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顔を操作し、家を出よう

作者: レイアクト

変な小説を書いてしまった、と自分でも思います。

分量も結構長くなっちゃったし……。


最後まで読んでくれる奇特な方がいることを願って。

 私は自分の顔があまり好きじゃない。

 腫れぼったい頬の肉。垂れ下がった目じり。コントの小道具のように膨らんだ鼻。全てがアンバランスで、美しさとは程遠い顔をしているのが私だ。

 そんな私に彼氏など出来るはずもなく、恋人という甘い関係になれた男性は皆無。顔のせいで人生を損していると断言してもいい。

 さらに腹立たしいことに、私の両親は今の状況を大変喜んでいる。

「ちえがずっと家にいたら嬉しいねぇ」

「ちえがいるだけで私たちはずっと幸せだよ」

 ちえとは、私の名だ。私の両親は、娘が結婚して家を出るということをあまり望んでいない。一人っ子である私のことを小さい頃から溺愛していて、大人になった今でもその態度は変わらないでいる。両親にとって私は、いつまで経っても手のかかる子供のようなものらしい。

 もちろん私は両親が思っているようなダメな大人ではない。社会的規範は十分に身につけているし、家事も一通りこなせるし、その気になればすぐ一人暮らしに移行できる。その行動を阻んでいるのは、両親の異様なまでの過保護っぷりなのである。

 私が家を出ようとすると、両親は激昂し、必死に引きとめる。

「私たちには、ちえしかいないんだ」

「家を出て、私たちを孤独死させるつもりかい」

 まるで、私が親との縁を切ろうとしているかのような言い草だが、私は一人暮らしをしたいだけである。だがその度に、両親の必死の説得に見舞われ、根負けし、実家暮らしに戻るという過程を繰り返している。

 両親との暮らしは確かに楽だし、心のゆとりもでき、落ち着く。だがこのままではいけないという思いが日に日に増えていく。何か行動を起こさないと、両親がいなければ何もできないダメ人間に本当になってしまいそうだった。

 そのためにすべきことは、まず彼氏を作ることである。それも結婚を前提にした付き合いが可能な人を探さなければならない。結婚し、彼と一緒に暮らすことになれば、いくら両親でも私を引きとめることは無いだろう。

 そして、異性との付き合いに手を伸ばすには、まず男性との交流を持たなければならない。その交流を持つためには、顔をどうにかしなければならない。

 連鎖的にその結論に至った私は、整形外科に赴き、顔を少々いじることにした。俗に言う『プチ整形』である。

 まずは試しにということで、目を二重にしてみた。手術と言えるのかも分からない施しは、わずか数分で終わった。

 私の目はびっくりするくらい簡単に二重になった。これなら他人に「疲れてるの?」と言われることも無くなりそうだった。

 私の顔の変化に両親はいち早く気づき、

「可愛くなったねぇ」

「綺麗だよ、ちえ」

 と手放しで喜んでくれた。顔をいじるという行為に、否定的ではないようだった。

 その日をきっかけに、私は『プチ整形』にはまり込んだ。私の顔にはいじる箇所がたくさんあった。まず異様に目立つ鼻のふくらみをしぼませる。頬骨のエラを削り取る。目尻の肉を少し切って、目をパッチリさせる。一つずつ、顔のマイナス箇所を改善していって、自分でいうのもなんだが、私は少しずつ美しくなっていった。

 両親の反応もだんだん変化していった。

 私の顔が美しくなるにつれ、渋い顔をするようになってきたのだ。自分の娘の顔が変化していくことに嫌悪感を抱いているようだが、本質は微妙に違う。娘が美しくなることで、男たちが寄って来て、私の外に出る機会が増えることを、両親は快く思っていないのだ。

 実際、顔をいじった後は、男性に声を掛けられる機会が増えた。会社の同僚から合コンの誘いも受けた。その席で気になる男性を見つけたし、メールアドレスを交換することもできた。整形後、私は着実に実家からの脱出ステップを歩んでいた。


