同じ過ち
『沙耶嬢・・・』
男は話し終わると、感傷的になっていた。
『あんた、それって怒りの矛先間違ってるでしょ?谷じゃなくて、谷たちを狙った奴らでしょ?
そりゃ、その奴らは谷にもう殺されたかもしれない。
だから、もうこの世にはいないから谷に恨み晴らそうって?馬鹿だろ。
一番憎んで、一番悲しかった人は誰だと思ってるの?谷が殺したわけじゃないんでしょ』
男は我に返ったようにあたしを見ると、何もわかってねえ。とでも、言いたげな顔で睨んできた。
『凪・・・』
谷が宥めるように名前を呼んだ。
視界が少しぼやけてきた。
ヤバイ。
我慢してたのになあ・・・
後ろに下がると、それと入れ替わるように谷が男に近づいた。
『斉藤さん。あの時のことは本当に・・・謝っても仕方がないと思っております。
私も、沙耶を、沙耶さんをあんな姿にしてしまい。
言い訳をするわけではありませんが、あの日沙耶をあの場にいさせるつもりではありませんでした。
沙耶が来るなど思ってもいなかった。それに、沙耶があのことを知るはずもなかったんです。
それなのに、沙耶はあの場に来てしまった。私も何が何だかわからず、必死に沙耶をお守りしました。
ですが、力及ばずで・・・』
『谷健司・・・それは、どういうことだ?』
男、基斉藤は訝しげに聞いた。
『私は沙耶には危険に巻き込まぬようにと、何一つ教えておりません。
それに、感ぐれるはずもないのです。違和感はありました。しかし沙耶が死んでしまった今となっては、もうどうでもいいことだと思い、
調べることもしませんでした。斉藤さん、あの時は何も出来ずに本当に申し訳ありません。
私もただの廃人でしたので・・・』
谷は悲しげに言った。斉藤に合わせたのではなく、全部谷の本心に違いない。
自分の大切な人を目の前で殺されて、正常でいれる人などいないのだから・・・
『谷健司・・・そうか。いや、なんだ。本当は俺だってお前を恨んだって仕方のねえことぐらいわかってたんだ。
でも、そうしなきゃ・・・誰かを恨まなければ俺は生きていけなかった。きっと沙耶が死んだあの日に、いやもっと俺が正常になってから・・・
いや、俺は今でも正常じゃねえが、確実に言えるのは今ここにはいなかったってことだ。
それがお前を恨むことっていうのは、お前には悪いことだってわかってる。
だけど、俺はそれを悪いことだって思えなかったんだ。お嬢は天国で俺に怒ってるんだろうなあ。
何で私の大好きな人のことを恨んでるんだ。って・・・お嬢は死ぬ前に言ってたんだ。お前のことを紹介したかった。ってな。
お嬢は死ぬことも覚悟で、お前の元へ言った。よっぽどお前に惚れてたみてえだな』
斉藤は話しながら、涙を何滴も何滴も流していた。
『お前にもっと早く出会いたかったぜ』
斉藤は持っていた銃をこめかみに当てた。
『斉藤さん!』
谷は叫ぶと、躊躇うことなく斉藤の銃目掛けて撃った。
さすが谷だと言うべきか。斉藤を傷つけることなく銃だけを撃ち飛ばした。
『斉藤さん!』
駆け寄ろうとした谷に向かって、何かが向けられている。
あたしはその方向を見ていなかったはずなのに、谷の危機を察した。
あたし達は長すぎるぐらいに一緒に人生を共にして、長すぎるぐらいにお互いに片思いをしていて、だからお互いに相手のことがわかるようになっていた。
谷、最後にあたしのことを受け入れてくれてありがとう。
本当に谷のこと大好きだよ。
ドキュン!
『お、おじょう・・・さま?』
完全に斉藤に意識がいっていた谷は、銃声で振り返った。
そこにあたしが倒れ込んでるなんて、なんてお笑いなんだろう。
これじゃあ、本当に沙耶って人とおんなじ運命になったね。
『はっ、てめえが悪いんだ。てめえがわりいんだよ!お嬢様が死んだのも、この女が死んだのも全部てめえがわりいんだ!
お嬢様は俺を裏切った。俺の気持ちを裏切った。だから危険な場所を教えてやったんだよ!はははは』
頭の中でうるさいぐらいに男の言葉が響き渡った。
ああ、頭ガンガンする。
何も考えられないよ。
『お前が、お前が沙耶を!凪を!うわぁぁぁぁぁ!』
これは本当に谷の声だったのか。
頭がぼやけているからおかしく感じるのだろうか。
こんな谷初めてだ。
視界はぐらぐらと揺れていて、段々と暗くなっていった。
ああ、もうダメなんだね。
それから幾らかサイレンサーの音が聞こえた。
そして、少ししてから谷が近づいてきた。
『お嬢様。凪、凪お嬢様』
谷が抱えあげてくれても、もうあの時のように谷のぬくもりは感じられなかった。
全身が熱く熱を持っているようだ。
谷、谷・・・名前を呼びたいけれど、声を出すどころか、指一本動かせなかった。
『凪を沙耶と同じ目に合わせてしまうとは・・・だから、私は凪に想いを伝えてはいけなかった。
それなのに、私は・・・』
顔に何かが伝い落ちてきた。
冷たかった。
何も感じないはずだったのに、涙の温度だけはわかった。
『凪・・・私を愛してくれてありがとうございます。凪・・・』
谷はあたしを抱きしめた。
何も感じないはずなのに、抱きしめられる感覚は鮮明に覚えていたようだ。
背中に腕をまわしたかったけど、力が入らなかった。
あたし、谷のことちゃんと愛せたのかな?
『た・・・に』
『凪、凪!』
掠れたような声がかろうじで振り絞られた。
『あり・・・とう。すき、だっ・・・よ・・・』
谷の声が何か聞こえた気がしたが、そこからあたしの全ての感覚が失われた。
最後にあたしは、ちゃんと谷に想いを伝えられただろうか?
*
『わたくしも・・・凪、好きです。大好きでした。愛しております』
凪は何の憎しみもないように、綺麗な顔でゆっくりと目を閉じた。
『また同じ悲劇が起きてしまった。全部俺の仲間がやらかしたことだとはな・・・』
斉藤さんは誰に言うでもなく、呟くように言うと、よろよろとした足取りでこの場を後にした。
斉藤さん。
あなたの気持ちがわかりました。
凪を抱えたまま草原の奥にある川を超え、どんどんと進み海に辿り着いた。
『凪、一人だけ行かせるわけには参りません。私達は一緒にいすぎました。しかし、私は長い間に一緒にいたにも関わらず、
凪の考えていることはあまり理解できていなかったように思います。
いいえ、わかっていても私の注意が向いていなかっただけなのかもしれません。
凪の想いを知りながら今までわからない振りをして申し訳ありませんでした。
しかし、これからは誰の邪魔も、何を気にすることもなくずっと一緒にいられます。
だから凪、安心してください』
冬の海はとても冷たいはずなのに、お嬢様のぬくもりで私は少しも寒くありませんでした。
もうぬくもりを感じられるはずがないのに・・・




