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さりげない優しさ


『お嬢様。今日からは剣術だけではなく、銃の練習も始めろ。と、旦那様からいいつけられまして・・・』

谷は少し申し訳なさそうな顔で言った。

しかし、谷はどんなことでも自分の私情を挟んだりはしない。

『そう・・・』

剣術は結構楽しかった。

本物の剣を使わなくても、剣道をしている感覚でいられたからだ。

しかし、銃となれば、ただのお祭りなどの射的や、射撃などと軽々しく言ってられない。

銃が上手くなると言うことは、人を殺すことができるということだからだ。

だけど、この家に生まれてしまったあたしに、拒否権などどこにもない。

あたしが立ち上がると、谷はただ業務を済ますようにあたしを練習場まで案内した。


『お嬢様、今日からはここで1時間行ってもらいます。銃がなれるまでの数日は剣術は練習しなくていいとのことです』

『そう』

本当は色々といいたいことがある。

だけどそれを谷に言ったところで何も変わらない。

ただ谷を困らせてしまうだけだ。

それだけはしたくない。だって谷の困った悲しそうな顔なんて見たくないから。


銃を眺めてから恐る恐る手に取ってみた。

手が震えるのを感じた。

ダメ。落ち着け自分。谷が心配するから・・・

あたしは自分にそう言い聞かせると、一度深呼吸をしてから銃を握り締めた。

初めての冷たくて、硬い金属の感触に眉を顰めながら、的に銃口を向けた。

これが何時か人間に向けることになると、考えただけでぞっとする。


銃口を向けてから、しばらく動けずにいた。

ロックを外すのも嫌だ。

しばらく何もできずにじっとしていると、手にぬくもりを感じた。

『えっ』

混乱していた頭は、状況を把握できないでいた。

今どうなってるの?

このぬくもりは?

疑問が出てくるが、このぬくもりが誰のものなか知っていた。

決して触れたことなどなかったはずなのに・・・

『お嬢様。力を抜いて下さい。的をしっかり見るのです。最初は銃の威力で手元が狂ってしまいますが、慣れれば大丈夫です。

私何かではお役に立てないかもしれませんが、勝手ながらお嬢様のお手伝いをさせていただきます』

谷はそう言うが早く、ロックを外すと、引き金に指をかけた。

『感覚で慣れて下さい』

その言葉が終わると同時に、銃声が響いた。

耳がおかしくなりそうなけたたましい音だ。

鼓動が早くなるのがわかった。

恐怖、限りない恐怖を感じているのだ。

こんな音はテレビの中だけで十分なのに・・・なのに・・・

涙がこみ上げてきた。

泣いたらダメだ。

泣くな。

自分を言い聞かせる言葉は、逆に追い討ちをかけているようで、視界が歪んできた。

『お嬢様』

そんな時に、耳元から谷の声が聞こえてきた。

その声はあたしの中に甘く響き渡った。

『大丈夫ですか?』

『大丈夫よ。あたしを誰だと思ってるのよ・・・』

いつもの強がり、いつもの意地っ張りな言葉も擦れてしまう。

誰が聞いたって弱弱しい声だ。

『そうですか。それでは、次は私が支えておりますので』

谷は心配するでもなく、淡々とした調子で言った。

谷が感情を見せないことはわかっている。

二人の間にそんなものなんて必要ないからだ。

そんなものが存在してしまったら、あたしたちはこの関係でいられなくなる。

それは絶対にダメ。

だから、あたしは谷に何も勘付かれないようにしている。

谷がどこまであたしのことをわかっているのかはわからないが、それでも気づかないフリをしてくれていればいい。

そうじゃなきゃ、あたしたちは一緒にはいられないから・・・


涙を堪えながら、あたしは引き金に指をかけた。

あたしには谷がついている。絶対に大丈夫。

そう信じて引き金を引くと、意外にも的に当たった。

真ん中からは程遠いが、始めてにしても中々のものだろう。


何をするにも負けてはダメだ。

何もかも完璧じゃなきゃダメだ。


小さい時から父に散々言われてきた言葉だ。

その言葉だけを胸に、あたしは勉強もスポーツもいつも一番をとっていた。

そして剣術だって中々の腕前になった。

だから、銃だって・・・


今までとは勝手が違う。

決して普通の人は触れない物だから?

