襲撃
夕食を済ませると、谷はタオルを持ってきた。
『お嬢様、入浴の準備が出来ました』
『あ、ありがとう・・・』
昔のことを思い出していたからか、少し恥ずかしい気分になった。
谷はそんなあたしにも、何も言わずに、部屋を出て行った。
谷が優しさを見せてくれるのは、特別な時だけだ。
それ以外はあたしと会話もしようとしない。
それが執事の勤めとでも、言わんばかりに・・・
入浴を終えると、何か嫌な予感がした。
『何だろう。この感じ・・・』
寒気がして、あたしはしばらく動けずにいた。
湯冷め何てものじゃない。何か、とてつもないことが起こるような、そんな予感。
『お嬢様?』
立ち尽くしながら、ついに震えだしたあたしに、いつの間にか目の前にいた谷が、心配そうに声をかけてきた。
谷を見ると、何だか泣き出したくなった。
怖い。
怖い。
果てしないほどの恐怖が襲い掛かってきた。
『谷・・・怖い、怖いよ』
どうしてこんなにも弱くなってしまったのだろうか。
谷には絶対に弱みを見せたくなかったのに・・・
堪えきれなくなったあたしは、とうとう谷に抱きついた。
『お嬢様。ご安心を』
谷の声が、いつもよりもあたしの中に優しく、甘く響く。
ダメ。
涙が溢れて、止まなくなった。
『た・・・に・・・ご、めん・・・』
涙で、途切れ途切れになった言葉は、谷にどう感じさせたのだろうか。
谷は、背中に腕を回すと、泣き続けるあたしを優しく抱きしめてくれた。
今は、これが偽りだってかまわない。
少しして、ようやく落ち着いたあたしに、谷は耳元でそっと優しく囁いた。
『私にも限界はありますよ。しかし、嬉しく思います』
そして、谷は何事もなかったかのように去って行った。
言葉の意味が、何一つわからずに、あたしは呆然と立ち尽くしていた。
谷は何を言っているの?
ベッドに入ると、谷の言葉をずっと考え続けた。
あたしが突然迷惑をかけたことに対して、嬉しいとはどういうことなのだろうか。
谷に頼ったから嬉しいのだろうか?
でも、そんなのだったら、あたしは谷に頼ってばかりな気がする。
何が嬉しいの?
それに・・・限界って?
何、の?
考えれば、考えるほど余計にわからなくなってきた。
『谷の考えてること。何もわからないよ・・・』
頭を抱えてしまいそうになった時。
ドキュン!
突然けたたましい銃声が響き渡った。
『銃声!』
音と同時に、飛び起きると、部屋を出た。
隣の部屋からは、谷が焦ったような顔をしていた。
『お嬢様』
小走りで、あたしの近くまで来ると、谷はあたしに拳銃をわたした。
『えっ・・・ああ、そうか』
谷の行動に驚いたが、こういう時にあたしがここを守るのは、決まっていることだ。
とうとうこの時が来てしまったようだ。
谷と、あたしは急いで庭に出た。
庭には、打たれたメイドの姿があった。
そして、あちこちで響き渡る銃声。
まるで、どこかの映画のような光景に、ここは本当に現実なのか?と疑わせる。
『行きますよ』
谷が真剣な声色で言った。
『うん』
従うしかない。
ううん。谷がいるから、あたしはこんなことだって大丈夫だ。
『あたしは大丈夫』
谷に聞こえないぐらいの声で小さく呟くと、あたしは駆け出した。
ここはあたしが守る。それに、守りたい人がいるから・・・
駆け出すと、数人の男が銃を持っていた。
あたしはためらうことなく、その者達に銃を放った。
こちらの方が反応が早く。男達は抵抗する間もなく倒れて行った。
まずは一安心だ。
でも、どうしてうちに来たのだろうか。
警備は?
それに、お父様はこのことは?
疑問が次々に浮かんできたが、そんなことを考えている暇はなかった。
いつ敵が襲い掛かってくるかわからない。
周りに目を凝らしながら進んでいくと、谷の姿が見えた。
谷・・・
危ないよ。こんな所にいたら危ないよ。
谷が銃ぐらい使えることはわかっている。
だけど、谷はただこの家に仕える執事。
あたしが守らなくちゃ・・・
谷の向かいには、一人の男がいた。
その男は谷に銃口を向けながら、ゆっくりと距離をつめていっている。
危ない。
谷・・・
『谷!』
あたしの叫び声に二人が同時に振り向いた。
今がチャンスだ。
銃を向けると、谷の焦ったような顔が見えた。
『お嬢様おやめ下さい』
谷の声に、手元を狂わせると、丁度男の銃に当たった。
谷は落ちた銃をすかさず取ると、男に銃を向けて行った。
『お嬢様には迷惑をかけないで下さい』
今までに聞いたことのないぐらいの低い声に、あたしは少しだけ恐怖を覚えた。
男は少し谷を睨んでから、他の男達を連れて帰って行った。
一体どういうことなのだろうか?
それも気になったが、何よりも谷が心配でならなかった。
『谷?』
『お嬢様、お怪我はございませんか?』
『あたしは大丈夫だよ。谷は・・・』
体を見渡すが、怪我はなさそうで安心した。
『大丈夫です。お嬢様、あまり無茶はなさらないように、私に任せられる時は任せて下さい』
『うん』
優しい谷に、さっきの恐怖もすっかり忘れてしまった。
さっきのは本当に谷だったのだろうか。
あたしの聞き間違いだろうか?
『私は旦那様に連絡を入れておきます。お嬢様はもう休んで下さい。明日もお早いでしょう』
『そう、だね・・・おやすみなさい』
『おやすみなさいませ』
聞きたいことは色々あった。
でも、聞いてはいけないような気がした。
明日になれば、谷はまたいつもの谷に戻っているのだろう。
そう考えると、安堵のような、寂しいような気持ちになった。
あたしにも少しは頼って欲しいな。
翌朝には、もう屋敷は昨日のことなどなかったかのように、静かで、綺麗だった。
いつもより早く起きたあたしは、銃を手に、庭に向かった。
あたしは何の躊躇いもなく、ここで人に銃を向けた。
そして、何の躊躇いもなく、撃った。
谷が声をかけなかったら、きっとあたしはあの男を殺していただろう。
自分はお父様の仲間のようにはなりたくない。
昔にそう思ったはずなのに・・・
やっぱりあたしは・・・
『あたしも最低だな』
『お嬢様が最低なら、私はどうなりますか?』
『えっ』
誰もいないと思っていた後ろから、谷の声が聞こえた。
『今朝はお目覚めがお早いのですね』
『まあね』
どうしてここに?
『明日旦那様が戻られるそうです』
『そう』
『朝食の準備は既に済ましておりますので、何時でもいらしてください』
『ありがとう』
結局谷はただの執事だ。
そんなことはわかっている。
だけど、前みたいに受け入れられない自分がいる。
昨日谷が言った言葉も気になる。
このままの関係でいたって、ううん・・・
このままの関係でいなければ、一緒にはいられない。
だから、もう・・・




