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第6話 闘う医師団

 キャラバはザインたちの返答を待たずに身をひるがえし、魔導杖を振り上げて『追いはぎ医者』の方へ駆け出した。左腕にはまだ、ツチザメの死骸をぶら下げたままだ。


 『追いはぎ医者』は、喉の奥でぐッという声を出したきり固まってしまった。無理もない。見上げるような大男が何やらごつい杖を握りしめ、ツチザメの死骸を腕に食いつかせたまま駆け寄ってきたのだ。驚くなという方が無理というものである。


 真正面から向かい合うと、『追いはぎ医者』はキャラバよりずいぶん華奢な体格をしていた。上背も横幅も一見して見劣りするし、マントの下から垣間見える手足もまだまだ発展途上といった太さだ。思ったより若いな、とキャラバは感じた。


「な……なんだ、お前!」


 マント越しに、くぐもった声が響く。ナメられまいとしているのか、低くドスを利かせた声だったが、その奥には幼さに近い若さが感じられた。キャラバは唇の片側を吊り上げて笑うと、魔導杖を振り上げた。


「ヨソ見してるんじゃねェぜ、先生!」


 腹に響く大声と振り上げられた魔導杖に、思わず『追いはぎ医者』は身をすくませる。キャラバはその体を押しのけるようにして身を乗り出し、魔導杖を思い切り振り下ろした。ぼくり、と鈍い音がして、飛び出してきたツチザメの一匹が地面に打ち落とされる。

 魔術――いや、単純に魔導杖を鈍器として使っただけだ。


「そら、ボサっとしてると腕を食いちぎられるぞ。大事な腕なんだろ?」


 キャラバは言い、気安げに豪快な笑みを投げた。


「俺が誰か、って話だったな……そうさな、俺は、お前さんに会いに来た男ってところだな。お前さん、『追いはぎ医者』だろ?」


 「医者」と言われ、相手は動揺したらしかった。つとめて平静を装ってはいるが、瞳の奥にぎくりとしたような表情が広がっている。


「誰から聞いた……お前、ギルドの回し者か?」


「オイオイオイ、とっぽいこと言ってンじゃあねえや。この階層じゅうに鳴り響いてんだぜ、お前さんの噂はよ。追いはぎまがいの仕事をする一匹狼の野良医者ってな」


 キャラバは身構える『追いはぎ医者』に寄り添い、強引に肩を組んだ。


「それに、俺はギルドやら何やらってヤボな手合いとは無関係だ。ただお前さんと、個人的なビジネスの話をしにここまで来たんだ。どうだ、話くらい聞いてくれてもいいんじゃねえか?」


「何のつもりだかは知らねェが、俺はお前なんかにかまってるヒマねえんだ! 時間が……」


 焦りのにじむ口調で『追いはぎ医者』は言い、キャラバの腕を振りほどこうとした。が、キャラバは離さず、代わりに安心させるような笑みを送った。


「そう慌てなくたって大丈夫だ。患者のことなら、ウチのスタッフが看とくから」


「スタッフ……?」


 キャラバは頷き、親指で通路の奥を示した。アラムの作った魔力の道を通って、一行が患者の元へ向かっている。先頭はユノー、後ろにザインが続き、しんがりにアラムがつく。


 ユノーは患者たちの元へしゃがみ込み、傷を見ようと手を差し伸べたところで、びくりとのけぞった。傷にかじりついたツチザメが外敵の接近を嗅ぎつけ、激しくのたうちだしたのだ。


「まずはこいつらを処理しないと、血も止められないか……ツチザメの呼吸器系は?」


 後ろに向かって呼びかけると、追いついてきたザインが答えた。


「肺呼吸ですね。呼吸孔は背ビレのつけ根です。地中では呼吸ができませんから、時々地上にヒレだけを出して息継ぎをするんです」


「だったら、問題なく効くかな……配合は、そうね、こんなトコか」


 ユノーはマントを持ち上げてベルトを出した。ベルトには指ほどの大きさの金属筒がずらりと並べて括りつけてあり、まるで弾帯のようになっていた。ユノーはその筒の中から2本を選んで抜き取り、籠手を嵌めた左腕を上げた。


