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第三章 夏泉の作戦(1)

クリスマスから一ヶ月程が経った頃、夏泉は龍時の部屋に訪れることを常態化させていた。そして今日も、夏泉は龍時の部屋で龍時に話しかけていた。


「……それでどう思う?美味しそうじゃない?」


「言葉から美味しそうかなんて分かるわけがない。というか、そこらの本でも読んでいいから少し黙っててくれ」


龍時は今、提出期限が迫った課題をこなすためにパソコンの前で作業をしている。龍時にとって、夏泉はただ邪魔しているだけの人間だった。


「……せっかく来たのにひどいなぁ」


「ほとんど毎日来てるじゃないか。そんな頻度高く俺は最新話を投稿してないから」


龍時は面倒臭く感じながら夏泉の言葉に反論する。夏泉が物語の感想を言いに来ているのであれば、龍時も無下にはしない。しかし、ほぼ毎日やって来る夏泉は感想を伝えるために来ているわけではなく、それは龍時にとって必要のないものだった。


「龍時が相手してくれないから、その未練が残ってるの」


「うるさい。見て分かる通り俺は忙しいんだ。飯くらい一緒に食ってやるからそれまで黙っとけ」


龍時は冷たく夏泉をあしらうと再び作業に集中しようとする。しかし、今日の夏泉はいつもと少し違っていた。


「分かった。感想を言えばいいのね?……えっとね」


「最新話の感想は一昨日に聞いた。ヒロインを殺すなといっていたじゃないか」


「そうだった!今でも私は信じられないんだから!」


龍時が一昨日に聞いた感想を思い返して伝えると、それに反応した夏泉は再び熱くなり始めた。一昨日も同じことで龍時は少し責められたのだ。


龍時の書いているゲドニア記で、ヒロインであるミキが戦死した。これが最新話の内容であり、これに対して夏泉は批判していたわけである。


「特に主人公のヤブよ!ミキが死んでいるのにヤブの感情が少しも揺れていないなんて。私は違和感を覚えるんだけど?」


「それはいつも通りのことだろうが。シソウが死んだ時だってそうだった」


龍時としては、書いている時から無感情さを際立たせようとしているわけではない。ただ、読み返してみると無感情さが目立つことから、龍時自身も主人公が無感情であることを認めていたわけである。


「人が死んだ時、その人は昼は太陽になって、夜は星となって大切な人を見守り続ける。でも、そうやって見ていて悲しくなってきた時には雲を出して雨を降らせるの。それくらいのこと書いてくれないと、ミキが可哀想よ」


「あのな、俺はメルヘンチックなものを書いてるわけじゃないんだ。そんな非現実的なことあるわけないだろ?」


龍時は夏泉を馬鹿にしながら、強引にでも作業を続行しようとする。しかし、これ以上集中することは難しかった。


「……毎日毎日ここに来ることはご苦労なことだと思うが、別に俺は一人になると生きていけなくなるわけじゃない。もっと自分のために時間を使う方が良いんじゃないか?」


夏泉が大学終わりでも休日でもほぼ毎日顔を出してくるのには、何かしらの理由があると龍時は気付いている。また、それがクリスマスでの出来事と関連していることさえ、龍時は理解していた。そのため、龍時は夏泉を強引に部屋から追い出すことをしていなかった。


しかし、いくらクリスマスの時に謝らなければならないことを龍時がしていたとしても、それについてはすでに時効を迎えているはずである。今の龍時には、夏泉がただの物好きのようにしか見えなかった。


