鳴りつけ、肩を掴んで引き寄せようとする。『追いはぎ医者』は抗おうとした……が、その腕は途中で止まった。


「うッ、うおおッ!」


 呻き声を上げ、『追いはぎ医者』はマントを押さえた。と見るや、臙脂色のマントを突き破って、中から光るものが勢いよく飛び出してくる。鋏、針、ナイフ……マントの内側にしまっていた医療器具らしい。金属の小物ばかりだ。手を伸ばしかけていたキャラバは、腕を切り裂かれそうになって慌てて身を引いた。


 あっと言う間もなく、マントは無残に切り裂かれてボロきれと化した。飛び出た金物は、そのまま放物線を描いて通路の奥に飛び、小さな金属音を立ててクレイジースミスの丸っこい頭にひっついた。


 クレイジースミスは、大地の魔術を操る魔物である。その魔力は金属、ことに鉄を引き寄せる磁力のような働きを持つ。そうすることでクレイジースミスは地中から鉄分を集めて己の外殻を形成し成長するのである。

 また、獲物に脚の刃を突き立てる際には自らの刃をわざと刃こぼれさせ、鉄片を相手の体内に残すことで、万一獲物が逃げようとしても魔力によって引き戻すことが出来るという。今もその力を発揮し、大地の魔力で金属を自分の身体へと引き寄せてみせたのだ。


「な、なんだ……」


 『追いはぎ医者』は、広げた両手にマントの残骸を引っ掛けて立ちすくんだ。顔を覆っていたフード部分もずり落ちて、今や顔が露わになっていた。

 歳のころはまだ18やそこらといったところだろうか。やはり、随分若い。幼ささえ感じられる顔立ちを、強い意志のこもった眉と(こわ)く渦を巻いた燃えるような赤毛が補強していた。


 周りから離れて一人立ちすくむその姿を、クレイジースミスは見逃さなかった。


「Eeeeek!!」


 鉄の扉が軋むような音が、大蜘蛛の顎からほとばしった。クレイジースミスの「鬨の声」だ。八本の鉄の脚を嵐のように動かし、蜘蛛は突撃する。足音は鍛冶屋のハンマーどころか、まるで合戦場の狂騒だ。

 軽便鳥力車もそこのけの速度で通路を駆け抜け、クレイジースミスは『追いはぎ医者』に襲いかかった。鎌のように鋭い大顎がぎらりと光る。


「伏せろッ、目ェ閉じてなよ!」


 と、叫び声とともにアラムが飛び出し、大蜘蛛に向けて右腕を突き出した。手の中には、先端が異様に膨らんだ銃のようなものが握られている。アラムが引き金を引くと、その「膨らみ」は火花を噴き出しながら弧を描いて飛び、クレイジースミスの巨大な頭にこつんと当たった。


 ばッ。


 軽い燃焼音と共に、強烈な閃光が辺りを満たす。クレイジースミスは大顎を鳴らし、困惑したようにその場で足踏みをした後、よろよろと数歩後じさった。


 アラムが撃ったのは、携行型の魔導信号弾である――炎の魔術の込められた弾丸を拳銃型の発射機で飛ばす。弾頭は火薬の推進力で飛んでいき、やがて魔力を炸裂させて辺りに閃光を撒き散らす。

 本来は広い空間で上に向けて撃ちだすため作られたものだが、閉所ではこのように目くらましとして使う用途もあるのだ。暗闇に暮らす魔物は光を嫌うものが多く、また信号弾の炸裂によって撒き散らされる魔力は、視覚に頼らず魔力を感知して活動している一部の魔物にも効果がある。クレイジースミスは後者だった。


 クレイジースミスの頭には「眼」が存在しない。暗がりの中で暮らすうち、光に対する感覚はすっかり衰え、眼の痕跡も鉄の鎧の下へ覆い隠されてしまっている。盲目の大蜘蛛が代わりに頼みとするのは、自らの発する大地の魔力である。

 クレイジースミスは常に周りへ微弱な魔力を放出しており、その反発作用によってものを視る。魔力に反応し引き付けられる物体は金属、逆に強く反発するものは「命あるもの」、つまり「餌」だ。


「ほら、逃げるよッ! いつまでも足止めしてられやしないんだから!」


 アラムは、閃光に巻き込まれてまだ目をしばたいている『追いはぎ医者』の肩に手をかけ、後ろへ引きずった。と、その唇がふッと緩む。


「何だ、おっかないことばかり言うからどんな凶暴なツラしてるのかと思ったら、意外とカワイイ顔してるじゃないかね」


「あァ!?」


 目をこすりながらもいきり立つ『追いはぎ医者』に、アラムは指を一本立てて「黙れ」のジェスチャーをした。


「言いたいことも色々あるだろうが、今はここを離れるのが先決だ。理由はアレ見りゃ分かるだろう。閃光弾のショックから立ち直ったら、すぐまた襲ってくるぞ。

 ほら……?」


 と、大蜘蛛の方に目をやってアラムは首を傾げた。クレイジースミスはどうやら魔力の光によるダメージから回復したようで、八本の脚をフラつかせることもなく立っていた。が、こちらに進んでくる気配はない。

 ただ突っ立ち、天井を打ちそうなほど大鍋型の腹を振り立てているだけだ。よく見ると、その腹部に白く光る渦巻き模様が浮かび上がっている。体内の魔力増幅器官が活性化しているしるしだ。


「魔力が渦巻いてる……また、あの「磁力」が来るわ!」


 ザインについて患者に麻酔の煙を吸わせていたユノーが、いち早く気づいて叫ぶ。キャラバは指を鳴らし、一同の注意を集めた。


「なんにしろ、チャンスだ。走って追ってこねえなら、こっちゃ早いとこ磁力の届かない範囲まで逃げるまでだ。

 ザイン、曳き綱を持ってくれ。橇を引いて一気に走るぞ……磁力で引かれないように、金属製品は出来る限り革布にくるんどけ。動物の持ってた命の力が残ってるから、ある程度は魔力避けになる」


 しかし……キャラバははたと考え込んだ。


(そもそも、最初から妙だったんだ……どういうことだ? 磁力を放つななら、まず襲いかかって刃を埋め込んでからじゃねえのか。近寄って来る前に魔術だけ使うなんざ、順番がおかしいじゃねェか。引き寄せるものもねェだろうに)


「ぐあッ……がッがああああああ……!!」


 絶叫がキャラバの思考を遮った。


 声を上げたのは、担架に横たわった男の方の患者、バナーだった。先ほどまでぐったりと担架に寝ころび、意識ももうろうとしている様子だったのが、今や革ベルトを引きちぎらんばかりの勢いでもがき、のたうっている。石膏で固められた右肩を、左手の甲が白くなるほどに強く押さえながら――それを見て、キャラバは一瞬のうちに理解した。


「クレイジースミスだ! 奴を止めろ!」


「『止めろ』……?」


 アラムは言われるままに魔導信号弾を構えなおしながら、クレイジースミスを見据えた。その腹からは強い魔力が放たれている。大地の魔導士でないアラムにも、ありありと感じ取れるほどの力だ。

 しかし、手にした銃が引っ張られているような感覚はない。えらく狙いを絞って、ほとんど糸状になるほどに魔力の流れを集中させ、特定のものだけを引き寄せているような……


 そこまで考え、ようやくアラムにも理解できた。クレイジースミスが何故追ってこなかったのか。何を引き付け、引き寄せようとしているのか。


「しまった……あいつ、引っ張って手繰り寄せようってのか! 患者の肩に刺さった鉄の矢を!」

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