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【2】

本日最後の投稿です。










 エルシェが公都に行くと決めた後、彼女は館を歩き回って自分がいない間の手配をした。さすがにシルフィアが呼び寄せるだけあり、彼女の仕事の配分も速い。おそらく、彼女は事前に自分がいなくなった時の体制を用意していたのだろう。

 実にエルシェらしい。あらかじめさまざまな状況を想定し、その対応策を用意しておく……シルフィアと同じ考え方だ。当然だろう。エルシェはシルフィアの教育を受けているのだから。

 少しその体制を見せてもらったところ、権力が一本化されていなかった。現在はエルシェが最終決定を下せるが、いなくなると五人の合議制となり。その五人にそれぞれ権力が分担されている形だった。お家騒動にならないのだろうかと思わなくもないが、わざわざエルシェを押しのけて領主となっても、民衆の反感を買うだけだろうなぁとヴィルヘルムスは思った。


 ファルケンフットは国境だ。おそらく、エルシェが戻らないようなことがあれば、代官が派遣されることになるだろう。

 まあ、そこを心配するのはヴィルヘルムスの仕事ではない。彼の仕事は、無事にエルシェを公都まで連れて行くこと。できれば、彼女の気が変わらないうちにさっさと出発したかった。

 さすがにエルシェは決断してからの行動が早く、さらに翌日、つまり、ヴィルヘルムスが到着してから三日目にはファルケンフットを発つ準備ができた。

「さて。それでは行きましょうか」

 そう言ってエルシェが差し出した手を、ヴィルヘルムスはとった。細い手を取り、馬車にいざなう。

「お館様。無事に帰ってきてくださいね!」

「はーい。大丈夫よ。戦争に行くわけじゃないし」

 と、エルシェは気楽に言った。彼女も、一度公都に行けばシルフィアがそう簡単に話してくれるわけがない、とわかっているだろうが、それでも彼女と全面戦争をする気だろうか。それは恐ろしい。

 エルシェが馬車に乗り込むと、ヴィルヘルムスは合図をだし、一行を出発させた。エルシェは馬で駆けることを望んだが、さすがにそれは却下した。

「領主様!」

「領主さまぁ! お気をつけてぇ!」

 街道の脇に、領民たちが集まり馬車窓から外をのぞくエルシェに向かって声をあげている。彼女は領民たちにも慕われる領主だったようだ。

 エルシェもひらひらと笑顔で手を振っている。彼女は本気で戻ってくるつもりなのだろう。シルフィアの思惑を知っているヴィルヘルムスとしては、かなり心苦しい。エルシェをだますだけでも結構な重労働であったが。


 ファルケンフットを出ると、そこは木々に囲まれた森の街道だ。クラウスヴェイクの公都は山になっているので、ここから徐々に上り坂になる。公国であるクラウスヴェイクの国土はさほど広くないのだ。

「ねえ、ヴィル」

「なんですか」

 馬車窓からひょいひょいと手招くエルシェに、ヴィルヘルムスは笑みを浮かべて馬を寄せた。彼女はにっこり笑って言った。

「ねえ。馬に乗りたいんだけど」

「ダメです」

 シルフィアに、馬に乗せると逃亡する可能性があるから、と言われているのだ。エルシェは乗馬の名手である。クラウスヴェイクの民は、騎馬民族であるが、その中でもエルシェは群を抜いている。ヴィルヘルムスは自分も優れた機種であると思っているが、本気で駆けたエルシェに追いつけるとは思えない。乗馬時技術が同じくらいであれば、体重の軽いエルシェの馬の方が速く走れるに決まっている。

「シルフィアの命令ね? わたくしだって、ここまで来て逃げたりしないわよまったくもう。ならいいわ。ヴィルの馬に乗せてよ。次の街まででいいからさ」

「……」

 どうしようか、とヴィルヘルムスは思った。シルフィアにエルシェを馬に乗せるな、と言われているが、それは彼女が逃げる可能性を考慮してのことだ。ヴィルヘルムスが一緒に乗ったとしたら、彼女が彼を蹴落として馬で逃走……しないだろう。エルシェは。むしろそれはシルフィアがやりそうなことだ。

「わかりました」

 ヴィルヘルムスは了承し、一度馬車をとめた。ヴィルヘルムスも一度下馬し、馬車の扉を開いてエルシェに手を差し出す。


「ありがとう」


 ふわりと微笑むエルシェに、一瞬見とれた。


 彼女を馬上にあげると、彼女は横向きに馬に乗った。いわゆる淑女乗りだ。旅装とはいえドレス姿なので当然なのだが、この体勢から馬にまたがり直すのは危険なのでおそらく、エルシェは馬を奪って逃走、などと考えていないだろう。たぶん、彼女ならやればできると思うけど。