「本当は一緒に出かけたいけど、龍時がお金ないって言うから」


「夏泉があんな店に連れて行くからだろ。それに、出かけたいなら眞銀でも連れていけよ」


龍時はそう言って部屋の壁を指差す。その壁の向こう側には眞銀の部屋があるのだ。


夏泉はそんな龍時の言葉を聞いて頬を膨らませる。ただ、龍時はそれに目もくれず大きく欠伸をした。


「……やあやあ、聞いていたらずっと喧嘩かい?それにしてもこの部屋本当に寒いね」


龍時が椅子の上で毛布にくるまり、夏泉がスキー場にいると錯覚を起こしてしまいそうな身なりで縮こまっていたとき、眞銀が快活な声と共に龍時の部屋に入ってきた。


「あのな、勝手に入るなと言っているだろう」


「今更じゃないか。それに夏泉が君の部屋を第二の故郷としているみたいだし」


「夏泉は一応インターホンを鳴らす」


龍時は文句を並べて眞銀を歓迎する。ただ、眞銀が大きな発泡スチロールの容器を持っているのを見て、そんな龍時の口は勝手に閉じた。


「……気付いたみたいだね」


眞銀はそう言って白い容器を揺らす。その様子に龍時だけでなく夏泉も視線を釘付けにしていた。


「何が入っているの?」


夏泉が先程と比べて表情を暗くしてそう尋ねる。ただ、龍時の表情は明るくなりつつあった。


「カニだよ、カニ。私の両親が大量に送ってきたんだ。一人じゃ食べられないからね、夏泉もいることだし一緒にどうかなと思って」


「なんだ、そういうことなら早く言えばよかったのに」


眞銀がカニを持ってきたことを知ると、龍時は態度を百八十度変えて眞銀をしっかりと歓迎する。そして、眞銀の持つ発泡スチロールの容器の蓋を開けて頷いた。


ただ、夏泉はずっと微妙な表情のままだった。


「夏泉はカニが苦手なのか?」


龍時は目の前のご馳走にやや興奮して、いつもならばするはずもない夏泉の心配をしてみせる。ただ、その言葉が眞銀の持ってきたカニによるものだと気付いていた夏泉は、龍時のそんな言葉もあまり嬉しくなかった。


「……この部屋には鍋はあったかい?」


「な、この部屋で食べるのか?」


「だから持ってきたんだ。……何か文句があるのかい?」


「いや、ないけど」


せっかくこんなご馳走を食べるのであれば、龍時の部屋のような極寒の部屋の中ではなく、暖かい場所で食べたいものである。家計的に暖房器具を使えない龍時の部屋で食べることに、龍時は少しもったいないような感覚に陥った。


すると、眞銀は龍時の表情から考えを察したようで、言葉を付け加えた。


「私の部屋じゃ匂いがついてしまうじゃないか」


「……ああ、なるほど」


龍時は単純な理由を聞いて、それで何故か納得してしまう。いかにも眞銀らしい理由であったのだ。


「さあ、私が食材を用意したんだ。二人で早いところ調理してくれよ」


眞銀はそう言って、部屋の押入れから勝手に毛布を取り出すとそれにくるまる。夏泉は眞銀の堂々とした態度に感服することになった。


少し早めの夕食は、夏泉と龍時という料理のあまり出来ないコンビでの合作となった。特にカニという普段使わない食材の前に調理は難航し、ネットに上がっていたレシピの倍の時間をかけて、二人はカニ鍋を完成させた。


「……見た目は合格点だね。ただ問題は味だ。見た目がカレーの何とやらという例えがあるように、味が悪ければ話にならない」


「味付けは俺の担当じゃない」


「あっ、私を裏切った!一緒に作ったのに!」


龍時は自分に責任がないことを伝えようとする。しかし夏泉の言う通り、共同で調理した時点で龍時にも責任はあった。


「じゃあ、いただくよ」


眞銀はそう言って鍋の中のカニと出汁を器に取り出す。そしてそれを口に放り込んだ。しばらく咀嚼した後に眞銀は感想を述べる。


「……意外と問題はないようだ。少し味が薄く感じたが、濃くて飲み込めないよりはマシだろう」


「そうなのか」


龍時も眞銀の感想を聞いてから、自分の成果を確かめる。ただ、カニという時点で龍時にとって美味しかった。


「龍時の作った中で一番良いものだろうね。まあ、今回は強力な助っ人がいたが」


眞銀はそう言って夏泉を見やる。対する夏泉は、自分が評価されたことよりも、一つ気になることがあった。


「……いつもこんなことをしているの?」


夏泉が気になったのはこのことだった。夏泉は眞銀に嫉妬していたのだ。


「別にいつもじゃない。あるとしても私が作る方が多い」


「えっ!手作り!?」


夏泉が驚いた様子で龍時に詰め寄る。龍時はそれに対して説明を加えた。


「ああ、美味いから今度作ってもらうといい」


龍時は何気なくカニを頬張りながら答える。しかし、その言葉に夏泉は唖然とした。


夏泉は顎に手を持っていくと、探偵のようなポーズをとってフリーズする。そんな夏泉の様子を見て、眞銀は薄ら笑いを浮かべる。龍時はもはやそれに気付いていなかった。


ただ、夏泉が考え込んでいたのは少しの間のことで、一人で何かを決心すると夏泉もすぐにカニ鍋に参戦した。


夏泉が何を考えていたのか、龍時がそれを体験したのは数日後のことだった。

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