覚悟
そのままあたし達は翌朝まで同じベッドで眠っていた。
『谷・・・』
明け方に目を覚ますと、谷は穏やかな顔で眠っていた。
良かった。
そのままもう一度眠ってしまい、気づけば目覚まし時計が鳴っていた。
学校の時間だ。
隣を見ると、既に谷の姿はなかった。
谷はいつも何時に起きているのだろうか?
横のスペースが大きく開いたシーツを見つめながら考えた。
昨日のことは忘れた方がいい。
そう思い、気持ちを切り替えて食卓に向かった。
『おはようございますお嬢様。今朝は私が車で送り届けますので、少しゆっくりなさって下さい』
谷はそう言って、そそくさと部屋を出て行った。
この身分を隠しているので、こんなことをされるのは初めてだ。
やっぱ昨日言ってたこと・・・
朝食を食べ終えてしばらくすると、谷が部屋に入ってきた。
『お嬢様、そろそろ準備をなさってください。玄関でお待ちしております』
谷はいつものように執事とお嬢様の関係だった。
でも、あたしにはそれ以上の距離を感じた。
昨日谷が言っていたことが再び頭の中に響いてきた。
車に乗っている最中は、ずっと無言だった。
何か話したかったけれど、何も話してはいけない気がした。
谷も黙って運転に集中しており、微塵もこちらのことなど気にしていなかった。
昨日谷が言っていたこと。
あたしを守れないから、離れてほしいって・・・
どうして・・・
『どうして?』
『はい?』
思わず心の中の声が口に出てしまった。
谷は顔だけは前を向けたままで、不思議そうに尋ねてきた。
『谷・・・』
何かを言いたかった。
だけど、何も浮かんでこなかった。
ううん。何を言っても谷を困らせると思ったからだ。
谷の困った顔はもう見たくないから、それに・・・
『お嬢様』
『えっ、な・・・何?』
『お嬢様を不安にさせてしまったことを深くお詫びいたします。しかし・・・
お嬢様の願いを叶えて差し上げることは出来ません』
『谷?』
谷は昨日とは違い、感情を含んでいない調子で行った。
まるで、業務の話しをしている時のような、冷淡な調子だった。
『谷・・・話してくれないの?あたしには、聞かれたらいけないの?』
思っていたよりも弱弱しい声になってしまい、自分でも驚いた。
が、あたしはその時に谷が動揺したのを見逃さなかった。
『谷・・・』
もう一度名前を呼ぶと、谷は何処か諦めたように言った。
『今まで隠し続けていたこと。そして、凪の気持ちを知りながら知らぬふりをしていたこと。
私は今までこの二つの罪を胸に抱えておりました。しかし、もう隠し通す必要はなさそうです』
『えっ?』
『もうすぐで到着です』
そこから谷はまた無言になった。
最後の言葉はどういう意味だろうか?
何かとてつもなく嫌な予感がした。
谷はもしかして・・・
ううん。そんなことは絶対にないよ。
あたしは、谷のことを信じている。
車は学校の裏側に止まった。
皆には知られぬようにと、谷の配慮だろう。
『それではいってらっしゃいませ』
谷はいつものようにそう言った。
『谷、あたしは谷のことを信じてる。それだけだから・・・いってきます』
谷の表情を見るのが怖くて、俯きながら言うと、走って学校に向かった。
谷はどんな顔をしていただろうか?
教室に入ると、いつもどおり沙希と、夕実がいた。
『おはよう』
と、いつもどおりに明るい声が返ってきた。
でも、いつも以上に二人が遠く感じた。
いつも感じている距離とは違い、まるでテレビの中の人を見ているような気分だ。
もう時々映らなくなってしまったようなテレビを・・・
『凪、昨日はありがとう。谷さんと過ごせて本当によかったよ』
夕実がとても嬉しそうに言っている。
『でも、次は谷さんともっと話せるようになりなさいよ』
沙希は悪戯っぽく笑うと、夕実の背中をぽんと叩いた。
『わかってるよ。凪、また谷さんと会わせてね』
また次・・・
また四人で会う。
その言葉があたしの心に重くのしかかった。
『凪?どうかした?』
夕実は嬉しそうに言った後で、心配そうに顔を覗き込んできた。
『ううん。なんでもないよ。何時でも言って』
この時あたしは笑顔を浮かべられていただろうか?
そして放課後が訪れた。
今日はいつも以上に授業を真剣に聞いていた。
先生が生徒のことを考えて授業をしているって始めて感じた。
先生あたしみたいな子にも教えてくださってありがとうございます。
でも、あたしは勉学に励んだって仕方ないんだよ。
クラスの皆とはあんまり話したことがなかったけど、皆とっても優しくて何か困ったことがあったら助けてくれる。
休んだ次の日には、女子の何人かは心配して声をかけてくれる。
皆本当に優しいあたしの大切な仲間だよ。
『凪、何ぼーっとしてるの?』
沙希が笑顔で近づいてきた。
『沙希・・・いつも仲良くしてくれてありがとう』
『えっ?凪何言ってるの?』
沙希はいつもの冗談っぽい聞き方ではなく、不安そうに聞いてきた。
友達だもんね。
『凪、沙希早く帰ろうよ』
『うん。夕実・・・絶対にまた4人で何処かに行こうね。ううん。3人でもいいよ。絶対に一緒に遊ぼうね』
『えっ』
夕実も驚いた顔をしていた。
『帰ろっか』
あたしが笑顔で言うと、二人は顔を見合わせた後で、笑顔で抱きついてきた。
本当にかけがえのない友達を持って良かった。
あたしも沙希達みたいに何の心配もせずに、青春ってものを楽しんでみたかったよ。
こんな運命の元に生まれてしまったばっかりに・・・
『凪、また明日ね。絶対また明日だよ』
いつもの別れ道で、夕実は縋るように言ってきた。
あたしはそんな夕実に驚くと同時に、嬉しくて仕方がなかった。
『うん』
笑顔で頷くと、二人と別れた。
絶対に明日会おうね。
心の中で二人に言うと、気持ちを引き締めて家に入った。




