第10回 夢時間のリミット
台湾ドラマのようなお約束場面がいっぱいの、プラトニックなラブロマンス。
自分好みのピュアな物語を妄想全開で書いています。
脚本バージョンも作成していつか2時間ドラマに。
ヒロイン・町田杏子(まちだきょうこ26歳)
30日限定の夢の相手は台湾の俳優アージ
舞台は香川県、金曜日更新、全12回
夜、杏子は部屋で何度もメールを確かめている。
机の上に置かれたカレンダーには、6日後に星のしるしと夜7時と書いてある。
杏子は思い出す。
「もし、もしそんな事があっても、僕はきっと君を思い出す」
そう言って、杏子の肩を抱いたアージ。
「すべて片づけるから、心配しないで」
と言ったアージ。
でも、そんな出来事も一週間も経てば、アージにとっては何もなかったことになる……。
(船の中で見ていたメールは何だったんだろう?あれから、アージからはなんの連絡もない。台湾でなにかあったのかしら)
その頃、ホテルの部屋ではアージと社長が電話をしている。
アージは
「来週、水曜夜の便に乗って帰ります」
「悪いな、せっかくの休暇に」
「いえ、今まで僕のわがままでいろいろとご迷惑をおかけしました」
「アージ、おまえからそんな言葉を聞くとは思わなかったよ。旅もしてみるものだな」
アージは、うつむいて苦笑いする。
「じゃぁ、待ってるよ」
そういって社長の電話は切れた。
アージは窓から空を見上げながら
(逃げちゃいけない。すべては自分の責任なんだから)
会社近くのバス停に、杏子がとぼとぼと通りかかる。
アージが木にもたれて立っているのにも、気づかずに通りすぎる。
アージは後ろからゆっくりとついていき、人通りが絶えた場所で
「きょうこ小姐、大事な人を忘れてますよ」
杏子、驚いて振り返る。
「アージ……いつから」
「バス停で見つけてもらえなかった」
杏子はアージに近づくと、じっと顔を見る。
「台湾に帰ったかと思った」
「ごめん」
杏子はアージの胸を両手でたたき、アージは片手で杏子のあごを持ち、顔を上げさせる。
「あさっての便で帰る」
杏子、ハッとする。
「あさってのいつ?」
「夜の7時」
杏子、目を見開いて後ずさる。
アージは一歩前に出ると
「でも、また帰ってくる、必ず。その時には君とあたらしくやり直せる」
杏子は言葉が出ない。
(その時には、もう、あなたは私を忘れているのよ。あぁ、叶え人が確認に来た時、取り消してもらえばよかった。あの時なら忘れられたのに)
アージは心配そうにもう一歩前に出ると
「待っててくれるね」
杏子もアージの方へ一歩踏み出す。
「待ってる。ずっとずっと待ってる。あなたが私を忘れても、それでもずっと永遠に待ってるから」
アージは笑う。
「オーバーだなぁ、長くても一か月くらいだよ」
杏子、涙ぐんでアージを見つめる。
アージはそんな杏子の手を引っ張ると、強く抱きしめる。
空港でアージが杏子を探しているが、空港スタッフに促され、何度も振り返りながら搭乗ゲートをくぐる。
杏子は柱の陰でアージを見ている。
(………あなたに会えば、きっと泣き叫んでしまうから、アージ、ここで見送るね。でも、さよならは言わない。あと30分で夢叶い時間が終わって、あなたが私達の思い出をすっかり忘れてしまっても、あなたが健康で、笑顔でいてくれさえすればそれでいい。思い出をありがとう、アージ。どうか、どうかずっと幸せに………)
杏子は柱の陰でくずおれて、号泣する。
胸元で星のペンダントが揺れる。
アージの乗った飛行機が飛び立ち、ちょうどその時間に、杏子の夢叶い時間が終わる。
飛行機の中ではアージが目を閉じている。
夢時間が終わって1か月が過ぎ、杏子とゆき恵はカフェのテーブル席に座っている。
コーヒーが運ばれてくる。