 籠手の装甲部分には金属製のスロットが幾つもついている。その中へ2本の金属筒を入れて金具で固定し、続けて手首部分に仕込まれたダイヤルを回すと、内部機構が連動して筒のフタが開き、内容物が籠手内部の火皿に送られ調合されるとともに、発火装置が働いて火種も送り込まれた。

 たちまち、手首の下にある排気口から煙が噴き出しはじめる。


「あんまり近寄らないでよ、念のため。一応、体の大きな動物には効かないくらいの調合になってるはずだけど」


 後ろの2人に警告したのち、ユノーはおもむろに手のひらを回し、宙に円を描いた。すると籠手から吐き出された煙が円の中に集まり、みるみるうちに白い球形の塊となってゆく。ユノーは続けざまに手のひらを躍らせ、空中へ煙の球をいくつも浮かばせた。

 風の魔術の一種だろうか。大きさといい風に漂う様子といい、ちょっと見たところはシャボン玉のようだ。


 やがて周囲に浮かべた球の群れが十分な数になると、ユノーは指先を広げ、手を押し出すような身振りをした――と、その動きに合わせて細い空気の流れが幾本もほとばしり、浮かんだ煙の球を押し流していく。白い球はてんでに緩いカーブを描きながらバラバラに飛び、それぞれが2人の冒険者の身体に群がったツチザメを目掛けて襲いかかった。


 着弾すると、シャボン玉がはじけるように球は壊れ、煙がツチザメの身体を取り巻く。すると、今まで激しく尾ビレを振り回して暴れていたツチザメたちが、ほんの数呼吸の内に動きを止めてぐったりと体を横たえた。


「痺れ毒……これで少なくとも、傷口が今以上に開くことはないわ。後はお願い、ザイン」


「心得ました」


 巨猪人オークのザインが進み出、ユノーと場所を入れ替わる。大きな体を折りたたむようにして患者の間にひざまずくと、ザインは太い腕を素早く伸ばし、動かなくなったツチザメたちを冒険者の身体からもぎ取り始めた。


 万力のような指で鮫の顎を左右から掴み、顎骨を砕いて口を開かせてから、牙がそれ以上肉を抉らないよう注意して引きはがす。一連の動作をザインは、まるで野イチゴでも摘み取るかのようにやすやすと行った。巨猪人オークの怪力と頑丈な皮膚あっての業だ。


「さて、止血ですが……噛み傷の場合は少し傷口を洗った方がいいですね。膿みますから」


 ツチザメの体液に濡れた両手を手巾で拭いながら言うと、ザインはやにわに両腕を広げた。腕の皮膚をうねうねと走る契約印の一部が、青白い光を放つ。


「噴き上がる水、力ある水の神はゲム=ウルピヤゲム。願わくは此度その力をお貸し給わらんことを」


 ぼそぼそと(まじな)い言葉を呟いたのち、ザインは両手をそれぞれ2人の冒険者の身体に当て、腕にぐっと力を込めた。

 ひときわ強く契約印が輝き、魔力が波のように腕を伝って患者たちの身体へと流れ込む。と、2人の全身に空いた傷穴から、少量の血が霧のようになって噴き出した。ほとんど意識を失ってその場に倒れ伏していた2人は、血の噴出に悲鳴を上げることも出来ず、ただ重苦しい呻き声をかすかに上げただけだった。


 キャラバに肩を押さえつけられ、一連の流れを見守ることしかできなかった『追いはぎ医者』は、この光景を見て血相を変えた。


「おい! あいつ、何やってるんだ!? あんなに血が……」


「オタオタするない、大丈夫だ。見た目は派手だが、出血量は抑えてある」


 腕を抜け出そうとする『追いはぎ医者』をしっかりと捕まえながら、キャラバは平然と言った。見ると、後ろへ下がったアラムとユノーも、何でもないことのように平然とザインの治療を見守っている。


「魔物の中には毒を持ってる奴もいるし、そうでなくとも野生生物に噛まれた傷ってのは化膿しやすい。外側から薬で洗っても、奥まで牙が食い込んでた場合は毒が落ちねえこともある。そういう時のために、深層の治癒魔導士はああやって血を少し噴き出させ、血液中の毒素を吸いだすんだ」


