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【12】











 泣きだしたエルシェをなだめていると、ついに赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。シルフィアの子が生まれたらしい。しかし、すぐにまたシルフィアの声が上がった。


「あ、やっぱり双子だったのかしら」


 赤ん坊が生まれた衝撃で立ち直ったらしいエルシェがはらはらした様子で医務室の扉を見つめる。その扉があくまで、いかなエルシェとも言えど、待っているしかない。


「シルフィア……。ドリューネン侯爵も大丈夫かしら……」


 さりげなく心配されている宰相。ヴィルヘルムスは小さく笑った。大公になる気はないのだ、ファルケンフットに戻るのだ、と言いながら、エルシェはシルフィアが抜けた分の埋め合わせの方法を考えている。その時点で、ヴィルヘルムスにはエルシェの行く先が見えるような気がするのだ。


「エルシェ様。お二人とも大丈夫ですよ」


 ヴィルヘルムスが落ち着かせるようにエルシェの髪を撫でると、彼女は少し目を細めてヴィルヘルムスを見つめ返した。ヴィルヘルムスが改めてエルシェの肩を抱き寄せると、彼女は応えるように目を閉じた。のだが。


「こほん」


 かわいらしい咳ばらいが聞こえて、二人はそちらに目をやった。淡い茶髪に青灰色の瞳の少女……エフェリーンだ。

「お邪魔してしまって申し訳ありません、エルシェ様、ハーレン将軍」

「いいえ。どうかしたの、エフェリーン」

 エルシェが立ち上がってエフェリーンに尋ねた。エフェリーンは首をかしげた。

「エルシェ様がお茶会を中座されたまま戻ってこられなかったので、レイヴェン侯爵に何かあったのではないかとミナもアニカも心配していましたので」

 代表して状況を見に来たらしい。エルシェは苦笑を浮かべた。

「そうだったわね。ごめんなさい……一人は生まれたのだけど、双子みたいでもう一人待ちなのよ」

「そうだったのですか」

 物おじした様子なくエフェリーンがうなずいた。確かに、エルシェは親しみやすいところがある。ちょうどよく(?)シルフィアのうめき声が聞こえてきた。


「……ついでなので、申し上げてよろしいですか?」


 エフェリーンがエルシェを見て言った。ヴィルヘルムスはさりげなくエルシェの背後に控える。エルシェが止めない限り、ヴィルヘルムスもエフェリーンを止めるつもりはない。


「私、正直、初めは大公になれるかもしれないと思ってこの城に上がりました」


 ……ぶっちゃけてきた。まあ、初期からエフェリーンを見てきたヴィルヘルムスは、最初は確かに野心が見えていたな、と思った。

「しかし、この城でお姫様のような生活をさせていただいて、気づきました。私には公国を支配することなど不可能なのだと」

 人には人の身の丈に合った生活があるのだとエフェリーンは言った。ちなみに、ニコリともしなかった。

「はっきり申し上げて、迷惑です。エルシェ様が覚悟を決めるために私たちは集められてきたようなものです。それくらい、わかります。レイヴェン侯爵もドリューネン侯爵もはっきりとは言いませんけど、エルシェ様を連れ戻すために先代様の娘を探すなんて言い出したんですよね」

「……」

 さすがに貴族の屋敷で働いていただけあり、素晴らしい洞察力である。エフェリーンはさらに言ってのけた。


「とっとと覚悟を決めてください」


 それでは失礼いたします、とエフェリーンは一礼して戻っていった。おそらく、ミナとアニカに知らせに行くのだろう。性格が全く違うので心配していたが、何となくうまくやっているようだ。

