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【3】











 クラウスヴェイク公国公都ニーメイエルに入る少し前、ヴィルヘルムスはエルシェに呼ばれて同じ馬車に乗っていた。一応、護衛である彼が護衛対象と馬車に乗っていると言う少々妙な状況ではあるが、エルシェたっての希望である。


「いま、宮殿にいると言う三人の話を聞かせてほしいのよ」


 ということであった。先入観は持たないようにしたいので、最低限の情報だけ、とのことだった。それもまた難しい話であるが、エルシェが聞きたいことをヴィルヘルムスに問う、という形をとることで解決した。

「じゃあ、城に上がってきた順で行こうかな。一人目は? どういう経緯で宮殿に上がったかも教えてね」

「最初に見つかったのは、エフェリーンという少女です。貴族の屋敷で奉公をしていたらしいですが、アンドリース大公が亡くなられたあと、ドリューネン侯爵が引き取っていたらしいですね」

 貴族が関わっていたので、エフェリーンと言う少女がやってくるのは早かった。本当に初期にやってきたのだ。謁見の相手によっては、そのまま彼女がアンドリース大公の娘として認められたかもしれない。しかし、相手は腹黒かつ慎重なシルフィアだった。もう少し様子を見ようと言うことで、彼女はそこから宮殿に留め置かれることになった。

「なるほど。二人目は?」

「ミナ、という少女です。彼女は教会の孤児院で暮らしていまして、公都の菓子屋で働いているところを、私の部下が連れてきました」

「あー、無理やり連れてきたんでしょ。あとで叱っておくのよ」

 だから、何故今の言葉だけでそう察することができるのか不明であるが、ヴィルヘルムスの部下がミナをほとんど無理やり連れてきたのは事実である。

「すでに一発殴ってあるので、ご心配なく」

「あら、そうなのね」

 とエルシェはころころと笑う。基本的に温厚な彼女であるが、戦いの指揮を執ったことからもわかるように、結構な武闘派でもある。そのため、必要な体罰に顔をしかめるような女性でもなかった。なんと言うか、理解があるのである。

「で、最後の一人は?」

「アニカという少女です。公都の雑貨屋の前に捨てられていたらしく、以降、その雑貨屋で育てられたらしいです。雑貨屋の客が、アニカが条件にあてはまると気付いて騎士団に知らせてきました」

「それで、また無理やり連れてきたのね? まったく。お兄様の子供さがしより前に、軍の綱紀粛正を行おうかしら」

 などとシャレにならないことを言い出すエルシェである。彼女がやると言ったら、徹底的にやるだろう。なんと言っても、彼女はシルフィアの教育を受けた人間である。


 さて。公都ニーメイエルは城塞都市である。なだらかな山に城があり、そこから段になって街が形成されている。公都と外側を分ける場所には巨大な堀と城壁があり、侵入者を防いでいる。公都は大きな城塞であった。

「久しぶりだわ……四年ぶり?」

「ええ、まあ……そうですね」

 馬車を降りて城壁を見上げるエルシェに、ヴィルヘルムスは過ぎ去った時の長さを再度思い知った。

 別れた時十六歳だった少女は、もう二十歳の女性になって、今、再び彼の隣にいる。

「よし。行きましょうか」

 あれだけ公都に行かない、と言っていたのに、覚悟を決めた彼女の行動は早い。再度馬車に乗りこむと、そのまま城門を抜けた。


「ハーレン将軍、お帰りなさいませ!」


 城門を任されている兵士があいさつした。ヴィルヘルムスは通行証を見せながら「ああ。戻った」とあいさつする。馬車窓から顔を出したエルシェがおっとりと微笑んだ。

「人気ものね、ハーレン将軍」

「……からかわないでください」

 ヴィルヘルムスが恥ずかしいやらなんやらで顔をしかめつつ書類にサインしていると、「姫様!?」と誰かが叫んだ。エルシェが「おっと」と顔をひっこめる。だが、兵士の声は確かに周囲に伝播していった。

「姫様?」

「姫様だって?」

「姫様って、エルシェ様?」

「エルシェ様のお戻りだ!」

 そんな伝言ゲーム的なノリで城門に人が集まってくる。公都の民衆たちはみんな歓声を上げ、馬車を取り囲んだ。伝言ゲーム的なのに、内容が当たっているから何とも言えない。おそらく、エルシェに戻ってきてほしい、というのは、公都の人間すべての思いだったのだろう。四年前の公都奪還戦を経験した者なら、誰でもそう思うだろう。

「エルシェ様、よくお戻りに!」

「姫様、ずっといてくださいますよね!?」

「ああ、姫様が大公となられるのですね。よかった!」

 どうでもよいが、前に進めない。ヴィルヘルムスが援けを求めて馬車の扉をたたくと、仕方なさ気にエルシェが出てきた。歓声があがる。

「姫様!」

「ああ、お帰りなさいませ!」

「なんと、お美しい……!」

 何故か関係のないセリフまで飛んでいた気がしたが、エルシェは気にせず微笑んだ。


「ごめんなさぁい! 城に行きたいの。通してもらえる?」

「おーい! 姫様が通られるぞ、道を空けろ!」

「やだ、もう姫様じゃないわよ。大公様よ」


 なんだか先走っている言葉も聞こえるが、エルシェが苦笑を浮かべてヴィルヘルムスの馬に上がってきた。あわてて腕をつかむ。

「馬車に乗ってなくていいんですか」

「ここまで来たら同じよ。この騒ぎで、シルフィアもわたくしが来たことに気付くでしょ」

「……ときどき、私はあなたが恐ろしく感じます」

 ヴィルヘルムスが正直に言うと、エルシェは「そうね」と微笑んだ。彼女はヴィルヘルムスの前に横向きに腰かけていた。馬車はそのままついてくる。エルシェの荷物が積んであるのだ。

