第8回 島への船旅
台湾ドラマのようなお約束場面がいっぱいの、プラトニックなラブロマンス。
自分好みのピュアな物語を妄想全開で書いています。
脚本バージョンも作成していつか2時間ドラマに。
ヒロイン・町田杏子(まちだきょうこ26歳)
30日限定の夢の相手は台湾の俳優アージ
舞台は香川県、金曜日更新、全12回
風呂上がりの杏子がパジャマ姿でアイスコーヒーを飲んでいる。今日の帰り道、アージに送ってもらったことを思い出す杏子。
微笑むアージ…そんなアージから目が離せなくなり、ドキドキした自分……。
(ドキドキするのは当たり前。だってファン なんだもん。でも、ただのファンだった時と全然違うのはなぜ?うれしいはずなのにつらい、なんだかとてもつらい…)
杏子の頬を涙がひとすじ伝う。
窓から見える夜空。
同じ時間、ホテルの部屋ではアージがソファに座り、同じように帰り道のことを思い出している。
杏子が道を間違えて両手で顔をおおい、本当の道を指しながら謝る。アージは嫌そうな顔で杏子をじっと見た後、杏子の額をひとさし指でつつく。
(杏子さん……おもしろい?可愛い?いや、それとも……)
同じ時間に、片方では泣いている杏子、そしてもう一方では考えこんでいるアージ。
次の日、帰宅してすぐに杏子のスマホが鳴り、杏子はうれしそうに電話に出る。
「アージ、いえ、アージさん、こんばんは。いくらファンでも、私だけ呼び捨てにするのはよくないよね」
「問題ありません。気になるなら僕も呼び捨てに」
「えっ!え~と、え~と、それはきょうこって呼ぶってこと?」
アージは大きな声で
「きょうこ~」
杏子はあわてて
「だめ!ぜったいだめ!」
「失礼……ですか」
「そうじゃない、そうじゃないの。すごくドキドキするからダメなの」
アージは笑いながら
「きょうこ、きょうこ」
「それならもう会わない!」
「わかりました。でも僕のことは今まで通り、アージで」
「うん……」
「そうだ、用事があってかけました。明日、案内してほしいところがあって」
「どこ?」
「どこかの島にある道」
「道?」
杏子は首をかしげる。
「潮がひく、あらわれる、道」
「あ~、行ったことあるわ。エンジェルロードね」
「エンジェルロード?」
「二人で手をつないで、その道を渡ると幸せになる」
「そう、そこ!きょうこは幸せになった?」
「手をつないで渡ったことないもん。あっ、アージ、きょうこって呼んじゃだめ」
「ふふ、わかりましたか」
杏子はしみじみと思う。
(いつか本当の恋人になって、杏子って呼んでもらいたかったなぁ)
「杏子さん、聞いてる?」
「あっ、はい、聞こえてます」
「明日、そこへ行ける?」
「もちろん行けます。潮がひく時間を調べて連絡しますね」
「OK」
早朝の港、杏子が待合室の入り口で待っている。
アージは帽子をかぶり、サングラスをかけてやってくると、杏子に向かって手をあげる。
杏子は
「アー…」
と、アージを呼びそうになり、急いで周りを気にすると
「あっちゃん、こっちこっち」
アージはふきだして
「きょうちゃん、おはよう。これからきょうちゃんと呼ぼう」
杏子は、はにかみながら
「おはよう。船の切符は買ってあるから。あの船がそうよ」
アージは自動販売機でお茶を買おうとする。
杏子がアージに
「あっちゃん、お茶なら、持ってきたよ」
と、得意げにカバンの中を見せる。
アージはカバンの中をじっと見て
「そ、それは…?」
杏子はカバンをのぞきこむと
「あ~!]
二人は顔を見合わせて、同時に笑い出す。
カバンの中に台所洗剤が二本入っている。
杏子はしきりに首をかしげて、何度もカバンの中をのぞいている。
アージは改めて自販機でお茶を買いながら、横目で杏子の様子を見て笑う。
二人は島に着き、港からバスに乗る。
エンジェルロードのバス停に着いたのは、潮が引き、道が現れ始めている頃だった。
「ほら~、見て見て、アージじゃなかった、あっちゃん。少しだけ道が見えてる」
「ほんとだ、もう歩ける?」
「まだちょっと無理かも。その前に展望台に上がってみよう」
アージは首をかしげる。
「丘の上に展望台と鐘があるの。プロポーズの場所よ」
杏子はプロポーズのジェスチャーをすると歩き始め、アージが待ってというように追いかける。
杏子に続いて、展望台に上がったアージは大きな声で
「わ~!」
「この景色、きれいでしょう」
「あれがエンジェルロード?」
「そう、さっきよりもっと道が現れてるから、もう少しで歩けるかも」
二人は一緒に幸せの鐘を鳴らす。
アージはまわりにつるしてあるたくさんの絵馬を不思議そうに見る。
「これは何?」
「絵馬、え・ま。願い事を書いてつるしておくの」
「きっと叶う?」
「信じてればきっと。アージも書きたい?」
「うん」
「だと思って、さっきの売店で買っておいた」
杏子が得意げに、貝殻の形の絵馬を二つバッグから取り出すと、アージは手をたたく。
アージが書き始めると杏子が覗き込む。
アージ、絵馬を手でおおって隠す。
「アージ、見せてよ」
「だめ、内緒」
エンジェルロードに降りてきた二人。
アージは杏子を振り返り
「もう、歩けるよね」
杏子がうなずき、二人はエンジェルロードを歩きだすが、杏子はアージのずっと後ろを歩く。
アージが振り向き、手招きする。
「早く、ここまで」
杏子はかぶりをふると立ち止まる。
アージが杏子のところまで戻って、杏子の手を取ろうとするが、杏子はそれを振り払う。
アージが聞く。
「なぜ?」
杏子は目に涙をためてアージを見ると、その場にしゃがむ。
「僕じゃダメ?」
「だって、だって、あなたには……」
アージは無言で杏子を立たせると、杏子の目を見つめ、杏子の手を握る。
杏子は手をはなそうとするが、アージはしっかり握って離さず、そのまま歩きはじめる
「……アージ」
杏子は引っぱられるように歩き、アージはまっすぐ前をむいたまま何も言わない。
(アージ、どうして?婚約者がいるでしょ?それに、あなたは知らないけど、この記憶はあなたには残らないのよ)
アージは唇をぎゅっと結んで歩くと、道の最後で杏子の方を向き
「さぁ、これでいい」
杏子はアージを見つめると、泣きだす。
アージは思わず杏子を抱きしめる。
(ここからやりなおしたい)
杏子は突然アージの腕を引き離すと走り出す。
島への旅でさらに心が近づいた杏子とアージ。
でも、別れが近づいていることを知る杏子は、伝説の道でアージの手を振り切って走り出した……。
第9回「乗り遅れた船」は9月29日(金)夜掲載。