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7 蝶の研究所へ(2)

 まるで迷路にでも迷い込んだかのようだ。

 大量の書類や本、謎の木箱が山のように積み上がっていて、少しでも触れたら倒してしまいそう。中央には辛うじて人が歩ける道はあり、テーブルの方へ続いていた。


「びっくりしたでしょ? 気をつけて付いてきてねー」

 クリフさんの後に続き、スカートを押さえながら慎重にその隙間を歩いて行く。

「とりあえず、ここで座って待っててよ。先生呼んでくるからさー」

 クリフさんは私たちをテーブルまで案内すると、奥の方へ消えていった。


「と、いうことだから座って待っていようか」

「はい……」

 レノ様の言葉を合図に、私は席について待つことにした。シエンナは私の斜め後ろに立ち、グレイさんはレノ様の後ろで待機している。

 辺りの圧迫感に落ち着かずキョロキョロと見回していると、程なくしてクリフさんが戻ってきた。その後ろから小柄でくるっとカールした栗毛の、眼鏡を掛けた中年男性が現れる。


「やぁ皆さん、いらっしゃい」

 その男性はゆったりとした口調で話し、柔らかく微笑んだ。

「コリンズ先生、こんにちは。彼女が新しく協力してくれるティナ嬢だ。ティナ嬢、こちらがコリンズ先生だよ」

 レノ様が立ち上がり紹介してくれたので、私も慌てて立ち上がり頭を下げる。


「ティナと申します」

「ダニー・コリンズです。レノ様から話は伺ってますよ、蝶に詳しいんですよね? それは心強い助っ人ですねぇ。よろしくお願いします」

「いえ、詳しいなんて……。でも、精一杯お手伝いしますので、よろしくお願いします」

 コリンズ先生はニコニコと笑ってうなずいている。とても優しそうな人だった。


 再び椅子に腰かけると、レノ様が書類の山を指しながら説明を始める。

「ティナ嬢、ここにあるのは全て蝶に関する資料なんだ。しかし、あまりに膨大過ぎて把握しきれていない。まずはこの中から黒蝶に関する資料がないか調べたいんだ」

「はい、わかりました」

 相槌を打ちながら説明を聞いていると、コリンズ先生がゆったりとした口調で話し始めた。


「これらは父が残した資料なんですが、整理しきれなかったんですよねぇ。今回黒蝶を探すということで、父の資料を引っ張り出してきたんですが、こんな有様でしてねぇ」

「先生は自分の資料の整理だって、苦手じゃないですかー」

 クリフさんがコリンズ先生にツッコむと、先生は肩をすくめ頭を掻きながら苦笑いをした。

「お恥ずかしい話ですが、ちょっと片付けが苦手でして……」

「ちょっとじゃないですよー。俺が片付けてる間から散らかしていくじゃないですかー」

 クリフさんに言われて、先生は首を垂らし小さな身体をもっと小さくする。

「そ、それは申し訳ないね……」


 二人の会話を聞いているとふと木箱が目に入り、私は釘付けになる。ドクドクと鼓動が速くなっていく。

(――これって、まさか!)


「あ、あのっ! こちらを拝見してもよろしいでしょうかっ!」

 私は身を乗り出して木箱を指差した。私の急な食いつきぶりに、二人は戸惑いを見せる。

「え、えぇ、どうぞ」


 両腕を広げたくらいの大きな木箱は厚みは手のひらほどで、上には一面ガラスが張ってある。そして、その中には色とりどりの蝶が整然と並んでいた。まるで宝石箱のよう。そんな木箱が何個も積み上がっている。


(綺麗……。これは蝶の標本? レプリカではなくて本物かしら? 図鑑でも見たことがない蝶もいる! すごいわ!)

 瞬きするのも忘れて食い入るように眺めていると、後ろからレノ様が覗き込んだ。

「へぇ、いろんな蝶がいるんだね。これは本物?」

「えぇ、そうですよぉ。みんな本物の蝶の標本なんですよ」

 レノ様の質問にコリンズ先生が答える。


「これはキアゲハで、この大きいのはオオモンシロチョウですね。あ、これは高山蝶ですよね? 図鑑で見たことあります! すごいです!」

「ふっ、君は本当に蝶の話になると人が変わるね」

 私が興奮気味に語っていると、レノ様が笑った。

(わ、また我を忘れてしまった……)

 かぁっと顔が熱くなる。


 私たちの話を聞いていたコリンズ先生は、感心したようにうなずいている。

「ティナさん、本当に詳しいですねぇ。今度南国メイコブの貴重な蝶の標本もお見せしますよ」

「メイコブの蝶ですか!?」

「はい、メイコブの蝶は今は捕獲が禁止されているんですよ。その幻想的な美しさ故に乱獲され、一時絶滅の危機に瀕したのです。まだ禁止前の蝶がたくさんいた時代に、父がメイコブで採集してきたのがあるんですよ」

「は、はい! ぜひお願いします!」

「わかりました。どこかにあるはずなので、探しておきますねぇ」

「先生! それよりも黒蝶の話じゃなかったんですかー?」

 私とコリンズ先生が脱線していたので、クリフさんが呆れたように口を出す。

「あぁ、そうでしたね。すみませんねぇ」

「わ、私も申し訳ありませんでした……」

 正気に戻ったので謝ると、レノ様はドンッと書類の束をテーブルの上に置いた。 


「じゃあ、さっそく始めるけどいいかな? ティナ嬢はこれらの資料の中に、黒蝶について記載したものがないか調べてほしいんだ」

「はい、わかりました。もしかして、ここの資料、全部確認するんですか?」

 私が山積みの資料を見回すと、レノ様が苦笑いをしてうなずく。


「そういうことだね。だから人手が必要だったんだ。大変かな?」

「いいえ、むしろ役得です!」

「役得?」

「はい!」

 私が思いっきり首を縦に振ると、レノ様が驚いたように目を見開く。


(憧れのガイ・コリンズ先生が残した蝶の資料を拝見することができるなんて、夢みたいだわ!)

 私はワクワクしながら、資料に目を通し始めた。

 

 

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