弱さ
『凪、正装しなさい。今から行く所がある』
『はい』
夕食をとり終えた頃。珍しくお父様が帰って来たかと思えば、端的にそれだけを言って再び外に出て行った。
あたしは不思議に思いながらも着替えると、お父様の待つ車に乗り込んだ。
『出してくれ』
車が発進しても、しばらくお父様は何も言わなかった。
あたしはただ、お父様の口が開くのを待っていた。
どれくらい経っただろうか?
しばらくすると、お父様がゆっくりと口を開き始めた。
『さすけが・・・やられた』
『へっ?』
つい耳を疑った。
さすけさんが?
やられた?
つまり・・・
『死んだんだ。今から通夜だ』
お父様はそれだけ言うと、再び口を硬く閉じた。
さすけさんが・・・
葬式場に着くまで、あたしは何も考えないようにした。
さすけさんのことを考えると、涙が出てくると思ったからだ。
お通夜はあっさりと済んだ。
こんな言い方は不謹慎なのかもしれないけれど、人が一人死んだ後の儀式がこんな程度などあっさりしていると思った。
人って、本当に儚いものなんだね。
お通夜が終わってからしばらく、あたしはさすけさんが入っている棺の前にただずんでいた。
写真は最近のものではないのか。昔とさほど変わらない姿があった。
写真の中のさすけさんは、間違いなくあたしの知っているさすけさんだ。
そう思うと、どうにも棺を開ける勇気が出なかった。
『お嬢様。お父様が挨拶をしろ。とのことです』
『わかった』
こんな時にどうして他の人達は冷静でいられるのか。
挨拶何てこんな時にしなくてもいいじゃないか。
怒りのような、呆れのような、よくわからないもやもやを胸の中に残しながら、皆の待つ場所へと向かった。
中に入ると、そこには明らかに裏社会の人間だと思わせるような空気を纏った人達がいた。
この人達はきっと、さすけさんや、お父様の仲間なのだろう。
こんな時だからか、皆笑みは浮かべていなかったが、涙さえも浮かべておらず、まるで当たり前のことのように平然とした顔をしていた。
『姫嬢凪です』
あたしは全員を見回した後で、冷淡に言った。
『ほぅ、この子が後継者か』
あたしの挨拶の後、少し年配の男性があたしのことを見定めるようにして言った。
『ええ、まだまだ素人ですが、この子は素質があります』
お父様は少し嬉しそうに言っていた。
周りの人達も感心しながら、見つめてくる。
あたしは一人嫌な気分でいた。
いずれはこの人達の中に入らなければいけないのだと考えると、胸がずっしりと重くなった。
『それでは、寿司でも頼みますか』
さっきの年配の男性が見かねたように言った。
皆はそれから少しがやがやし始めた。
あたしもこの中に入れば、こんな風になってしまうのだろうか・・・
悔しさで胸がいっぱいになった。
皆の意識はもうあたしにはない。
それを確認すると、再びさすけさんの元に戻った。
そこには・・・
『さすけ様。安らかにお眠り下さい。私が貴方の元にいられたら良かったのですが・・・』
谷が棺の前で拝みながら、小さな声で呟いていた。
とてもか細い声だが、あたしにははっきりと聞き取れた。
こんな弱弱しい声何て、初めて聞いた。
しばらく立ち尽くしていると、突然谷が驚いたように振り返った。
『お嬢様・・・いつから』
『谷が、さすけさんに話しかけてる時から・・・』
気まずそうに小さく呟くと、谷は俯いた。
『ごめん・・・』
何だかあれは見てはいけないような気がした。
いつも、何があっても平常を保っている谷。
あたしが何を言っても、動揺一つしない谷が、今日はこんなにも弱弱しい。
人が死んだ。
それはやっぱり、あんなに簡単に済ませられることじゃない。
『谷・・・』
名前を呟くと、谷はゆっくりと顔を上げた。
『あたしは、谷と同じ気持ち。ずっとこういう気持ちを持ち続ける。あんな大人にはならない』
あたしは何を伝えたかったのだろうか。
谷はぽかんとした顔をしていた。
違う。
あたしが伝えたいのはこんなことじゃない。
泣きたい時は・・・
『お嬢様』
気づくと、谷はさっきよりも少し近づいていた。
『泣きたい時は泣いて下さい』
『えっ』
どうしてあたしに・・・
それは、あたしがあなたに言いたかったこと。
『それでは、失礼いたします』
谷は、そう言って何事もなかったかのように式場から出て行った。
頬に冷たいものを感じた。
『あれ?あたし・・・』
いつの間に涙を流していたんだろうか。
そっか。
あたし以上に、谷はあたしのことをわかっているんだね。
ちょっとだけ、嬉しいよ。
翌日、さすけさんが火葬させる。
その時初めて顔を見た。
見ると、写真の時のさすけさんとあまり変わっていなくてほっとした。
<さすけさん。あたしはこの仕事の仲間入りをするのは本当は嫌だよ。
だけど、さすけさんの為にも頑張る。
それに、あたしには救いになってくれる人がいるんだよ。
さすけさん。安らかに眠ってください>
最後のさすけさんの遺体に、あたしはそう語りかけた。
谷はもっと色んな死を見てきたのかもしれない。
きっと、もっと仲間の葬式はあったに違いない。
ただ、お父様があたしに知らせたのがこれが初めてなだけで、谷はいくつもの死を見てきたのだろう。
そんな気がした。
『谷、家に着いたら剣術の練習するからね』
『かしこまりました』
お父様は仲間の人達とまた外国に行って、あたしは谷と車に乗っている。
あたしも、谷も、弱弱しいこと何て言っていられない。
この家系でいる限り、いつ自分達がさすけさんのようになるか何てわからない。
その為にも強くならなければならない。
大切な人を守るために・・・