 公都の人間が集まってきてなかなか進めなかったのだが、エルシェのもくろみ通り、城にいるシルフィアが騒ぎに気が付いたのだろう。公国の正規軍が迎えに現れた。

「姫様。よくお戻りに」

「ファビアン!」

 エルシェが嬉しそうな声をあげた。


 ファビアン・ファン・レイヴェン。旧姓はフィッセルである。元は男爵家の出だが、現在は女伯爵の夫である。そして、ヴィルヘルムスと同じく公国軍の将軍であった。

「大きく成られましたね、姫様。お迎えに上がりました」

 馬に乗ったまま、ファビアンが一礼した。優男的な雰囲気があるファビアンは優雅だ。アッシュブロンドに琥珀色の瞳をしていて、美男子である、と思う。これで剣豪なのだから、世の中いろいろ間違っていると思うヴィルヘルムスだった。

「あなたは変わらないわね、ファビアン。遅くなったけど、結婚おめでとう」

「ありがとうございます」

 ファビアンはエルシェが兵を起こした時に呼応した一人であるが、当時は独身だった。公都奪還後、エルシェがファルケンフットに送られたあとに結婚したのだ。同じく、エルシェの挙兵に参加した女性、シルフィア・ファン・レイヴェンが妻である。ファビアンの妻は、エルシェを公都に連れてくるように、とヴィルヘルムスを送り出した張本人だった。


 ヴィルヘルムスはエルシェを乗せたまま、ファビアンと馬を並べる。エルシェは久々に会ったかつての仲間にいろいろと問いかけている。

「結婚してから三年くらい経つわね。知らせを受け取った時はびっくりしたわ。式には行けなくてごめんなさい」

「いえ。姫様からは祝いの言葉と贈り物をいただきました。それで十分です」

 やはり、一番の話題はこれだ。シルフィアとファビアンが結婚したこと。クラウスヴェイクのごたごたが片付いた一年後くらいに、二人は結婚している。ちなみに、ヴィルヘルムスは式にも参加していた。

「まあ、わたくしを連れて来いって言ったのはシルフィアらしいし、答えはわかっている気がするけど、シルフィアは元気?」

「副宰相として容赦なく指示を飛ばしていますよ」

 ファビアンの言葉にヴィルヘルムスもうんうんうなずく。特に、今回の指示は結構厳しかった。エルシェが思ったより素直に応じてくれたからよかったが、実は、ヴィルヘルムスはシルフィアに『気絶させてでも連れてこい』と言われていたのである。


 ファビアンが迎えに出てきたことからもわかるように、すでにエルシェの帰参は城中に知れ渡っており、集めたわけでもないので、内城門には兵士が整列していた。壮観であるが、エルシェは少々引き気味である。

「お帰りなさいませ、姫様!」

「え、ええ」

 お帰りなさいませ、の大合唱にエルシェは引いたままうなずいた。とりあえず、城の中に入ってしまえば、あとはシルフィアがどうにかしてくれる。ヴィルヘルムスは先に馬から降り、エルシェに向かって手を差し出した。

「どうぞ」

「ありがとう」

 エルシェはヴィルヘルムスの手を取り、するりと馬から降りた。軽く腰を支えるが、おそらく、ヴィルヘルムスの補助などなくても彼女は華麗に馬から降りたことだろう。

「では姫様。副宰相がお待ちです」

「そうね。会わないとねぇ」

 エルシェがため息をついて言った。シルフィアに会ってしまえば、もう逃げられないとわかっているのだろう。狙った獲物を逃さない。シルフィアはクラウスヴェイク奪還の際の縁の下の力持ち的な存在でもあった。

「とりあえず、着替えてくるわ。わたくしの部屋は以前と同じ?」

「ええ」

 ファビアンがうなずくのでエルシェは「そう」と返して勝手知ったる城内を歩き出す。やや行ったところで振り返った。


「ヴィル、何してるの? 行くわよ」


 思わずファビアンを見ると、行って来いとばかりに背中を押されたのでヴィルヘルムスは小走りにエルシェを追いかけた。

 エルシェの部屋は定期的に掃除を入れられていたが、ほぼそのままだ。とはいえ、衣服はさすがに持ってきたらしい。背丈はさほど変わっていない気がするが、さすがに四年前のものを着るのは難しいだろう。

 菫色のドレスに着替えてきたエルシェはすっと手を差し出した。さすがに察してヴィルヘルムスはその手を取る。

「ではまいりましょう」

 ヴィルヘルムスはエルシェをエスコートして歩き出す。エルシェが歩いているだけで、通りかかる使用人たちが礼をとる。彼女には王者の風格があるのだろうな、と思った。


「シルフィア。失礼するわね」


 副宰相の執務室をノックしたエルシェは、返事を待たずに扉を開けた。中ではシルフィアが両腕を広げて待ち構えていた。


「お久しぶりね、エルシェ! よく来てくれたわ」


 満面の笑みを浮かべてクラウスヴェイクの副宰相、シルフィア・ファン・レイヴェンはエルシェを歓迎した。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


みなさんクリスマスはどうお過ごしでしたか?

世間はすっかり正月モードですね……。


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