第7話 エンカウントスシバトラー④
前回のあらすじ:
敵の卑劣な罠でマグロの中トロVS赤身になり、値段不利の赤身を握ることになった鳥路さん。ボウルに張られた氷水の正体とは……
◆◆◆
「その氷水で一体何をする気なんだ鳥路さん……!」
俺の疑問に答えるように鳥路さんが動き出す。
鳥路さんはパックに入ったマグロの赤身を取り出して……を氷水に入れた。え? 終わり?
「おいおい! 刺身を水洗いしたら旨みも水分も抜けて不味くなるって学校で教わらなかったのかぁ? 所詮歴史の浅い北海道のスシバトラーか! 話にならねぇな!」
根木さんは既に握り終え余裕の表情だ。なぜか俺の目の前に置かれた寿司げたの上には根木さんの握った中トロの寿司が置かれていた。確かに綺麗な仕上がりだけど……鳥路さんの握った寿司に比べると『圧』を感じない、普通の寿司に見える。
「審査員さっさと食えよ! 転校生と多少仲が良いみたいだがスシバトルに私情を持ち込むなよ! 味だけで評価しろ!」
「い、いただきます」
なぜ俺が審査員なのかという所から話をしたいが、鼻からそのつもりだ。
中トロの寿司を用意されていた醤油につけ口に入れる。
……程よく乗った脂とマグロの味わい。中トロとしての強みが良く出た寿司だと思う。ただ、まぁ、高いと言ってもスーパーのやつなので少し臭みがあるような……美味しいけども、こんなものかという寿司だ。
「おい、何渋い顔してんだ」
「いや、普通かなぁって……」
ざわつくギャラリー。なんだ?
「根木さんは校内でも屈指のスシバトラー……その寿司を普通とはあなた相当舌が肥えているのね」
隣の解説のメガネの女子が根木さんのレベルについて教えてくれた。
「一般家庭だし、別にグルメとかそういう生活をしてるわけでもないんだけど……」
その時、鳥路さんが動いた。氷水から赤身を取り出す。水に少し浸かっていたからか、パサパサしてそうな外観から少しみずみずしく鮮度が良くなったように見える。
鳥路さんは取り出した赤身をクッキングペーパーで包み水分を拭き取る。
「恐らくあの氷水はブライン溶液……! 塩や砂糖を溶かした水にマグロを漬け、浸透圧を利用することで乾いたマグロを復活させたのでしょう!」
解説の人ありがとう。
鳥路さんが赤身を寿司ネタ用に切り分ける……やはり所作が美しい。根木さんも鳥路さんの技術力に気づいたのか、額に僅かな汗を流した。
「寿司は素材の鮮度が命、同じ鮮度なら美味いネタが勝つ。この私が負けるはずがねぇ!」
「……寿司ネタに貴賤なし」
鳥路さんが握りの工程に入る。
騒がしかったギャラリーが静かになる。鳥路さんの握りの技術はやはりレベルが高いのだろう。俺もこれで二回目だが、やはり素人目で見ても美しさや気品を感じる動作だと思う。
鳥路さんは寿司げたの上にすっと赤身の寿司を置いた。
「な、なんだこのスシ圧は!?」
「こ、これが謎の転校生! 成金寿司を破壊した寿司!? 私もここまでの寿司は見たことがありません!」
スシ圧って何? あと成金寿司の店舗は無傷のはず。
しかし、言わんとすることは理解できる。根木さんの寿司とは格が違う。静かなる闘志、誇り、寿司への愛が鳥路さんの寿司から溢れている。
「……いただきます」
しかし、いくら鳥路さんと言えどスーパーのマグロで美味い寿司が握れるとは……
そんなものは杞憂であった。まず、口に入れた瞬間感じたのはマグロの旨みのみ。
そう、臭みを感じられなかったのだ。さらにパサパサだったとは思えないほど鮮度が復活している。ブライン溶液でここまで変わるものだろうか。
「う、美味い! 本当にスーパーのマグロなの!?」
「塩によって臭みを消し、砂糖によって水分を保持させる。スーパーのマグロも工夫をすればそれなりの味に戻すことは可能」
「ば、バカな……! 鮮度だけの道民のスシバトラーのくせに!」
どういう偏見だよ根木さん……
「……私はスシバトラーじゃない。美味い寿司を求めて……自分でも握るようになった素人」
「な!? それだけの寿司で素人だと!? 嘘を吐くんじゃねぇ!」
「山本くん、勝敗は?」
「へあ!?」
鳥路さんに話を急に振られて変な声が出る。前もそうだけど、急なんだよ。というか名前で呼んでくれた。ちょっと嬉しい。とにかく今は勝敗についてだ。
「え、ええっと……根木さんの中トロは良くも悪くもスーパーの中トロでしたが、鳥路さんの赤身はスーパーのものとは思えないぐらいの寿司でした。味については好みが分かれてしまいますが……技術や気遣い、そして、握りの美しさの点では鳥路さんが圧倒していたと思います。だから俺はこの勝負、鳥路さんの勝ちだと思います」
沸き立つギャラリー。どうやら俺の意見と同じだったようだ。みんなは寿司を食べていないけど、味では評価できない部分で鳥路さんは圧勝していたのだ。
「くっ! 私の負けだ!」
色々と褒められる戦い方じゃなかったような気もするけど、素直に負けを認める根木さんに少しばかり感心した。成金寿司の大将もそうだったけど、スシバトルの勝敗というのはそれだけ重要な意味を持つのだろう。しかし、なんで俺がその勝敗を決めなきゃならないんだ?
鳥路さんがゆっくりと根木さんの方に近づく。
「……自称素人に負けちゃ何も言えねぇ、何が望みだ、鳥路英莉」
スシバトルの敗者が勝者の言うことを聞くのは共通ルールらしい。
「栄寿司の寿司が食べたい。美味しいんでしょ?」
予想していた要求と違うものが来たらしく根木さんの目が丸くなる。
そして、根木さんは大きな声で笑った。
「ははは! 私はともかく、親父の寿司は美味いぞ! 私が保証する! 気に入ったぜ、鳥路! ようこそ、桶ヶ丘高校に!」
根木さんの差し出した右手を迷いなく握る鳥路さん。スシバトラー二人の熱い握手にギャラリーは祝福の拍手をしていた……一応、俺も拍手しておくか。
結局この勝負を通してもスシバトルが何か良くわからなかったけど、スシバトル後のこの爽やかな空気はとても好ましいものではあると俺は思った。
◇◇◇
エンカウントスシバトラー おわり
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こちらの作品はカクヨムからの転載版です。




