第149話 チープスシアンドエラガンス①
「……このしめ鯖、美味しくはないな」
「えんがわも美味しくはないねぇ……」
千葉にあるローカルチェーンの回転寿司のボックス席で俺と賀集さんは食べた寿司の率直な感想を漏らした。 俺の食べたしめ鯖はパサパサしていて旨みが無く、先日のスシバトルで鯖江さんが用意した寿司ネタが上等な代物であったかを和からされた感じである。
……隣の鳥路さんは目を瞑って無言で食べているが、目に見えて満足している様子では無い。お茶で流し込んでるし。
俺達は先日スシバトルをした配信者の山田浬烏さんの元職場である回転寿司「新鮮サークル魚組」に訪れていた。山田さんレベルのスシバトラーが生まれた場所なので、多少は期待していたのだけど……
「……不味い」
お茶を飲み終えた鳥路さんがドストレートに魚組の寿司を評価した。
「寿司が泣いているとかじゃ無いんだね」
「もはや死んでる」
冗談で聞いてみたけど、結構深刻な状態らしい。ただ、死んでいるという表現自体は理解できてしまった。
「噂で魚組は企業の方針転換で味が落ちたって聞いた事あったけど……本当かもしれないね。前に来た時は美味しかったような記憶があるし……」
賀集さんもそう言ってお茶を飲む。
「比較するのは良く無いんだけどさ……ねこまた寿司って凄いんだなぁって……」
俺はねこまた寿司が恋しくなっていた。ねこまた寿司も同じ回転寿司だけど、企業努力で安さと味を両立させる気概が溢れていたのだと魚組の寿司を食べて感じた。
魚組の寿司は安さ優先で決して美味しくは無い。辛うじて寿司として成立している寿司である。
「食の安全に拘ってるからね! 寿司王国もそれは同じだけど、あっちは高級志向の回転寿司だし、同じ回転寿司でもスタンスが全然違うの面白いかも!」
賀集さんは回転寿司の違いを前向きに語ってくれた。魚組の評価を省略してるあたり、思う所はありそうだ。賀集さん、人の悪口とか全然言わないからなぁ……良い事なんだけどね。
「……安さを売りにして人を集めるビジネス。実際にこうしてお客さんもいる。私がこの店の客ではないだけで、これも回転寿司の形なのかもしれない」
鳥路さんはそう言いながら湯呑みにお茶の粉末を結構な量を入れてからお湯を注ぐ。鳥路さんが三皿しか寿司を食べていないのは異常事態である。
お昼時なのもあって、空席がほとんど無い店内……家族連れも多い。鳥路さんの言う通り、魚組を良しとする人達もいるわけで……ダメだな、食通みたいな感想になる。美味い寿司に触れる機会が多過ぎて、どうやら俺は寿司をわかった気になっているようだ。これは……良くない。
「美味いか不味いかなんて人それぞれだよね。俺達は合わなかっただけ……って事かな」
俺の意見に鳥路さんと賀集さんは頷いてくれた。道を踏み外しかけていたのでホッとする。
「そうだ。賀集さんは昔の魚組を知ってるんだよね? 何が変わったかわかる?」
「昔は中央のスペースに何人か職人さんが居て、注文するとその職人さんが握ってくれたんだよ。今はいないみたいだけど……」
確かに調理場のようなスペースがあるけど……味噌汁の鍋とかはあるけど、寿司を握る人はいない。厨房に寿司を握っている人はいるんだろうけど、どうやって作っているかは確認できない環境だ。
鳥路さんがタブレットを操作して何かを注文した。
「何頼んだの?」
「……バニラアイス」
鳥路さんがシメに入ってる! しかも穴子とかかんぴょう巻じゃなくてバニラアイス! 心無しか元気が無いし、重症だぞ……!
そして、1分も待たずに注文用のレーンにバニラアイスが届いた。早い!
寿司を注文した時も早かったし、この店は回転率を重視しているのかもしれない。
鳥路さんはお茶の粉を届いたバニラアイスに振りかけ、もそもそと食べ始める。
……なんか可哀想になってきた。
「駅前にねこまた寿司あったよね……ありがたみを実感するために寄って帰らない?」
「お、山ちゃんも同じ事考えてたんだ! 行こう行こう! ちょうど割引クーポンも持ってるし!」
賀集さんが財布からねこまた寿司の割引クーポンを取り出して見せてくれた。
「鳥路さんはどうする?」
「行く」
即答。アイスを食べる手が加速している感じ、少し元気が出たようだ。
「じゃあ、会計しちゃおうか。とりあえず俺がまとめて出すよ」
会計のために呼び出しの電子ベルを押す。このお店は店員さんが皿の枚数をカウントする感じかな?
「ハーイ、何のゴヨウでしょうか?」
海外の人だ。まぁ、だからと言って何も無いんだけど。
「お会計お願いします」
「ショウチしま……オオウ!?」
店員さんが何かを見て驚く。目線の先は俺ではなく……鳥路さん?
目線に気付いた鳥路さんが不思議そうにしながら、店員に目線を返す。
「ショ、ショウショウお待ちください!」
店員さんは皿の枚数を数えずに店の奥に駆け込んで行った。な、なんだ?
少し待っていると、店員さんがスーツ姿の偉い立場っぽい男性を連れて帰ってきた。
「私、魚組オーナーの狸塚と申します。狸に塚と書いて狸塚です。珍しいでしょう? 失礼を承知してお尋ねしますが、あなた様は謎の天才寿司少女スシバトラーのTさんでございますね?」
オーナーを名乗る恰幅の良い中年男性。何故そんな偉い人が鳥路さんに? いや、この呼び方……鯖江さんの動画での名前を伏せた時の奴っぽい! もう投稿されていたんだな!
「……違います」
面倒事を察知した鳥路さんが否定!
「いえいえ、ご謙遜なさらず。私、人の顔を覚えるのは得意でございまして……話題の配信者の動画で活躍されたTさんで間違いないと確信しております」
わざとらしい笑顔を見せる狸塚さん。聞かずとも鳥路さんだわかっていたようだ。
「……私に何の用ですか?」
少しイラッとしながら鳥路さんは要件を尋ねる。恐らく鳥路さんはとっととねこまた寿司に行きたい感じだ。
「当店のお寿司はいかがでしたかな? 美味しくなかった、そんな顔をしていますよ?」
「確かに高い寿司に比べたら美味しくはなかったですけど……」
鳥路さんは少し濁したが、美味しくないと言ってしまった。
「なるほど! では、こうしましょう! スシバトルです!」
大きな声と同時に手を叩く狸塚さん! 店内のお客さんの目線がこちらに集中する!
「す、スシバトルだ!」
「おい、あの子! シメサバキャットの動画の子じゃねぇか!?」
「なんで千葉の回転寿司屋でスシバトルを!?」
「きっとここの寿司が気に入らなかったんだわ!」
「生のスシバトルだ! これ以上のエンタメはねぇぜ!」
いつも通り盛り上がっていく店内!
困惑する鳥路さんと賀集さん、そして俺!
な、何だ!? 何が起きているんだ!?
ねっとりとした笑みを浮かべる狸塚さん!
こいつ! 何が目的なんだ!?
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こちらの作品はカクヨムからの転載版です。




