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第4話 ”トラッシュ・ワゴン”作戦

~遺跡の片隅で……~



 冒険者・バナーは、遥かに続く通路に向かい高々とランプを掲げ――ふと、眉をひそめた。


「どしたの? 何かあった?」


 相棒の女剣士・クラフが後ろから声をかける。


「ツメナガイタチの巣でも?」


「いや……前じゃなくて、後ろだ」


 バナーは声を潜め、クラフの方へ顔を寄せた。


「どうも後ろに気配を感じる。“トラッシュ・ワゴン”かな」


「私たちに? まさか」


クラフは驚きと自嘲の混じった声を上げた。


 彼らは2人とも、駆け出しの冒険者である。第10大隧道に来てからまだ間がなく、一応大手ギルドの傘下には入ったものの、仕事の依頼を回されることはほとんどなかった。キャリアもツテもない若手冒険者は、大規模で実入りのいい探索行に加わることなど出来はしない。


 仕方なく、遺跡の入り口周辺で害獣狩りやドクイバラ駆除をして日銭を稼ぎ、実績を積みながらチャンスを待つ――冒険者街にはそういった「志願者」があまた居る。バナーとクラフもその一員だった。この日も、遺跡の外縁部を周回して大パーティの邪魔になるような害獣や有毒植物を片付けて回っているところだった。


「僕らを尾けても仕方ないとは思うけど……でも、確かに誰かついてきてる。壁に耳を付けたら、足音も聞こえるよ、ほら」


 バナーとクラフは顔を並べて、ざらついた壁面に耳をつけ、しばらく黙って物音に耳を澄ませていた。確かに、少し離れたところを移動する足音がいくつか、徐々に近づいてきているようだ。


 しばしあって、先に口を開いたのはクラフだった。


「まあ、そんなに気にすることはないんじゃない? 向こうが何を企んでたって、どうせこっちには奪われるような財宝も無いし。そもそも、単に同じルートを選んだってだけかも知れないし」


「まあ、そうか……」


 バナーも壁から耳を離し、気を取り直すように首を振った。


「余計なこと考えてるヒマもないよな、僕らには。さて、もう少し奥まで行ってみるかな。この辺りの害獣や毒草も、だいぶ取りつくされてきてるし」


 バナーはランプを前に向けなおし、足を一歩踏み出した――と、その時だった。


 足元の敷石がほんのわずか、音もたてずに沈んだ。


 びくりと足を止め、とっさに後ろへ跳びすさる……その時間もなかった。右側の石壁に小さな穴が開いたかと思うと、そこから黒く細長いものが風を切って飛び出した。


 どッ。


 重たく水っぽい音が響く。突き飛ばされたような衝撃を感じ、バナーはふらふらとよろめいて、そのままその場にへたりこんだ。


「バナー……?」


 クラフが駆け寄り、息を呑んでその場に立ちすくむ。バナーの右肩には、黒い矢が深々と突き刺さっていた。鏃を付けるのではなく、金属棒の先端を研いで尖らせた形の矢だ。長さは肘ほどだろうか。


「来るな、クラフ!」


 右肩を押さえ、ゆっくりと這いずって後ずさりながら、バナーは叫んだ。


「仕掛けを踏んじまった……他にも近くにあるかもしれない。気をつけて、一旦この場を離れるんだ」


 叫ぶごとに、傷口を押さえた手からとめどなく血が滴り落ち床を濡らした。バナーは懸命に立ち上がろうとしたものの、血に足を取られて再び膝を落とした。


「バナー!!」


 悲鳴に近い声を上げ、クラフはバナーの元へ駆け寄った。2人の短いキャリアの中で、ここまでの深手を負うのは初めてのことだった。傍にしゃがみ、肩を差し入れて体を助け起こしにかかるクラフを、バナーは弱々しい声でたしなめた。


