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第3話 「医者」はどこだ

 ドアの向こうは待合室を兼ねた玄関広間で、緊急時にはベッドとしても使える簡素な木のソファが並んでいる。

 その一つ、窓から差し込む太陽苔の光が最も暖かく当たる場所に、一人の女性が座っていた。黒髪に銀縁の眼鏡をかけ、年のころは30なかばといったところか。動きやすい平服に紺色のヴェストと地味な格好だが、目を引くのは右腕である。肘あたりまで、黒い革の手袋で覆っている。

 手袋の作りはかなり頑丈で、ストラップと金属のボタンを複数使い肘付近で留められるようになっていた。人差し指の部分には、指輪のような形の金具が銀色に輝いている。


「済んだぜ。行こうや、アラム」


 キャラバは女性に声をかけ……返事がないのに怪訝な顔をし、つかつかと歩み寄った。女性――アラム・ヴィランダンは日差しの中、腕を組んだまま安らかな顔でこっくりこっくりと舟をこいでいた。


「……アァラァーム! 起きろ!」


「……うん? ああ、うん。起きてる。起きているよ。眠ってないから」


 キャラバの大声に、アラムはその場で一度びくりと跳びあがった後、目をぱちくりさせ、何事もなかったかのように答えた。キャラバは低く唸り、肘で軽く相手の頭を小突いた。


「しっかりしてくれよ。話は終わった。例のやつの仕業で間違いなさそうだ。ウデのほどもこの目で見てきたしな……いよいよ、行動に移る時だ」


「『追いはぎ医者』ってやつかい? ここんとこご執心の……ま、私としてはありがたいがね。これで情報集めにあちこち連れ回されずに済むと思えば」


「そうぼやくなって、アラム。多分そいつが、俺たちに必要な最後のピースなんだからな」


 キャラバとアラムは連れ立って表通りに出、通りがかった鳥力車ちょうりきしゃを止めて乗り込んだ。

 鳥力車は大竪穴に特有の乗り物だ。巨大な飛べない鳥・オオツチドリに曳かせた馬車のようなもので、冒険者の街を行き来するにはもっともポピュラーな交通手段となっている。


 御者の鞭のひと振りでオオツチドリは走り出し、冒険者街の景色が軽快に流れだす。第10大隧道の街並みは未だ新しく、その広がり方も控えめだ。人間の住む街は隧道のほんの入り口にとどまり、壺型に広がった残りの空間は全て古代の遺跡となっている。


 第10大隧道は大竪穴全域で見ても珍しい、発見当初から既に「遺跡」となっている大隧道であった。原住民「うちびと」の集落すらない、はるか昔に打ち捨てられた神殿都市の跡地である。

 一つの神を祀った神殿というわけではなく、上下関係・縁戚関係にある神々を複合して祀っている。遺跡は神々の上下関係などによって居住区などと絡み合いながら複雑な重層構造を成しており、未だ内部を踏破したものはいない。冒険者街が発展し、本格的な探索に大手ギルドがしのぎを削る今となっても、神殿の全容は杳として知れなかった。


 せめてかつてのように、冒険者ギルドが統一されて確固たる力を持っていれば、状況は違ったのかもしれないが――そう、そこまで遠くない昔、冒険者ギルドは上位組織『バザール』によって事実上の支配を受けていたのである。大竪穴の空中に伸びた樹木の枝を拠点とする大商業都市『空中市場』、そこで営業する商工業の全ギルドが結集して作りあげられたギルド複合体が『バザール』であった。

 深層の冒険産業によって生み出される富と、外界から流れ込んでくる物資の交差点となる空中市場には、大竪穴全土の経済活動が収束していると言っても過言ではなかった。自然、その活動を統御するバザールの権力も強大なものとなる。かつての大竪穴冒険産業は、バザールの支配のもとで良くも悪くも一本化されていた。


 しかし――数年前の『大乱』以降、情勢は一変した。亜人の反乱により空中市場は占拠され、大竪穴の底へと崩落した(『冷血探偵』参照)。当然市場を拠点としていたバザールの組織も自然崩壊し、後には混乱だけが残された。ひとつであった冒険者ギルドは果てしない派閥抗争を始め、我こそはバザールの衣鉢を継ぐ覇者とばかりに独立を始めた。冒険者ギルド同士が競い合い、群雄割拠する時代になったのである。


 一応、お互いを喰い合うような消耗戦を避けるためと、バザール体制の名残もあり、探索行の申請制度や遺跡の管理に関してはギルド連盟による共同統治がなされていたが、その分ウラでの出し抜き合いや暗闘も日常茶飯事となっている。なべて現在の冒険業界は混乱期にあると言ってよかった。