 あくる日、また顔の一部を『プチ整形』した私を見て、両親が久しぶりに喜んでくれた。

「また一段と可愛くなったねぇ」

「うむ。いいんじゃないかな。どんどん整形しちゃいなさい」

 先週『プチ整形』をした時とは間逆の反応だった。それはつまり、男とくっつき、家を出ることを何よりも恐れていた両親が、私の一人立ちを認めてくれた瞬間だった。顔を可愛いと言われたことも嬉しいが、それよりも私の自立を暗に認めてくれたことが何よりの喜びだった。

 そして『プチ整形』で顔をいじるごとに、両親は「可愛い」「さすが私の娘」「止まることを知らない美しさ」などと拍手喝さいを繰り返す。

 だがそれに比例して、男性に声を掛けられる回数が減っていった。合コンにも誘われなくなった。意中の男性からのメールの返信も滞ってきた。両親の賛美が増すたびに、私の目論見がずれてきている気がした。

 そして数日後。私は分かってしまった。鏡台の前で化粧直しをしている時に、私の顔が劣化していることに気付いたのだ。

 頬はパンパンに腫れ、目はぎょろりとカメレオンのように飛び出し、鼻は無残に変形している。『プチ整形』のやりすぎによる顔の変調であった。

「お母さん! 私の顔がおかしくなってること、どうして教えてくれなかったの」

 私は両親に直訴した。「可愛い、可愛い」とうそぶいて、私の『プチ整形』に拍車をかけたのだ。責任の一端を担っているといっても過言ではない。

「何言ってるのよ。ちえが可愛いのは本当のことでしょ。たとえ顔が変わってもね」

「そうそう。どんなに姿形が変わろうとも、ちえは私たちのちえに間違いないんだから」

 ハハハハ、と共に笑う両親を見て、私ははめられたと悟った。顔の劣化に気付きながらも指摘しなかったのは、私から再び男性を遠ざけるため。そして外に出られない顔になった私と、出来る限りの間、家中で過ごすための作戦だったのだ。

 両親の目論見通り、私は以前よりも他人に見せられない顔になってしまい、会社も辞め、一日中家で過ごすようになった。生活面でも両親の収入に頼る他なく、自立することもままならず、将来的に完全に詰んだ状態になった。


 だが私は諦めなかった。

 両親との別居を。夢の一人暮らしを。意中の人との結婚を。志半ばで諦めるわけにはいかなかった。

 私はなけなしの金を全て株に突っ込んだ。最後は一獲千金のギャンブルで返り咲きを果たすつもりであった。

 私の情熱が届いたのか、株による売り買いは順調に行われた。売って、買って、売って、買って。自宅のノートパソコン内での株の取引で、僅かながらの残金がうなぎ登りに上昇していく。

 紆余曲折あったが、結果的には一億の金を手にすることができた。


 そして私の夢への第二ステップ。この一億の金を手にして私はインドへと飛行機を飛ばした。そこで世界最高峰の顔面手術を受けるためだ。もう『プチ』なんて生易しいものじゃない。本格的な手術である。

 インドの地に足を着け、私は整形外科手術を受けるためにフォーティス病院に向かった。

 病院内に入った私は、さっそく世界最高峰の医療技術を持つ医師と対面する。すると彼は、私の顔を見るなり、

「オーウ、ジーザス!」

 と呟いた。最高の医療技術者でも私の顔を直すのは無理なのかと落胆しかけるが、医師が驚いたのは私の見た目がとても庶民的だったからだそうだ。一億円という大金をかけての手術なので、驚くのも無理はない。

 私は一枚の写真を医師に渡した。そこに写っているのは、世界ナンバー一のモデル兼女優の『シンシア・メアリー』だ。端正な顔立ちで世の女性たちから羨望の眼差しを注がれる女優。

