第9回 乗り遅れた船
台湾ドラマのようなお約束場面がいっぱいの、プラトニックなラブロマンス。
自分好みのピュアな物語を妄想全開で書いています。
脚本バージョンも作成していつか2時間ドラマに。
ヒロイン・町田杏子(まちだきょうこ26歳)
30日限定の夢の相手は台湾の俳優アージ
舞台は香川県、金曜日更新、全12回
アージは驚いて杏子の後ろ姿をただ見つめていたが、杏子が走り続け、角を曲がって見えなくなる頃に、やっと追いかけ始める。
杏子はちょうどやってきたバスに乗り、アージが追いつく前にバスは発車してしまう。
最後尾の窓からアージを見ていた杏子は、前に向きなおすと両手で両肘を抱える。
(私に残された時間は限られている…夢が叶って嬉しいはずなのに、とっても辛い)
しばらくして、杏子はバスの行先を確かめたが、港とは反対方向に向かっていた。
島の港にフェリーが入ってくる。あたりは暗くなっているが、杏子はアージの姿を目で探す。
(アージは帰ったよね。きっと怒っているはず、もう会えないかも)
そう思いながら、出発ぎりぎりのフェリーに乗ろうとした杏子は、突然、後ろから腕をつかまれて振り返る。
アージが怒った顔で見つめている。
「アージ……」
何も言わず杏子を引っ張っていくアージ。フェリーの乗降口が閉まっていくのに向かって、待ってと言う風に手をのばす杏子。
だがアージがその手を押さえて
「話が先だ」
港のベンチに座ったアージは、黙ったまま前かがみで両手を握り合わせる。
杏子はそんなアージを横目で見る。
「あの、アージ」
「何?」
「ごめんなさい、一人でバスに乗って」
「それはいい」
杏子はまだ何か言おうとするが、アージがそれをさえぎって
「それより、僕の問題が片付いたら、二人で最初から新しく始めないか」
「でも、でも私……」
「嫌?」
「そんなことない、ないに決まってる。でも、でも私……」
「でも、何?」
杏子はそれ以上言えない。
(アージ、私にはもう時間がないのよ)
アージはそんな杏子の様子を見て迷っていると思ったらしく
「返事は今でなくていい」
アージが立ち上がったので杏子も立ち上がり、二人でフェリー乗り場に向かう。
アージは切符を買おうとするが切符売り場の窓口が閉まっている。
待合所の掃除をしていたおじさんが、
「今日のフェリーはもうないよ」
アージが杏子を振り返り、杏子は困った顔になる。
港近くのホテルのフロントで空室がないか聞く杏子。
アージは離れたソファに座っている。
フロントマンが
「すみません。土曜日なので混んでいて、準備できるお部屋が一つしかないんです」
杏子が聞く
「一つだけ……。ツインですか、その部屋?」
「それが……ダブルの部屋なんですが、よろしいでしょうか?」
「小さくていいので、もう一つベッドを入れていただけませんか?」
「いえ、お客様。申し訳ありませんが、狭いお部屋ですので、それは致しかねます」
杏子は少し考えて
「わかりました。ちょっと相談します」
「もし他のお客様が見えたら、お返事しなくてはいけませんので、早めにお決め頂くとありがたいのですが……」
「わかりました」
杏子はソファまで歩き、アージに事情を説明する。
アージは少し考えていたが、OKというようにうなずく。
杏子はフロントに戻り
「では、その部屋でお願いします」
「かしこまりました」
ホテルの部屋で杏子はソファに、アージはベッドに腰かけている。
気まずい空気を感じた杏子は
「外へ食事に行かない?」
アージがうなずく。
食事が終わりホテルへ帰る道で杏子がアージに聞く。
「おなかがいっぱいになったら、いろんなことがうまくいくような気持ちになる。そんなことってない?」
アージは唇の端でフッと笑って
「それは、君だけ」
「そうかなぁ……あっ、アージ、見て見て、すごい星!」
満天の星空を見上げる二人。
深夜の部屋で、杏子はベッド、アージはソファで、それぞれ横になっているが二人とも眠れない。
杏子は思う。
(あと10日でアージの記憶から私はいなくなる…どうしたらいいの?)
そして、突然起き上がり、
「いや!そんなの」
その声でアージも起き上がる。
「何がいやなの」
「ごめん、起こしちゃったね」
「いやなことって?」
「……もし、もしもよ。あなたと私の、どちらかが事故にあって記憶がなくなるとする」
アージが首をかしげる。
杏子がいそいで手を振って
「いえいえ、そんな夢をみただけなの」
アージは杏子をしばらく見ていたが、ソファから立ち上がってベッドまで行き、杏子の横に腰掛けて
「もしそんな事があっても、僕はきっと、きっと君を思い出す」
アージが杏子の肩を抱き、杏子はゆっくりアージにもたれかかる。
(そうね…アージの記憶は消えても、生きてさえいれば、また会うことはできる。それがスターとファンとの立場に変わっていたとしても)
「少し眠ったほうがいい」
と、アージは杏子をベッドに横にさせ、杏子の手を握る。
島から帰りの船内で、向かいあって座る二人。
アージのスマホがふるえ、メールを読んで眉をひそめたアージだが、何かを決断したように返信し始める。
気になる様子でそれを見る杏子。
婚約者からのメールは
(いったいどこにいるの?いつ帰るの?)
アージの返信は
(どこでもいいだろ、近いうちに帰る)
事務所の社長からもメールが入る。
(アージ、悪いが仕事が早まった。二週間後までに帰国してほしい)
アージは難しそうな顔でしばらく考えた後、返信する。
(わかりました。なるべく早く帰ります)
アージは心配そうな杏子を見て
「気になる?」
杏子が首をたてにふる。
アージは微笑んで
「これからすべて片づけるから、心配しないで」
杏子への愛情を確信したアージ。
自分の状況を整理するために一度、台湾に戻ることにする。
だが、夢の時間がもう残り少ないと知る杏子は不安な気持ちが大きくなっていく。
夢時間が終わった後の二人はいったいどうなるのか?
第10回「夢時間のリミット」は10月6日(金)夜掲載。