 ヴィルヘルムスはエルシェの後ろにまたがり直し、馬車を進めさせた。それに合わせてヴィルヘルムスも馬を進める。

「うーん、やっぱり馬上は気持ちがいいわ」

 特に今日は天気もいいのでそう感じるのだろう。嬉しそうに目を細めたエルシェは、少しヴィルヘルムスを振り返り尋ねた。

「大丈夫? 前、見にくくない?」

「大丈夫です。いざという時には、エルシェ様が手綱を取ってくださるでしょう?」

「それもそうね」

 鹿爪らしくうなずいたエルシェ。二人同時に噴出して笑い声をあげた。


 こうしていると思いだす。四年前、ともにいた時のことを。


 ユドークス大公の死後、クラウスヴェイクは混乱した。選帝侯、という特殊な役目を持つ大公だ。重要な立場である。エルシェの父でもあるユドークス大公の死後、その弟がクラウスヴェイク大公位を簒奪した。

 この時、ユドークス大公の三人の子供たちは公都の城にいた。ヴィルヘルムスも一緒にいた。

 ユドークス大公の弟ヘンドリックは兄の子供たちを全員始末しようとした。結局それはうまく行かず、エルシェと長兄アンドリースは城を脱し、落ち延びた。ただ一人、次兄ウィレムが城に残り、兄と妹の逃亡を助けて死亡した。

 これが今から六年前、エルシェが十四歳の時の話である。

 兄を殺されたエルシェであるが、国を乗っ取られてから一年の間は彼女も静観していた。しかし、その間に力をつけていた。

 だが、彼女曰く、ヘンドリックがまともな政治を行っていたら、決起することはなかったのだそうだ。だが、彼女の意に反して彼女の叔父は国を荒れさせた。国が傾く前に、とエルシェは反乱を企てた。


 この時、アンドリースは挙兵に参加しなかった。エルシェが待つように言ったのもあるが、単にアンドリースは戦いが怖かったのだろう。なので、実際に国を取り戻したのはエルシェだ。そのため、ヘンドリックが討たれたあと、大公になるのは彼女だと、誰もが思った。


 しかし、実際に大公となったのはアンドリースであった。民衆は少なからず落胆した。


 事実、統治者としてアンドリースよりエルシェの方が優れていたはずだ。統治者としてだけではなく、指導者としても、人間としても彼女の方が優れていただろう。

 だが、エルシェはあっさりと大公位をアンドリースに譲り、自分は兄に与えられたファルケンフットに移ってしまった。四年前の話だ。

 エルシェは、挙兵に参加した臣下を誰も連れて行かなかった。ただ、親しんだ女官や従僕を数人、ともとして連れて行った。護衛の面としてどうなのか、という話でもあるが、クラウスヴェイクに彼女を襲おうなどと言う猛者はいないだろう。彼女自身も強いし、彼女が害された時に怒る者たちも怖い。ヴィルヘルムスも敵に回したくない者ばかりだ。


 それだけ慕われながら、エルシェは大公位を欲しなかった。むしろ、面倒だと思っている節がある。それを連れ出せ、というのだから、シルフィアも無茶を言う。

 ヴィルヘルムスも話題に上がっているシルフィアも、エルシェが挙兵したときに従った。シルフィアはエルシェの教育係であったし、ヴィルヘルムスは亡くなったエルシェの実兄ウィレムの友人だった。ヴィルヘルムスは、エルシェたちが落ち延びる時にウィレムに彼女を託されたのである。

 託された以上、守らなければならないと思った。エルシェはただ黙って守られるほどおとなしい女性ではなかったが、自分が守られなければならないことも理解している彼女だった。思えば、あの頃、いつも二人は一緒だった。

 それだけの時間一緒にいれば、年ごろの男女二人が惹かれあうのはさほど不思議なことではなかったのかもしれない。


 あの頃、エルシェの叔父を討つために決起したころ、確かにエルシェとヴィルヘルムスは恋人同士だった。だが、エルシェがファルケンフットに追いやられたことで、その関係は終わった。終わったと思っていた。

 だが、こうして一緒にいるとあのころを思い出す。……彼女が、エルシェが、恋しくなる。こんなにそばにいるのに。


「あ、あそこが今日泊まる街ね。久しぶりにファルケンフットを出たから、少し街を見回ってもいいかしら」


 エルシェに話しかけられ、ヴィルヘルムスは現実に引き戻された。笑顔のエルシェに、ヴィルヘルムスは感傷も忘れて微笑み返した。

「相変わらず、お忍びが好きなようですね。誰かが一緒なら、そうですね。構わないでしょう」

「何度も言っているけど、ここまで来たら逃げないわよ。何なら、あなたを連れて行くわ」

 それはまるでデートのようだ、と考えたヴィルヘルムスは、結構乙女思考なのかもしれない。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


珍道中です(笑)

でも、すぐにつきます。


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