そんな先入観を抜けばいい。

日本だけだ。アメリカでは銃何て誰だってもってるんだ。

そうに違いない。

自分の中で無理矢理に理由付けて、あたしはもう一度引き金を引いた。

さっきよりも真ん中に近づいた。


『あっ』

指からぬくもりが失われた。

大丈夫だって思われたんだろう。

谷は黙ってあたしから離れると、部屋の隅で黙って立っていた。


谷が見てるから・・・


今度は躊躇うことなく引き金を引いた。

「いたっ」

さっきとは違う出来事に、あたしは目を丸くした。

銃の威力に負けて、体が後ろに飛ばされたのだ。


そうか。さっきまでは谷が支えてくれていたから・・・


今度はこれに慣れろって言うことなのね。


意外にも冷静だった。

とにかく今は早く習得したい。

起き上がると、さっきよりも少し股を開けて踏ん張り、引き金を引いた。

後ろに仰け反りそうになったが、何とか堪えた。

だけど、それだけに意識を向けすぎて今度は的に当たらなくなってしまった。

これは銃に慣れるまでには時間がかかりそうだ。


そうこうしているうちに・・・

『お嬢様。1時間が過ぎました。本日の練習時間は終了となります。これから食事の支度をして参りますので、お嬢様はお風呂に入ってください』

『わかった』


谷はいつものように黙って着替えとタオルを取りに行った。

この家は決して谷しかいないわけではないのだが、あたしの世話を直接するのは谷だけだ。

小さい頃には他のメイド達をよく見かけていたが、中学になってからはほとんど見かけなくなった。

これもきっと、お父様が関係しているに違いない。

あたしの世話よりも、もっと大変なことをさせているに違いない。




湯船に浸かっていると、今日の疲れが抜けていくようだった。

あたしが気を張らなくてすむのは、お風呂に入っている時だけだ。

それ以外は家なのに、リラックスすら出来ない。

部屋にいる時だって、ベッドに入っている時だって休めない。

ずっとこのまま湯船に浸かっていられたらな・・・


その時、意識が何処か遠くにあるような気がした。

気のせいだろうか。


段々と・・・



『お嬢様?凪嬢様?』

谷?

『お嬢様!』

ぼんやりと頭の中で響いていた声が、どんどん近づいてくるのを感じた。

『お嬢様、大丈夫ですか?しっかりして下さい』

・・・『谷?』

目を開けると、そこには谷の心配そうな姿があった。

どうして、こんな顔してるの?

あたし何かしたの?

『お嬢様。大丈夫ですか?』

『えっ、何・・・痛っ』

起き上がろうとすると、頭が痛んだ。

確か、あたしはお風呂に入っていて・・・

段々と覚醒してきた頭で、状況を整理した。



『ってことは・・・』

自分の体を見ると、バスロブで包まれていた。

『た、に・・・』

『はい』

『ううん。何でもない。心配かけてごめん。あたしもう寝るね』

『承知しました。夕食は準備しておりますので、召し上がりたくなりましたら、お声をかけて下さい』

『わかった』

『それでは』

谷は平然とした表情で部屋を出て行った。

あたしも、中々に平常心を保てたと思う。

本当は、今にも叫びたい気分だ。

谷に、谷に裸を見られた!!




  *



初日はそんなこともあったっけ。

今考えても本当に恥ずかしい話しだ。

そして、その時は少しだけ落ち込んだりもした。

あたしの裸を見た後なのに、話すことに何の躊躇いもなく、ましてや恥ずかしげもなかった。

あたしのことをただのお嬢様にしか思ってない証拠だ。

今思い返しても、谷の優しさは執事だからか、あたしへの思いやりかわからない。

思いやりであってくれれば良いのにな。

『お嬢様。夕食の支度が出来ました』

『ひぇっ』

外から谷の声が聞こえると、あたしは過敏に反応してしまった。

全く、どうしてあたしだけが悩まなくてはいけないのだろうか。

だからって、谷に聞くことも、谷に思わせることも出来ないけれど・・・

本当に面倒だ。

いっそのこと嫌いになれたなら、どんなに楽なことだろうか。

けれど、あたしは何があっても嫌いに何てなれない。

谷はいつだってあたしの傍で、優しい言葉を投げかけてくれた。

そう、あたしのことを、本当の子供のように可愛がってくれたさすけさんが亡くなった時も・・・


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