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第16話 ディンゴ・アールメール、語る

 太陽苔の暖かい光が、大きな窓から差し込んでいた。

 瞼を撫でる光に赤毛の青年はわずかに顔をしかめ、次いで目を開いた。清潔なシーツの上に身を起こすと、めまいでも感じたかのように頭をふらつかせ、ベッドの枠に肘をついて体重を預ける。純白の壁紙が光を乱反射して、彼の視界を塞いだ。


 青年はぎゅッと目を細めながら辺りを見回した。白を基調とした、清潔で小さな部屋――どうやら病室らしい。ベッドは彼の寝ている窓際のもの一つだけだ。


「いよォ、お目覚めか」


 太い声が横から飛んできた。大柄な男が一人、椅子の背もたれに両腕と顎を預け、ベッドに向かって笑いかけている。上半身は裸で、固く巻きしめられた包帯が肩口と腹を広く覆っていた。包帯を取り換えたばかりらしい。


 赤毛の青年は細めた目でしばらく相手を睨みつけ、やおらびくりと肩を震わせて身を引いた。相手の顔に見覚えがあったからだ。以前見た時は暗がりの中だったが、その巨大で四角いシルエットとごつい顔立ちは見間違いようがない。遺跡で出会った、炎魔術使いの医者だった。


「ここは……」


 赤毛の青年――『追いはぎ医者』と呼ばれていた男は、ベッドの上で身を起こした。太陽苔を遮りながら頭に手をやり、キズに包帯が巻かれていることに気づく。


「余計なお世話だったかも知れねェがな。あの後、患者と一緒にお前さんも担ぎ上げて遺跡から引き揚げ、この病院に運び込んだってわけだ。知り合いのやってるトコで、ちょいと無理が利くんだ。

 患者なら無事だ、安心しな。一晩じゅう眠ってたんだぜ、お前さん」


 気安げに言う大男――キャラバをよそに、赤毛の青年はベッドの上で身構えつつ、慌てた様子で周囲を見回しはじめた。

 キャラバは呆れたように眉を上げたが、やがて脇の書き物机の上から何かをつかみ取り、ベッドの上へ投げてよこした。


「そらよ。お探しのモンはこいつか?」


 布団の上に転がった「それ」は、異様な金具に飾り立てられた魔導杖――例の「光のメス」だった。青年はエサに飛びつく野犬のような勢いで杖を拾い上げ、その切っ先をキャラバに向けた。が、ひと呼吸置いてその腕をわずかに下げる。キャラバの顔に向けられたその目には、真意を量りかねているような表情が浮かんでいた。