杏子は砂糖を入れながら
「ゆき恵、先輩とはうまくいってる?」
「うん。……そんなことより、杏子、何かあったんじゃないの?元気ないよね」
「……うん。きのう、久しぶりにテレビをつけたら、ある人を見て……ゆき恵とすごく話したくなって……」
杏子は涙があふれて止まらなくなる。
ゆき恵があわてて、テーブルの上の杏子の手を握る。
「どうしたの、いったい」
杏子、しゃくりあげる。
「ゆき恵はきっと信じないと思う。でも、でも、どうしても話を聞いてもらいたいの」
「みずくさいじゃないの、杏子。聞くに決まってるじゃない。なんでも話してよ」
杏子はハンカチで涙をぬぐいながら
「実は、前に話した叶え人の話なの」
ゆき恵、少し身を乗り出すが
「えっ、何の話?」
「あぁ、そうか。ゆき恵の記憶には残ってないんだった」
「どういうこと?」
杏子は夢時間の間の出来事をゆき恵に話す。
「それで、その叶え人に会った次の日に、帰り道でアージに会ったの」
「えっ、アージって、台湾の俳優の、あのアージ?」
「そう」
ゆき恵は目を見張る。
話を続ける杏子
「その時は、ただ落とした雑誌を拾ってくれただけだったんだけど、お祭りの日にゆき恵とはぐれたあとでまた会って……」
「ひぇっ!それで、それで」
「その日、ラーメン屋さんでご飯を食べて、灯台まで歩いて、このネックレスを買ってもらって、携帯の番号も交換した」
「すごい展開!ドラマみたい!」
「ねぇ、ゆき恵、私の言う事、信じる?」
「夢みたいな出来事だけど、杏子の涙を見たら信じるしかないよね」
「ありがとう」
そう言って、杏子は少し微笑み
「そのあと、電話があって、二回デートした」
ゆき恵は夢見る目つきになり
「どこで」
「最初は、純愛の聖地って呼ばれてる映画のロケ地」
「ひゅ~、そこ知ってる!」
「ゆき恵、これから辛い話をしようとしているのに、そんなに楽しそうに聞かれても……」
「ごめん、ごめん。でも、つらい結果になるかどうかは、このゆき恵様が相談に乗ってからでも遅くないんじゃない?」
「そうね、全部話すわ」
杏子はこれまでの残りの出来事を全部話す。
「すごい1か月だったんだ」
「……うん」
「そのあと、杏子の元気がなかったのはそのせいなんだね」
杏子、うなずく。
「昨日、久しぶりにテレビを見たら、台湾のニュースをやってて、それにアージが映ってて」
杏子、また涙ぐむ。
ゆき恵がテーブルをドンとたたいて
「よし、会いに行こう!」
「誰に」
「何言ってんの?アージに決まってるじゃん」
「だめよ。だって、アージは私のことなんか覚えてないんだよ」
「それが何?夢時間だろうが何だろうが、二人の思い出は本当にあったんだから」
杏子はうつむく
「……」
「そうでしょ?アージは覚えていなくたって、心の奥の、そのまた奥の方には二人の思い出が残ってるよ、きっと。初めからやりなおすつもりで会いに行きなさいよ」
ゆき恵、さらにたたみかけるように
「アージにも電話番号は残っているはず。ほら、善は急げよ。すぐ連絡して」
「でも、あの後、アージからは一度も連絡がないのに、私からかけるなんて」
そう言いながらもスマホを出した杏子。
「杏子ができないなら、私が電話してあげる。ほら貸して」
ゆき恵がスマホを取りあげようとする。
「やめて、ゆき恵!」
その時、メールが入る。アージの曲。
杏子はあわててメールを見る。
画面は「高松空港に来て」
杏子とゆき恵は顔を見合わせる。
台湾へ帰るアージの飛行機が飛び立ったその時、杏子の夢時間が終わりを告げた。
それから一か月が過ぎ、思いが募った杏子は、ゆき恵にこれまでのことを打ち明ける。
その時メールが…。
第11回「残された希望」は10月13日(金)夜掲載。