「ダメだ、近寄るなって言っただろう……」


「でも、血が出てるじゃない! 大丈夫? 歩ける? 意識が遠のいたりとかは?」


「問題ないよ……けど、血が止まらない。一旦戻るしかないか……」


 荒い息の下、バナーは答えた。と、その呼吸が急に止まり、あえぐような声が喉から漏れる。


「どうしたの? 痛む?」


 心配そうに聞くクラフに、バナーは震えながら首を横に振った。


「違う……何か来る! 何か、魔力の気配が……」


 その声に応えるかのように、周囲の壁から奇妙な音が聞こえてきた。ザワザワと、何か小さなものがこすれ合い、転がってくるかのような音。豆をふるいにかけた時のような……

 やがて、その「音」は2人の周囲をぐるりと取り囲み、渦を巻きながらその姿を現した。


「ううッ……うわあああああああああああッ!!」


 2つの悲鳴が溶けあいながら、ガランとした遺跡の通路を駆け抜けていった。



   *   *   *



~ 時間はほんの少し遡り…… ~


「あー、これ多分気づかれたね。足を止めてるみたいだよ、前行く連中」


 右手を床に当ててうずくまり、アラムは呟いた。背後で大きな影が揺れる。


「ああ、多分、私のせいではないかと思います。こんな体をしているもので、足音がどうしても立ってしまって……申し訳ない」


 巨体から、意外なほど滑らかなテノールが流れ出した。アラムは立ち上がり、後ろの大きな影に向かって「気にするな」という風に手を振った。


「キミのせいじゃないって、ザイン。こんな静かな区域をこの人数で進んだら、どうしたっていずれは気づかれるよ」


「そう……でしょうか。いや、すみません」


 ザインと呼ばれた大男は、それでももう一度頭を下げた。

 自分で言う通り、縦にも横にも大きな男である。胸板が、アラムの頭よりも上にある。その巨体と、身にまとった貫頭衣の金襴模様を見れば、明らかに巨猪人オークとわかる。


 特異なのはその頭だ。伝統的なターバンに加え、貫頭衣と同じ金襴の布地で作られた覆面で顔をすっぽり覆っている。露わなのは、静かな知性をたたえた両の瞳だけだ。


「まったく、何も毎回毎回、4人全員で来ることはないんだ。お目当てのやつが来るとも限らないのに……ねえ、大将?」


 アラムは厭味ったらしく振り返り、後ろのキャラバを睨みつけた。キャラバはアラムたちから少し遅れ、4人目――腰ほどのマントに革の胸甲といういで立ちの少女と向き合い、大判の手帳ほどの木の板を手に何やら話し込んでいた。


「よし、それならいっそ……5の7へ! 扉を開ける」


「はい残念、そこが爆弾の罠でしたァー」


 勢い込んで叫んだキャラバに、少女は意地悪い笑みで返した。途端にキャラバは大げさにのけぞり、板を手で叩きながら地団太を踏む。


「畜生!! 普通それは宝の近くに仕掛けンだろ! なんで全然関係ねえ所に……」


「読めてンの。バレバレなのよねぇ」


 少女――ユノー・リステッロは、くつくつと笑いながら指で木板を叩いた。

 年のころは14、5といったところだろうか。短くまとめた髪はバターを溶かしたような金髪、心もちつり上がった目と小鼻にうっすら残るそばかすは、気の強さと小生意気さを感じさせる。胸甲をはじめ非力な娘に相応の軽装で固めているが、籠手だけは妙に仰々しく、手の込んだ木製のものをつけている。


「……あー、何やってんだ、リオ、ユノー?」


 咳ばらいをしつつ聞くアラムに、リオは悪びれる様子もなく答える。


「何って、ダンジョン・ゲームだろうが。やったことあるだろ? ポケット版のゲーム盤を街の雑貨屋で見つけてな。ユノーと何度か対戦してるんだが……なあ、こいつホント性格悪いぞ。このままじゃロクな大人にならねぇ。

 お前からも言って聞かせてくれよ。そもそもゲームというものは、コミュニケーションの一面を……」


「今やることかね、それは!」


 溜息交じりにアラムは言い、二人の手からゲーム盤を素早くもぎ取った。


「まったく、本物の迷宮ダンジョンの中でダンジョン・ゲームやる奴もないもんだ……」


 ダンジョン・ゲームは、大竪穴で生まれた子供向けのボード・ゲームである。数字を割り振ったマス目のあるゲーム盤に、一方のプレイヤーがまず罠や宝を配置してダンジョンを作る。もう一方のプレイヤーは冒険者となり、ゲーム盤のマス番号を指定して相手の作ったダンジョンを進んでいく。

 進んだマス目に応じて配置した側は、宝まで何マスだの罠が近くにあるだのの情報を与えなければならない。宝を多く手に入れダンジョンを出られれば冒険者側の勝ち、罠や魔物にやられて冒険者の体力が尽きれば配置側の勝ちである。


「キャラバが弱いのよ、とにかく。ちょっと込み入った計算しなきゃいけなくなるとすぐ面倒になって、イチかバチかで進むし」


 ニヤつきながら言うユノーに、アラムは思わずこめかみを押さえた。


「あのねぇユノー、一応今だって『冒険』の途中な訳だから、もう少し真剣にやってくれないかな? いくら“トラッシュ・ワゴン”とはいえ、危険がないわけじゃないし」


「そんなこと言ったって、もうこれで3回目でしょ。毎回毎回、全然何も起こらないんだもの」


 不服そうな顔でユノーは言い返す。アラムは思わず返答に詰まった。


 “トラッシュ・ワゴン”作戦――キャラバ立案の「小規模パーティの跡を尾け、罠にかかるのを待つ」作戦を始めてから、既にこれで3度目の挑戦だった。これまでの2度はいずれも空振り、4人雁首を揃えて外縁部をブラブラ散歩するだけに終わった。2組目のパーティには、外へ出てから露骨に敵対的な視線を向けられた。