「で、具体的にはどういう方法で行くのかね、リオ?」


 鳥力車の座席に並んで腰かけ、アラムは肘掛にもたれかかりながら問うた。


「遺跡と言ったって広い。しかも相手は神出鬼没の追いはぎ医者だ。闇雲に探しまわったって見つかるものじゃないと思うがね……」


「おお、それだ」


 キャラバは歯を剥きだして笑みを作った。


「やつの手がけたケースを調べてみて、いくつか興味深い共通点を見つけた。一つは、やつが狙うのは決まって単独か、少人数のパーティで潜ってる冒険者だってことだ」


「うん……分かる気がするね」


 アラムは右手を顎に当て、考える仕草をした。


「追いはぎを働くのに相手が大人数ではやりづらいというのもあるんだろうが……そもそも、大人数のパーティともなれば大抵、治癒魔導士のひとりくらい連れているものだ。医者が必要な状況に陥っていることが、そもそも少ないのだろうな」


「ま、そんなところだろうぜ」


 キャラバは軽く肩をすくめた。


「それから、ここ数日『追いはぎ医者』の被害者を訪ね回って、もう一つ分かったことがある。怪我した時の状況をいろいろと聞いてみたんだが、妙なことに、どいつもこいつも『遺跡の罠にかかった』って奴ばっかりなんだ。魔物にやられたとか、仲間とのもめごとで殺されかけたとか、そういう奴は一人もいねェのよ」


「それは……確かに、妙かもしれないね」


 はっきりとした統計があるわけではないが、深層の遺跡に潜る冒険者の死因で最たるものは同士討ちや食料分配のトラブルといった内的要因であり、魔物がその次、罠のたぐいはさらにその下につける。『追いはぎ医者』が全く無作為に患者を選んでいるのなら、被害者の数もその順番で収束するはずだ。


「俺はその点が、『追いはぎ医者』の獲物探しのタネじゃねえかと思うんだ。どうにかして奴は、遺跡の罠にかかった人間を見つけ出す方法を考え出したんだよ」


「うん……まあ、そうだとしておいてもいいだろう」


 アラムはまだ納得のいかぬ顔で、キャラバを仰ぎ見た。


「しかし、まだ私の質問に答えていないね、リオ。私は具体的な方法を聞いたんだ。『追いはぎ医者』が罠にかかった人間だけを狙うのだとして、どうやってその現場を押さえる?

 我々自身が罠にかかる、なんてのはどうもゾッとしないし、だいいち罠を探すのだって一苦労だぞ。見つからないように作ってあるから「罠」なんだ」


「こういうことには根気ってもんが大事だ。だろう?」


 キャラバは拳で軽くアラムの肩を叩いた。


「作戦は、こうだ。まず遺跡管理局の窓口へ行ってだな、少人数で治癒魔導士も連れてない、いかにも運の悪そうなパーティが冒険に出る予定が無いか探す。めぼしいのがいたらそいつらの後をこっそり尾けていって、罠にかかってくれるのを待つ」


「“トラッシュ・ワゴン”じゃあないかね……」


 アラムは眉をひそめた。

 他の冒険者が通過した直後のルートを辿り、安全に進みながらおこぼれを狙うというやり方を、冒険者は“トラッシュ・ワゴン”と呼んで嫌う。ゴミを乗せた荷車を後ろに引きずって進むようなもの、というわけだ。こういう潜り方は安全でこそあるものの、実入りもそれだけ小さくなるし、何より前を進む方だって気分のいいものではない。表立って禁止されているわけではないが、まともな冒険者ならばみな軽蔑するやり方だ。


 とは言え――リオンナード・キャラバは、あらゆる意味で「まとも」ではない。


「そういうわけだ、遺跡管理局へ寄ってくれ。俺はそこで降りる」


 キャラバは体を伸ばし、御者台に座る鳥力車の運転手に声をかけた。


「お前は帰ってメンバーを集めとけ、アラム。冒険の準備だとか、細かいところはお前に任せる。その間に俺は、管理局で良さそうなパーティを探しとく……面白くなってきたなァ、ええ、おい! 謎と危険が俺たちを待ってる、ってなワケだ! こういう気分は久々だよなァ」


 キャラバは顔じゅう口にして豪快に笑い、アラムの背を平手でばしばしと叩いた。アラムは銀縁眼鏡の下から、冷たい視線をキャラバに投げた。


「……ああ、まったく面白いよ、リオ……あんたと会ってからというもの、まったく毎日が面白おかしくて、こっちはたまったもんじゃない」


「まだまだ、こんなもんは序の口だ。これからだぜ。これから、ほんとうに始まるんだからよ」


 キャラバは情熱にぎらぎらと瞳を輝かせ、笑みを浮かべた。

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