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第42話 レイジアゲインストバッドスシ⑤

前回のあらすじ:

鳥路さんと松風先輩の二回目のスシバトルが始まる。


◆◆◆


 鳥路さんと松風先輩、まさかこんなすぐに再戦することになるとは……前回と違うのはほとんどギャラリーがいないこと、その見守っている人選も松風鮨の店員の人達と寿司同好会のメンバーだけ。布の擦れる音が耳に入るぐらい静かなスシバトルだ。

 鳥路さんは逃げ出した三下の包丁を使おうとしていたが手入れが行き届いてなかったらしく、現在包丁を研ぎ直している最中である。今は松風先輩が大トロのサクを切ろうとしているところだ。


「大トロって握りの技術以外に差が出る部分はあるんですか?」


 二人の実力がほぼ互角なことを考えるとこの大トロ対決はどこで勝敗が着くのか正直想像がつかない。素直に俺は司先生に争点を聞くことにした。


「ほとんど無いと言っても良いけど……筋をどうするか、で差がつくでしょうね」


 筋……ピンク色の身の間にある白い部分か。俺自身、大トロの経験はあまりないけど、一般的に筋は口に残りやすいはず。そこをどのように処理するかで差が生まれるんだな。

 松風先輩の切り方は……写真でよく見る縞模様が入る感じの大トロだろうか。

 松風先輩は一貫分のネタを切り終えると、さらに素早く筋を断ち切るように包丁を入れる。大トロはギリギリで裁断されずに繋がっており、松風先輩の技術の高さだからできる技だ。普段ならギャラリーが盛り上がりそうな光景だけど、皆静かに寿司が握られていく様子を見守っている。

 鳥路さんが動き出す。大トロのサクを手に取り、包丁は……筋に沿うように切り取っている! 松風先輩と違う!


「はがし! 鳥路さんは筋をそもそも取り除く方法を取ったわね」


 司先生が鳥路さんの切り方に解説を入れてくれた。

 他人の包丁を使っているとは思えないほど、大トロから綺麗に筋だけが向かれていく。剥かれた筋には殆ど身が残っていない。この人もすごい技術力だ……!

 鳥路さんが握り始めるのを見て、松風先輩も握りの工程に入る。本手返しの鳥路さん、小手返しの松風先輩。見比べると確かに手順に差があることがわかる。

 二人の完成品はほぼ同時に親方の前に置かれた寿司げたの上に置かれた。

 筋の有無でここまで見た目に差が出るのか……味にも当然影響は出るだろう。


「……高校生とは思えないレベルの高い寿司だ。君はどこかの寿司屋で修行をしていたのかね?」


 鳥路さんの寿司を見て親方が鳥路さんの出自を問う。


「動画を見て覚えただけ」


 そう、鳥路さんに師匠はいない。強いて言うなら動画サイト……それだけで寿司が握れるようになるとは俺だって思わない。きっと鳥路さんは天才の類の人間なのだ。


「なるほど……では、頂くとしよう」


 親方は鳥路さんの寿司を口にする。味わうように目を瞑り、言葉を選んでいるのだろう。


「美味しい。筋を取り除いたことで大トロの純粋な旨みを味わえる寿司だ。三下も逃げ出すわけだな」


 邪魔となる筋を取り払ったことで純粋な味で勝負できていると言うことか。だとすると筋の処理をしたとは言え筋がついたままの松風先輩は不利になるのでは?


「次は娘の寿司だな……」


 親方が松風先輩の寿司を口に入れる。少し険悪な関係だったはずだけど……そこは勝負に影響しないのだろうか。この親方がそんなことするような人には思えない。結局三下が全部悪いだけの話だったはずだ。


「……」 


 食べ終えたはずの親方はなかなか言葉を口にしない。悩んでいるのか、すでに勝敗が決まっていてそれを口にするのを恐れているのか。

 息を呑んで評価を待つ松風先輩、ただ静かに親方の顔を見る鳥路さん。 

 

 時を動かしたのは……言葉ではなく、親方の目から溢れた涙であった。


「お、お父さん?」


 誰もが想定していなかった涙。一番驚いたのは松風先輩であろう。


「……親父の寿司にそっくりだ……」


 親方のお父さん……ということは松風先輩のお爺さん、先代の親方か!

 その味に似ているという評価は松風先輩が松風鮨を受け継いでいるということに違いない! 松風先輩にとってこれ以上ない褒め言葉ではないだろうか!


「……もう、他の人が見ているのに、泣かないでよお父さん」


 松風先輩がハンカチを取り出して親方に手渡す。なんというか二人の親子としての関係を見ることができてホッとした気持ちになった。


「すまん……」


 親方はハンカチで涙を拭うと、すぐに寿司屋の親方の表情に戻った。


「娘の寿司も美味しかった。筋がもつ歯応えと旨み……それを味わえる寿司だった。隠し包丁での筋切りも良くできていて、筋が口に残り続けることもなかった」


 良かった。筋があっても高評価だ。だとすると勝敗を分けるのは……純粋な握りの技術。素人目で見て差があるとは思えない。親方なら些細な違いも言い当てることができるのだろうか?


「……私の負けね」


 鳥路さんが負けを認めた!? なんで!? その場にいた全員が驚いた表情で鳥路さんの方に振り向く!


「同情する気持ちでそう言ったのなら失礼なことよ、鳥路さん」


 松風先輩は厳しい表情で鳥路さんを睨む。鳥路さんは……ゆっくりと首を横に振った。


「私の寿司は松風鮨の寿司じゃない。それにこの大トロ……質の良い部位で筋は取り除くほど固くはない。私は食材の良さを信じて調理しなかった……負けの理由としては十分でしょ?」

 

 鳥路さんが剥がしていた筋がまな板の上からいつの間にか消えていた。いつの間に……

 鳥路さんは負けたというのにどこか晴れやかな表情で親方と松風先輩を見ていた。


 もしかして、鳥路さんはこうなることをわかった上でスシバトルを……?

 

「あんたに言われるまでもない……うちは良いマグロを仕入れているからな。この店ではうちの娘の方があんたより上だ、鳥路さん」


「お父さん!」


「この勝負……俺の娘、松風琴音の勝ちだ!」


 いつもよりも控えめな拍手。でも、いつもよりも気持ちが温かくなる拍手だ。

 昨日のスシバトルでは感じられなかった感情が今日のスシバトルにはあった。

 涙を滲ませながら笑顔で抱きしめ合う親子の姿を見て俺はそう思った。


 ……鳥路さんはきっと松風先輩の心の闇を払いたかったのだろう。

 これが鳥路さんのスシバトル……鳥路さんの寿司の形なのかもしれない。


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◇◇◇

こちらの作品はカクヨムからの転載版です。

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