 偶然に任せて選んだパーティが、これまた偶然に罠にかかって負傷するのを待つ――先ほどアラム自身も愚痴ったが、4人全員でかかるにしてはどうにも成功率の低い賭けであった。


「ねえ、やっぱりこの計画、初めのとこから考え直した方が……」


 アラムが言いかけたその時だった。

 通路の遥か先、ランプの明かりも届かぬ闇の中から、かすかに声が聞こえてきた。反響にぼやかされて聞き取りづらいが、どうやら悲鳴のような……


「……あれは!?」


「この計画が、なんだって?」


 キャラバは得意げな顔で目くばせする。アラムは答えるのもおっくうだとばかりに肩をすくめた。


「少なくとも、トラブルがあったのは確かなようですね」


 ザインが考え深げに頷く。


「今のは明らかに悲鳴でしたし……もっとも、まだ『罠』と決まったわけでもありませんが」


「行ってみりゃあ、わかることさ。どのみちトラブルがあったなら、助けを必要としてるだろうし」


 キャラバは軽快に答え、早くも背嚢を背負いなおして走りだそうとする構えだ。ユノーが横から口を挟む。


「ランプは消していく? あたしたちが近づくのに気づいたら、『追いはぎ医者』が逃げちゃうかもしれないわよ」


「……いや、いい。こんだけ静かな区域だ、どう近づこうが気づかれはするだろうさ」


 少し迷ったのち、キャラバは首を振った。


「それなら、一気に距離を詰めてとっ捕まえるしかねえ。逃げようとしやがったら、魔術の一発でもブチこんでやりゃあいいだろう。生け捕りにする必要はあるが、骨の1,2本なら構うこたァねえ。この俺が許す」


「スカウトに行こうって人間の言葉とは思えないね、まったく……うん?」


 呆れ顔だったアラムが、ふと引き締まった面持ちに代わる。黒手袋を嵌めた右手が、ゆっくりと壁面をなぞった。


「どうした?」


 苛立たしげにキャラバが聞く。体は既に、悲鳴の聞こえた方へ走りだそうとしていたところだ。しかしアラムは、キャラバの逸る様子など意にも介さず、考え込む顔つきで長い息を吐いた。


「いや、何があったってわけでもないんだけどね……ただ、妙な気配があるように感じてね。土壁の中から、妙な魔力のざわめきを感じると言うか……

 ほら、この壁、やけに面が粗いと思わないか?」


 キャラバは片眉を上げ、おもむろに右手を上げると、申し訳程度に壁面をざらっと撫でた。


「別に、普通じゃねえか?」


「そんな適当な……」


 アラムはやれやれといった風に腕を組む。


「もっとしっかり確かめてくれよ。ほら、この辺り、うっすらこすったような跡もあるだろ?」


 強い口調で言われ、キャラバはしぶしぶランプを掲げて、壁面をつくづくと眺めた。


「……確かに、何か筋が入ってるようにも見えるな。それで、これがどうした? 誰かが剣の鞘ででもこすっていったんじゃねえのか」


「あのねェ、この傷、私の肩くらいの高さについてるじゃないか。そんなとこに剣を吊るす奴がどこにいる?」


 言い返すアラムを、キャラバは大きな手のひらをかざして遮った。


「ああ、分かった分かった。要するに、何だかは分からねえが、少なくとも何かしらの不確定要素があると予想されるわけだ。だろ?」


「まあ、うん……」


 不承不承に頷くアラムへ、キャラバはお決まりの豪快な笑みを投げた。


「よし。じゃあそれに対して今、俺たちの講じられる対策は何かあるか? 『とにかく気をつけよう』以外で」


「……今のところ、思いつかないね。特には」


 苦虫を噛みつぶしたような顔で、アラムは答えるしかなかった。キャラバの笑みがますます大きくなる。


「じゃ、そういうことで……『とにかく気をつけ』作戦で行くぞ! 俺について来ォい!」


 叫ぶが早いか、大柄な体を翻し、遺跡中に響き渡りそうな足音を立てながらキャラバは駆け出した。肩をすくめ、ユノーが後に続く。


「あんたの負けだよ、アラム。逆らっても無駄だって、その気になったバカにはさ」


 残されたアラムはこめかみに手を当て、眉間にぐっと皺を寄せて目を閉じた。ザインがその肩に優しく手を置く。


「まあ、何とかなりますよ。キャラバさんもあれで経験豊富な冒険者ですから」


「うん、ありがと、ザイン」


 肩に置かれた手に軽く触れ、アラムは歩き出した。走り去ったキャラバを追うために。


「……何が腹立つってあいつの場合、ホントに大抵のことは何とかしちゃうんだよね。それがまたムカつくんだ」

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