「……いいわよね。ヴィルたちは優しいから、そういうこと言ってくれないもの」

「……言った方がよかったですか」

 ヴィルヘルムスが尋ねると、エルシェは微笑んだ。


「言えないでしょう?」


 微笑むエルシェを見て強い言葉を言う自分を想像したが。


「……言えませんね」

「でしょうね」


 さすがにエルシェはわかっている。再び、赤ん坊の泣き声が聞こえた。二人目が生まれたようだ。ヴィルヘルムスもエルシェも医務室の扉を見つめる。

「ああ、エルシェ様、将軍。生まれましたよ。女の子の双子で、母子ともに問題ありません」

 助産師が出てきてそう告げた。エルシェがほっとしたように息を吐いた。

「良かった」

 まあ、シルフィアなんて殺しても死ななさそうだものね、とエルシェ、言うことが結構ひどい。ヴィルヘルムスは苦笑を浮かべるしかなかった。内心、同意であったが。

 しばらくして、シルフィアと赤ん坊二人と対面した。シルフィアの側で滂沱しているファビアンが異様な存在感を放っていたが、とりあえずシルフィアをねぎらう。

「お疲れ様、お母さん」

「死ぬかと思ったわ……母親になったなんて、不思議な気分」

 シルフィアは自分が抱いている双子のうち片割れの頬をつつきながら言った。よく泣いている。そのうち、泣き疲れて眠るだろうと医師が言っていた。


「エルシェ、抱いてみる?」

「ええ。ぜひ」


 エルシェが手を伸ばし、シルフィアから小さな赤子を受け取る。ヴィルヘルムスもその生まれたばかりの小さな命を覗き込んだ。


「小さーい。可愛い~」


 エルシェがえいえい、と赤ん坊の頬をつつくが、赤ん坊はいやいやと言うように手をバタバタさせた。その様子がまたかわいらしいのである。


「ああ~可愛い~」


 完全に緩んだ顔をしているエルシェに、シルフィアは言った。

「ちょっとお姫様。もう一人の子も抱っこしてあげて」

「ええ」

 すると、お姫様ことエルシェは何故か自分が抱いていた子をヴィルヘルムスに渡した。とっさに手を差し出して受け取ってしまったヴィルヘルムスであるが、焦る。

「いや、ちょ、侯爵」

 あわててシルフィアに返そうとするが、シルフィアは「そのまま抱っこしてなさいよ」と笑うばかりで受け取らない。エルシェの方は泣いているファビアンからもう一人の赤ん坊を受け取っていた。

「この子も可愛い」

「当たり前でしょう……。でも正直、まだ見分けがつかないから手首に組みひもをまいているの。赤い方がレオニー、青い方がフェイルよ」

 そう言われて手首を見てみると、ヴィルヘルムスが抱っこしている子は赤い組みひもをしていた。ということは、この子はレオニー。エルシェが抱っこしている子がフェイルとなる。


「レオニーにフェイルね。お父様に似てもお母様に似ても器量よしに育つわね」


 エルシェが赤ん坊フェイルの背中をたたきながら微笑んで言った。確かにその通りだが、腹黒さが似なければいいな、とヴィルヘルムスは結構失礼なことを考えていた。


「ほら、ファビアンはそろそろ泣き止みなさいな」


 男泣きしているファビアンをどつきながらシルフィアが言った。出産直後でも元気だ。


「いや……すまん。感動して……っ!」


 と、さらに泣きだすファビアン。エルシェが「気が済むまで泣かせてあげれば?」と苦笑気味に言った。

「まったくしっかりしてよね、お父さん。……って、あら。フェイルの方は寝ちゃったのね。レオニーはまだ元気だけど」

「そうなのよ。いい子ね」

 エルシェは抱いているフェイルに優しく微笑みかけるとそのふにふにの頬をなで、シルフィアの隣のベビーベッドにそっと寝かせた。未婚のお姫様だが、手慣れている。


「レオニーちゃんも、もう少ししたら眠っちゃうかしらね~」


 とエルシェがヴィルヘルムスが抱くレオニーをあやしはじめる。シルフィアの方は自分の夫をあやしていた。

「ほら。お父さん。しっかりしてもらわないと困るのよ」

 平和だなぁと思った。エルシェがあやしている間に、レオニーも泣きつかれたのか眠り始める。

「エルシェ様はいらっしゃいますか」

 扉の外から声が聞こえた。ドリューネン侯爵である。エルシェが「いるわよ」と出ていこうとして、シルフィアが止めた。

「待って。私も聞きたいわ。侯爵、入って」

 部屋の主であるシルフィアが許可を出したので、ドリューネン侯爵が入室してくる。彼は二人の赤ん坊を見てまず「おめでとう」と言った。

「やはり、赤ん坊は可愛らしいですなぁ」

「まったくね」

「シルフィア殿も元気そうで何より」

「おかげさまでね」

 宰相と副宰相の会話である。なんだかんだで、信頼関係が構築されているな、と思った。


「それで、どうしたの?」


 ヴィルヘルムスはエルシェの問いかけを聞きながら、レオニーをフェイルの隣にそっと寝かせる。涙をぬぐったファビアンと目が合い、思わず苦笑を浮かべた。

 ドリューネン侯爵は真剣な表情でエルシェを見つめ、少し間を置いてから言った。


「皇帝が、亡くなったそうです」

「……!」


 ヴィルヘルムスも、ファビアンも、シルフィアも、そしてもちろん、エルシェもが驚きに目を見開いた。


「では、選定侯会議が?」

「ええ」


 シルフィアの問いに、ドリューネン侯爵がうなずいた。あくまで話しかける先はエルシェである。


「クラウスヴェイク大公宛てにも、出席の案内が届きました」


 これです。とドリューネン侯爵がエルシェに封書を差し出す。選帝侯会議の招待状だ。宛名は、エルシェ・ファン・デル・クラウスヴェイクとなっていた。帝国も、エルシェが大公になったと思っているようだ。まあ、普通はそう思う。


「……いかが、なされますか」


 ドリューネン侯爵が尋ねた。エルシェに、決断を迫っていた。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


次回、最終話です。


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