 一世一代のチャンスなので、私は顔を根本的に変えることにしたのだ。

「私の顔を彼女のようにしてください」

 とお願いした。もちろん英語で。

「いいよ」

 と医師は簡単に了承した。もちろん英語で。

 そして手術はたった数時間で終了した。

 数日後、皮膚が安定してきたので、顔を覆っていた包帯を丁寧に回し取っていく。そして鏡の前に現れた顔を見て、私は思わず声を出した。

「うわあ。凄い」

 私は生まれて初めて奇跡というものを目の当たりにした。鏡の前に『シンシア・メアリー』が座っていたからだ。正確には自分自身が。

 神の手を持つと評される医師に目一杯のお礼を言い、私は日本へ戻った。

 目指すは最終目的地。私の実家だ。


 『シンシア・メアリー』の顔を手に入れた私は、久しぶりに日本の地を踏んだ。

そしてさっそく実家へ赴き、なんのためらいもなく玄関のチャイムを押す。ピンポーンと鳴り、「はーい」と母親の声が響いた。

 両親は私の顔を見てきっと驚くだろう。外人の顔立ちになっているので驚かなくては困る。そして娘の面影がない私との距離が微妙に開いて、あまり干渉しなくなるだろう。過保護さも無くなり、私の一人立ちに反対することもなくなるに違いない。そう、世間一般の親と子の関係に矯正されるのだ。私は早く反応が見たくてウズウズしていた。

 そして両親が揃って玄関の戸を開けた。私の顔を見て驚いている。さあ、どんな第一声を掛けるのか。

「まあ。『シンシア・メアリー』じゃないの」

「おおっ。本物だ。女優さんだぞ女優」

「凄いですねえ。世界的な女優がこんな田舎の家に。どうしたんですか、道に迷ったんですか」

「家に入ってお茶でもどうですか。紅茶はありませんが、日本の緑茶もいいものですよ」

 外人相手に怒涛の日本語を投げかける両親の凄さに圧倒されるが、私だと気づいてもらわなければ先に進めない。

「私は『シンシア・メアリー』ではありません。あなたたちの娘のちえです」そう説明すると、両親のテンションは更に上昇した。

「ちえ! お前ちえなのか! もの凄く美人になったなあ」

「さあさあ。一緒に家でご飯を食べましょう。積もる話もいっぱいあるでしょう」

 私の予想を裏切り、両親がなんの戸惑いもなく家に招き入れようとするので、私は思わず両親の手を振り払った。

「ちょっと。どうしてもっと驚かないのよ。なんでもっと困らないのよ。私が『シンシア・メアリー』になったのよ。超絶美人になったのよ。きっと男どもが寄ってくるし、お母さんやお父さんと会う回数も減ってくるわ。なのにどうしてそう平然と受け入れてくれるのよ」

 私は勢いよくまくし立てる。すると、両親は初めて困ったような表情を浮かべた。

「いやしかし、ちえ。お前、その外見を何とも思わないのか」

「えっ。外見?」

「ああ。確かに顔は世界でも指折りの美貌を伴っているが、その下の、身体はその、日本人らしい胴長短足のままで、なんか、とてもアンバランスだぞ」

「ええ。とても気持ち悪いわ」

 母親の言葉がストレートに突き刺さる。

 私は改めて自分の外見を眺める。確かに、身長百五十五センチの自分が『シンシア・メアリー』の顔を持つのは大変バランスが悪く、率直に言って自分でも気持ちが悪い。

理想の顔を手に入れたことに有頂天で、身体全体のバランスにまったく気が付かなかった。顔だけでなく、足の骨を伸ばす骨延長手術もすれば良かったのだ。

 取り返しのつかないことをしてしまい、私は頭を抱える。

「さあさあ。とにかく顔を上げて。中に入りましょう」

「顔がいくら変わっても、私たちはお前の味方だぞ」

 両親は相変わらず、私を温かく迎えてくれる。それだけが唯一の救いだった。


 とりあえず、今後は『シンシア・メアリー』のものまね芸人として食っていくことにしよう、と将来設計を少し変更してみる私だった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 親がかなりスゴイね(笑) 一切のとまどいがないのがいいよね。 話しがコロコロ変わっていくから 世界一周させられた気分になったよ。
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