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第二章 壁と罪(3)

「…………」


「納得のいく回答だったかい?」


夏泉は携帯の画面を凝視して、何度も長い文章を読み返している。眞銀はこのままでは夏泉が何も言わなくなってしまうと思い、静かに声をかけた。


夏泉が眞銀の部屋に駆け込んできたのは、龍時が帰宅してくるほんの少し前のことだった。頭に雪を被って今にも泣きそうになっていた夏泉を見た眞銀は、その時点で何となく夏泉の事情を察し、夏泉を部屋に招き入れたのだ。


眞銀は夏泉からこの日に龍時と出かける予定をすでに聞いていた。そのため、龍時が失礼なことを夏泉に働いたということなど、容易に想像出来たわけである。


「……これってそういうことなのかな?」


夏泉はしばらくしてから携帯を眞銀に渡し、小さく首を傾げた。眞銀は渡された携帯の画面を見て、龍時から送られてきた長文に目を通すことになった。


そして、全文を読み終えた眞銀は吹き出した。


「……どういうことなの?私には分からないんだけど」


「これは参ったな。私もまさかここまで察しの悪い男だとは思っていなかった」


眞銀は笑いを堪えつつ携帯を夏泉に返す。すでに眞銀は、ある程度のことを理解していた。


「私が嫌いって書いてたの?」


「まさか。どこにそんな文面があった?彼はそんなことを考えていない、安心していい」


「いや、何も安心出来ないんだけど」


夏泉は眞銀の不思議な感想に困り果てる。また同時に、自分よりも龍時に詳しい眞銀に夏泉は少し嫉妬した。


そもそも、夏泉は勇気を出してこの日に龍時を誘い出そうとした。その時点で、大体の人間ならば夏泉の気持ちに気が付くはずである。しかし、龍時はそんな夏泉の予想とは全く違う対応を見せた。


面倒臭そうな様子を見せた龍時を見た夏泉は、自分がしつこい人間なのかもしれないと思った。おまけに、夏泉の想いに対して返答する素振りは龍時に全くなく、夏泉は自らの想いが龍時に対して脈なしと考えざるを得なかったわけである。


「この謝罪文で分かったことは幾つかあるね。良いことはさっき言ったように、彼が君のことを否定的に捉えていないことだ」


「……じゃあ悪いことって?」


夏泉にとって眞銀から聞いた良いことなど、正直なところ気休めにもなっていない。本当に知りたかったのは、この謝罪文から読み取れる龍時の本音だった。


「これは言うべきものなのか、どうするべきなのか」


「言って!」


眞銀ははぐらかそうとするが、夏泉は語気を強めて眞銀に詰め寄る。眞銀はそれに苦笑いを浮かべつつ、仕方なく口を開いた。


「別に私が具体的なことを言えるわけじゃない。事実を知りたいのならば、本人に直接聞くと良い。ただ、この文章から予測として読み取れることは一つある」


「……な、なにかな?」


「それはね、彼は本当に何も気付いていないということだ。今日という日がどんな日かさえ、今調べて知ったと書いているだろう?」


「で……でも、そんなこと有り得ないよ!」


夏泉は一般論的に眞銀の言葉を否定する。どんなに龍時が恋愛事情に疎い人間だったとしても、クリスマスさえ理解していないなど考えられることではなかったのだ。


「ははん、夏泉は龍時が嘘をついていると思うんだね?」


「そういうわけじゃ……」


「いや、それも仕方がないだろう。普通なら考えられないことなんだからね。でも普通が通用しないのが彼だと考えていい。私も彼の普通を理解することは出来ないからね」


眞銀の言葉を聞いて夏泉は黙り込む。そして再び文章を読み返す。感情の見えてこない文面に、夏泉はため息をつくことになった。


「これを良いことと捉えるか悪いことと捉えるか、それは夏泉の勝手だ。だけど、事実からして彼は何も気付いていない。今日という日が何を意味するのかから始まって、夏泉の気持ちさえもだ。まあ、私は良い方に捉えることをお勧めするよ。今回のことは良い経験になったんじゃないかな?」


「……それは本当なの?」


「さあ?何度も言う通り、私が信じられないなら本人に聞けばいい」


夏泉は眞銀の返答を聞いて、再度大きなため息をつく。そして、頭を落として弱音を吐いた。


「……どうしてこうなるのかな?」


「好意を抱いた相手が悪かったとしか言いようがない」


眞銀ははっきりと夏泉に答える。夏泉はそれを聞いて一人呻き声を漏らしながら悶え始めた。


「……どうして夏泉は龍時に好意を抱いたんだ?」


眞銀は今まであまり聞いてこなかった質問を、今日はいい機会だとばかりに夏泉に尋ねる。夏泉が龍時に好意を抱き始めたのは秋中旬の頃であったが、眞銀はこれまでその理由を聞いたことがなかったのだ。


「……んー、どうしてなんだろう?気付いた時にはもう……って恥ずかしいからやめて!」


「まあそんな感じだと思ったけどね。……本当、このメカニズムを誰か解明してくれないだろうか」


眞銀は冗談を交えて笑ってみせる。ただ、夏泉にも自分が龍時に好意を抱いた決定的な理由は分からないことだった。


「まあ、私はあまり関わらないようにしよう。私のせいでどうにかなったなんて言われたくないからね」


「え、眞銀が味方じゃなくなったら私どうしようもないよ」


夏泉は困ったようにそう言って静かに携帯を仕舞う。


「……許してあげるのかい?」


夏泉がコートを手に取り立ち上がると、眞銀は夏泉に尋ねる。それに対して、夏泉は首を横に振った。


「私が許すことなんてないよ。……でも晩ご飯くらい一緒に食べてもらわないと」


「そう。……優しいんだね」


「それはどうかな?……とにかくありがとう。私の方が分かっていなかったって気付けて良かった」


夏泉はそう言うと眞銀に手を振ってから玄関に向かう。夏泉はそのまま、騒がしく眞銀の部屋から出ていった。


「……次の手が楽しみだ」


眞銀は一人になった部屋の中で呟く。そしてその後、隣の部屋から聞こえてくる話し声を眞銀は楽しんだ。


眞銀が聞き耳をたてていた限り、話し合いは龍時が早々と謝罪して終わったようだった。そして、二人がどこかに出かけていく音を眞銀は耳にすることになった。


この日、龍時は夏泉に夕食として駅近くで有名な高級レストランに連れて行かれ、支払い能力ギリギリの出費をすることになった。それを眞銀が知ったのは、次の日財政難に陥った龍時が、暖を求めて眞銀の部屋を訪れた時のことだった。

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