 キャラバは肩をすくめた。


「別に取り上げようってつもりがあったわけじゃなし、持ちたきゃ持ってて構わねえってだけの話さ。俺は気にしねえよ。

 ただなあ……年長者として意見さしてもらうがよ、ヒトと話す時に刃物がないと落ち着かねえってんじゃ、この先苦労するぞ。女を口説く時なんかによ」


 赤毛の青年は杖を握りしめ、少しの間考えているようだったが、やがてベッドの上に杖を投げだして息をついた。


「……やめた。なんかオッサンの相手してると、真面目にピリピリ気ィ張ってんのがバカらしくなってくる」


「おいおい、オッサンってこたァないだろ。ひでえな」


 キャラバは心外そうに眼を見開いたのち、ふと考え込んだ。


「しかし、……そうだな。そういや俺達、まだお互いの名前も知らねえんだった。こいつは失礼したなあ」


 キャラバは椅子の背もたれをきちんと後ろに回し、居ずまいを正した。


「俺はリオンナード・キャラバ。医者をやってる。お前さんは?」


 青年はしばし迷ったのち、横の方を睨みながらぼそりと答えた。


「……ディンゴだ。ディンゴ・アールメール」


「アールメールね……乙な名だな」


 キャラバは腕を組んで半身になり、右肩を椅子の背もたれに預けた。


「言葉にもちょいとばかり外界訛りがあるな。外界仕込みか、その腕は?」


「こっちに言わせりゃ、あんたらの方に『大竪穴訛り』があるんだけどね」


 ディンゴは言い、肩をすくめた。


「まあ、あんたの見立て通りさ。俺は外界育ちだ。大竪穴に降りてきたのは半年ばかり前になるかな」


「おーやおや。そりゃまた、新参者もいいとこじゃねえの。あの患者のふたり――バナーとクラフって名だそうだが、あいつらよりも後輩だぜ、きっと」


「何だよ、うるせェな」


 少々むっとした様子で、ディンゴは言い返す。


「文句あンのかよ? どうでもいいだろうが、俺のことなんか」


「どうでもいい……とは、ちょっと思えねえなあ、俺には。こんな面白そうなこたァねえじゃねえか」


 キャラバは言い、白い歯をこぼして人を食ったような笑みを満面に浮かべた。思わずきッとなって相手の顔を睨んだディンゴに、キャラバはゆっくりと語って聞かせた。


「そう、いきり立つな……面白いってのはちょっと違ったかな。興味深いと言いなおしてもいい。遺跡でも言ったが、俺は『追いはぎ医者』って奴にずっと興味があったんだ。


 お前さんが医者の仕事に誇りとこだわりを持ってることは、遺跡の一件でよく見せてもらったよ。手負い狙いの単なる追いはぎなら、魔物や俺達なんかに関わってないでとっとと逃げてるはずだ。ところがお前さん、ツチザメから患者を守ってメスを振り回してると来た。挙句に、助けに来た俺達にまで噛みついてくる始末よ。とっぽい奴がいるもんだと思ったぜ。


 で、そういう奴が、追いはぎまがいの治療費取り立てをやってまでカネをかき集めてるとなると、そりゃ気になるじゃねえかよ。プライドが高くて生意気で、そのくせちょいとお人好しなガキが、追いはぎ医者なんぞに身をやつしている理由……そいつは何なのか? 追いはぎを働いて奪ったカネで、何が買いたい?


 求めてるものが分かってみりゃ、案外俺達にも支払えるモンかも知れねェ。だからどうだ、話してみる気にならねえか? 試しによ」


 キャラバは言い終えると、話を促すように身を引き、腕を組んで椅子に身を預けた。ディンゴはしばらくためらい、横目で自分の魔導杖を見ていたが、やがておもむろに独り言のような調子で語りだした。


「アカデミーに、行きてえんだよ」


 キャラバが聞く構えを崩さずに黙っていると、ディンゴはぽつりぽつり、考えながらに言葉を継いだ。


「外界の王立アカデミー医学部……大竪穴の人間だって、噂くらいは聞いたことがあるだろう。王国医学界の最高学府だ。俺はそこを出て、免状を取って、正規の医者になりてえんだ」


「なんだ、まるで今の自分がニセモノの医者みてえな言い草だな」


 キャラバが口を挟むと、ディンゴは自嘲するような笑みを浮かべた。


「実際、そうなんだ……俺はちゃんとした教育を受けてメスを振り回してるわけじゃねえ。

 俺はもともと傭兵の子でよ……と言っても、物心ついた時にゃアふた親ともに戦死しちまってて、顔も覚えちゃいないんだがな。それで俺は、傭兵の部隊に連れられて、その隊全員の息子みたいに育てられたんだ。


 その中でも一番こまめに世話を焼いてくれたのが、部隊づきの治癒魔導士のじいさんだった。実戦で怪我人が出ない限り仕事もなくて、ヒマだったんだろうな。それでおれはガキの頃から、その治癒魔導士の助手みてえなことをしてた。


 初めて人の身体を切ったのは、確か9つの時だったと思う。治癒魔導士は本来外科手術はしないんだが、戦場ではそんなことも言ってられねえ。ワケも分からねえうちに、見よう見まねで矢を抜いたりキズを縫い合わせたりって手わざを覚えていったっけ。俺の技術は、おおかたその頃に叩きこまれたもんだ。


