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混浴銭湯の番台にて

番台に立つ人間は女の方が良いと言うおふくろの台詞には、男はエロいからという文句がついて回る。

 

 我が家が経営する銭湯の番台には、いつもおふくろが立っている。親父が立っている姿は二、三度ほどしか見たことがない。

 俺もその言い分にはおおむね賛成で、それと言うのも、番台からは女湯も男湯も丸見えだからだ。

 これではエロいことを考えるなと言うほうが無理な話である。

 男に生まれたのならば、そこに一度は立ってみたいと思うのは、性であると言えるだろう。

「番頭さん、はいお金」

「ありがとうございます」

 昔から身体の丈夫だったおふくろが風邪をひくのは珍しいことだ。もしかしたら親父をここに立たせてはいけないという一念がそうさせていたのかもしれない。

 だからこそ、俺はこの数少ない機会を堪能しなければいけない。


 俺は今、番台に立っている。


 どんな家庭にも風呂場がある現代において、銭湯は衰退の一途を辿っている。ましてや、うちは混浴である。

 幸いにも貧乏苦学生が大量に住まうこの地域では、たとえ混浴でも来てくれるお客さんは少なくない。

 だが、混浴である。

 訪れるお客さんはやはり男性が大半で、一日のうちに女性は数えるほどしか見ない。

 しっかりとタオルで隠しているとは言え、わざわざ裸身に近い姿を他人に晒そうとする女性なんて、そうそういないのだ。

 混浴が嬉しいかと訊けば、俺は男友達に意外な言葉を返されたことがある。

『もし混浴じゃなかったら、覗けば全裸。混浴だから、逆に見れない。これはロマンの問題だけどな』

 感心はしたが、とても誉められるものではない。覗かれる身になって考えれば当然のことだ。

 混浴だからと言って、覗きが必ずしも無いわけではない。

 浴場では隠れている女性の身体も、脱衣所では無防備なのだ。

 浴場側のドアから脱衣所を覗こうとする輩もおり、俺はそれを発見するたびに脱衣所を通り抜け、制裁を加えなければならない。

 女性達には感謝されるが、通り抜ける際に彼女らの裸身が見えてしまうため、役得とはいえ、罪の意識もある。

 エロいことも、考えてしまうのだ。

「こら、交代だよ」

「あっ、おふくろ」

 マスクをして、ちゃんちゃんこを羽織ったおふくろが、いつの間にかやってきていた。

「身体は大丈夫なのか?」

「あんたにここを任せておくほうが、よっぽど心配だよ」

 これだけ口がきければ大丈夫だな。

 俺は番台から下り、おふくろとその場を交代した。

「もう遅いから、あんたも早く風呂に入りな」

「はいはい」

 おふくろに言われたとおり、俺は脱衣所に向かおうとする。しかしおふくろは俺の肩を掴み、その足を止めさせた。

「なに?」

「あんたは銭湯じゃなくて、家の風呂」

「別にいーじゃん。広いほうがいいし……」

「女のあんたでも、ダメなものはダメ」

「わかったよぉ……」

 番台に立つ人間は女の方が良いと言うおふくろの台詞には、男はエロいからという文句がついて回る。

 おふくろにとっては、俺のようなエロいレズビアンも、男に分類されるようだ。


<了>

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