 その言葉通り、血の噴出はやがて収まった。付近の血痕の大きさから、出血量も大したことがないと分かる。霧のように広く噴き上がったために、実態よりも派手に見えていただけのようだ。

 『追いはぎ医者』はホッと息をつき、肩の力を抜いた。それを感じ取り、キャラバの片頬が緩む。


「随分とお優しいことじゃねェか、『追いはぎ』の先生よ。患者がそんなに心配かね?」


「な……!」


 躍起になって言い返そうとする『追いはぎ医者』に、キャラバは大きな手のひらを突きつけて黙らせた。


「ああ、いいって。皆まで言うな。お前さんが優秀な医者だってことは分かってンだ。

 手術の跡を見たってこともあるが……俺たちが来た時、お前さん、ツチザメと闘ってたよなァ。どう考えても損な戦いだってのに、逃げるでもなく、患者を守るみたいに立ちはだかってよ。そういう奴だと思ったからこそ、俺ァこんなとこまで会いに来たってわけよ。


 しかしお前さん、見たところまだ経験が足りねェな。魔物相手の立ち回りといい、『医者』としての修行は積んでるが、大竪穴でのやり方ってやつがなっちゃいねェ。どうやらまだトシも行ってねえようだし、降りてきたばっかりか、ええ?」


「な……何だよ、お前に何の関係があンだよ!」


 『追いはぎ医者』はほとんど声を裏返らせて怒鳴り返した。反応からすると図星のようだ――キャラバの笑みがさらに大きくなった。


「だから、見といて損はないってことさ……深層の医者、冒険者相手の医者ってやつをな」


 キャラバは言い、折しも床石の中から飛びかかってきたツチザメの一匹をブーツのつま先で蹴飛ばしつつ、『追いはぎ医者』の肩を掴んで身体を無理やりザインたちの方へ向けた。


 ザインは治療の段階を次に進めていた。眼を閉じて精神統一すると、今まで光っていた部分の刺青から光が消え、代わりに別の個所が濃い青の光を帯び始めた。


「淀みの水霊、水底に待つゲム=ルルヤク、その指もて触れ、その力顕わせ……」


 ささやくように言ったザインの指先から、波のようにうねる魔力のヴェールがこぼれ出た。それが2人の冒険者の身体を包むと、傷口から流れていた血は徐々に粘性を帯び、傷を塞いで固まってゆく。魔力が水の性質を変化させているのだ。


 一般的に、魔術というものは生物の身体には効果が薄い。「命」との力そのものが魔力と干渉し、打ち消してしまうからだという。状況にもよるが、例えば「命の力」が満ち溢れている人体を炎の魔術で焼き尽くそうとするのは、命のない土の塊を焼き尽くすよりもはるかに莫大な魔力が必要となるのである。


 そんな中で例外的に、生体に対しても一定の効力を持つのが水の魔術である。生物の肉体は大量の水を含むため、水そのものに働きかけることで体液をコントロールすることが出来るのである。無論「命」による干渉も受けるため激しい動きをさせることは出来ないが、出血を止めたり逆に血行を促進したりといったことは可能である。人体の水の操作に長じた魔導士は、治癒魔導士として医療の場で重宝される。


 しかし、そういった治癒魔導士は大抵魔導杖などの魔道具を使って治療をするのが普通だ。古代魔術を使って他人を治す治癒魔導士というのは、大竪穴においてもかなり珍しい存在と言ってよかった。


 やがてザインは息をつくと、魔力の放出をやめて腕を貫頭衣の下に収めた。患者2人の出血はほぼ完全に止まっていた。治癒魔導士全体の水準から考えても、かなり素早い手際だ。流石に感じ入った様子を隠せない『追いはぎ医者』に、キャラバはまるで自分が手柄を立てたような顔で笑いかけた。


「どうだ、これが俺達だ――俺たちは深層の医者、冒険する医者、闘う医者! そういうチームなんだよ……チーム名は、まだ考え中だけどな」

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