 俺を教えてた治癒魔導士のじいさんってのは、名前をディナスって言ったが、どうにも変わり者でね。新しいもの好きで、使えるって噂の魔道具や薬がありゃ、何だって一度は試して見にゃ気が済まなかった。大竪穴から輸入される珍しい植物の煎じ薬だの、古代の魔導手術用具だの」


 ディンゴはそこで言葉を切り、ベッドの上に放り出されていた魔導杖を拾い上げた。一瞬だけキャラバの眼が鋭く光ったが、その体はぴくりとも動かなかった。ディンゴは手にした杖を構えることもなく、ただ懐かしげに弄びながら再び話しはじめる。


「……この『光のメス』も、元はといえばそのディナスじいさんが考え出したもんなんだ。魔術の光を集めて焼き切る武器に使うって発想は、戦場の魔導士の間ではちょっとしたアイデアとして話題になってた。刃こぼれもないし、魔術と違って生きた体に直接ぶつけても効果がデカい。


 結局、使う魔力の割には破壊できる範囲が狭いから、武器としちゃ今一つ使い勝手が良くないってんで諦められたんだがよ。じいさんはどっからかその「光の剣」の試作品を手に入れてきて、ちょいとばかり手を入れて小型にしたんだ」


「なるほどな、見ねえ魔術だとは思ったが、元は外界の武器か。連中は戦争のこととなると夢中だからな。ちょっと目を離すと兵器の研究ばっかりドンドン進んでいきやがる。

 しかしそれを手術用具にしちまうなんざ、なかなか面白えじいさんだな」


 キャラバの何気ない言葉に、和らぎかけていたディンゴの表情がふと曇った。


「……まあ、そのじいさんも、俺が15の時に死んじまったんだけどな。流れ弾に当たって、何を言い残す暇もなく、よ」


 手が強張り、握りしめられた『光のメス』がわずかに揺れる。


「最期にじいさんを看たのは、アカデミー出の医者だった……傭兵団の治癒魔導士兼しろうと外科医って自分の立場に満足してた俺が、アカデミーへ行く気になったのは、それがきっかけだった」


「……そのセンセイに憧れて、なんて感じじゃなさそうだな。その様子だと」


 キャラバがぼそりと言うと、ディンゴは軽く肩をそびやかし、唇を吊り上げた。


「まァな。その逆だよ、むしろ……。

 撃たれた時、ディナスじいさんは本陣で怪我人を看てたんだ。ところが野営に奇襲を受けてよ。ほうほうの体で後退する途中、どっから飛んできたかも分からねえ弾丸に脚をやられてさ。運がなかったんだなァ。

 不幸中の幸いと言うか、傭兵団の仲間がすぐに気づいて担ぎ上げてくれたから、敵兵に踏みつぶされるようなことはなかったんだが、そっからどうしたものかと困り果てちまった。何しろ医者本人が怪我しちまったもんだから、手当の出来る奴がいない。助手の俺はまだガキで、そんな大怪我を処置した経験もなかったし……」


「何だ、今はガキじゃねえみてえな言い方をしやがって」


 ニヤつきながら言うキャラバに、ディンゴは舌打ちしながらきッと目を向けた。


「混ぜっかえすなよ、おっさん。こっちゃあ真面目に話してんだ。

 ……それで仕方なく、周りの連中はじいさんを本陣の救護所に運んでったんだ。傭兵部隊の出てる前線と違って、本陣の救護隊は王国軍付きの医療班だ。医者はみんなアカデミー出で、正規の教育を受けた連中だった。

 だが、それがまずかった」


 ディンゴはここで少しの間口をつぐみ、手元に目線を落とした。引き結ばれた唇は白く色あせ、かすかに震えていた。キャラバはわざと目線をそらし、黙って待った。やがてディンゴは再び口を開いた。

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