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第38話 レイジアゲインストバッドスシ①

 鳥路さんと松風先輩のスシバトルの翌日、土曜日のお昼時。俺達寿司同好会は松風鮨に訪れていた。成金寿司や栄寿司とは異なる高級感のある空間は俺のような一般高校生が簡単に来られるような雰囲気ではなかった。そんな場所に俺達が来れているのは鳥路さんがスシバトルに勝ったおかげである。


「いらっしゃいませ。カウンター席へどうぞ」


 松風先輩が寿司職人の着ている白い服装で出迎えてくれた。不思議な感覚だが似合っていると思う。

 案内されたカウンター席に、司先生、賀集さん、鳥路さん、俺といった並びで座る。目の前に広がる寿司ネタのショーケースには鮮度以上にお値段が凄そうなものが並んでいた。

 そのショーケースを目を輝かせながら眺めている鳥路さん、それを見てやれやれと溜め息をつく司先生、さらにそれを受けて苦笑いする賀集さん。そして高級店で緊張する俺。そんなまとまりのない俺達の前の板場に松風先輩が立つ。その手には丁寧に布か何かで包まれた何かを持っている。

 

「ええっと……一応私の練習ということでお代は頂かないけど、代わりにお出しするものは私が選んでも良いですか? リクエストがあれば差し替えますが……」


「シャコ!」


 鳥路さんが元気よく右手を挙げてリクエストをした。やっぱり食べたかっただけか……


「私にシャコで勝っておいて良くもまぁ……」


「あんなのは寿司屋で作る寿司じゃない。私は松風鮨の寿司が食べたい」


 あんなのって……まぁでも普通のお寿司屋さんでシャコに特化したツメを用意したりそのためにシャコを大量に仕入れるのはちょっと難しいのかな? 少なくとも安定供給は厳しそうだ。


「全く……ふふ。よし、とりあえずたいから握りますね」


 松風先輩に笑顔が戻った。スシバトルを終えた今、鳥路さんと松風先輩は単なるスッシーフレンドに戻ったというところだろうか。

 松風先輩が持っていた布から取り出したのは鯛のサクのようだ。水分がちょっと抜けてるけどパサパサしてる感じはしていない。

 再び間近で松風先輩の握りを見ることになったが、やはり鳥路さんに近い舞いのような無駄のない動きだった。見惚れている間に次々と俺達の寿司が握られていく。

 当然、その味も絶品であり、鯛に始まり旬のネタの数々、そしてシャコの寿司は学校で食べた時よりも美味しく感じた。

 鳥路さんが文句も言わずに美味しそうに食べているんだから、やはり松風先輩の寿司は素晴らしいものであると俺は改めて思った。松風先輩は勝負にこそ負けたが、その理由は不味いからとかではない。鳥路さんがスシバトルの一瞬だけ、松風先輩を超えていたのだと思う。ルールや心境など色々な要因はあったと思うけど、俺はそう感じた。


「やっぱり琴音さんの寿司は美味しい!」

 

 賀集さんが満面の笑みで松風さんの寿司を褒め称える。


「結構前に松風鮨で食べたことはあるけど……親方の寿司と大差はないように感じるわね」


 司先生は親方の味を知っているのか。それと変わらないと言うんだから凄いことだと思う。俺も食べてばっかいないで会話に混ざろう。


「スシバトルの時は緊張で気が気じゃなかったんですけど……こうして改めて松風先輩の寿司を頂くとやっぱり美味しいです!」


「ありがとうございます……そう言って頂けると嬉しいです」


 言葉とは裏腹にどこか浮かない表情の松風先輩。俺の褒め方が良くなかったか? もっとグルメレポーターみたいな気の利いたコメントができれば良かったのだけれど……


「おいおい、お客さん! 琴音の嬢ちゃんの寿司で満足かよ! 見たところ学生とその担任か? 本物の松風鮨の味はそんなもんじゃねぇぜ!」


 誰だ? 声の方を見ると体格の良い男性が松風先輩の隣に立っていた。


「接客中ですよ、三下みつしたさん」


 苗字呼び……ということは松風先輩のご親族じゃないのか。松風先輩から笑みが消え、三下という男を睨みつける。


「ここでは俺のことは親方と呼べと言ってるだろ、お嬢さま」


 お、親方!? 店主は松風先輩のお父さんとかじゃないのか!?


「松風鮨の親方は松風まつかぜ誠司せいじ……琴音さんのお父様のはずでは?」


 司先生は過去の松風鮨を知っているはずだ。ということは、琴音さんのお父さんはすでに引退されているのか!?


「……父は右腕の骨を折る怪我を負ってしまい現在休養中です。この男は父が復帰までの間の代理です」


 なるほど……しかし、それなら親族で技術もある松風先輩が代理を務めるべきでは? いや、学生だから無理なのか。


「お嬢さまは俺がトップに立つのが嫌で勝負を挑んできたが、俺は返り討ちにして今この場にいる! その意味がわかりますかな?」


「……くっ、どうして私はこんな男に……!」


 まさかスシバトルでもしたのか? しかし、松風先輩が負けるということはこの親方の寿司の技術は相当なものなのだろう。でも、それならどうして松風先輩は嫌悪感を露わにしているんだ!?


「負け惜しみは良くないですなぁ、お嬢さま! あなたのお父様の意を無碍にするおつもりで?」


「父はあなたを見誤っている!」


 これか! 賀集さんの言っていた松風先輩とお父さんの喧嘩! この三下という男が原因!

 松風先輩と三下の言い争いで和やかな空気が一変し、重々しくなってしまった。

 まずい……これは、鳥路さんがキレかねない!

 そう思った瞬間、鳥路さんが右手をスッとあげる。


「鯛」


 鳥路さんはそれだけ言って左手でお茶を啜る。


「え? 今から? 構わないけど……」


 すでに濃いめの寿司を食べた後で白身に戻るのはセオリー無視ではある。そもそも最初に食べたネタだし……


「大将の握った鯛が食べたい」


 鳥路さんが三下の寿司を要求する。


「俺が握ると別料金だが大丈夫か?」


「大丈夫」


「と、とりっじ?」


 賀集さんが鳥路さんの様子を見て心配そうに声をかける。賀集さんも勘付いている。鳥路さんがキレかけていることに。


「松風鮨の本物を味わえるなんてお客さんは運がいいぜ!」


 そう言って三下はショーケースから鯛のサクを取り出し、鯛の寿司を作り始める。

 

 ……まぁ、包丁捌きや握りはサマになっていると思うけども、鳥路さんや松風先輩に比べると美しさは感じない。男女とか関係なく、どこか荒削り……無駄の多い動きだ。


「へい、鯛お待ち!」


 意外にもちゃんとした形の寿司が出てきた。流石は親方代理を務めているだけはあるということか……詳しく観察する前に鳥路さんは鯛を手にとって食べてしまった。


「……」


「おう、美味くて声も出ねぇか!」


 まずい。鳥路さんから怒気が溢れている! 見えてないのかこの人!?


「寿司が……」


「あん?」


「寿司が!! 泣いている!!」


 鳥路さんがキレた。まさかの名店、松風鮨で……あと、知ってる限り過去一キレてる。

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◇◇◇

こちらの作品はカクヨムからの転載版です。

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