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4 再会と黒蝶(1)

 婚約破棄騒動から数日後、私はホルマン侯爵邸を訪れていた。ガーデンテラスから望む庭園には薔薇の他に、ダリアやゲラニウムなど様々な花が咲き乱れている。


「ティナ、婚約破棄されたのですって? 大変でしたわね」

「はい……」

 母の姉である伯母様、ホルマン侯爵夫人は細い眉をハの字に下げた。心配してくださっているようだ。

 伯母様は御年四十五歳。こげ茶色の髪にヘーゼルの瞳の色は私と同じだが、目鼻立ちがはっきりした美人だった。

 領地にいた頃は母の体調を気遣い、時折領地を訪れてくれていた。私が王都に来てからは頻繁にお茶に誘ってくださる。今日も私の婚約破棄を聞きつけてか、お茶に招待してくれたのだった。


「実はあなたの噂を耳にしましたのよ」

「噂ですか?」

 心当たりがなくて首をかしげる。

「ええ、毛虫令嬢とかなんとか」


「え、それ噂になってるのですか!?」

 私は驚いて声を上げてしまった。この間の王宮のガーデンパーティーでピーター様が発した言葉だが、周りにはたくさん人がいたので広がるのも無理はないかもしれない。


「でも毛虫令嬢って、ちょっと可愛い響きですよね〜」

 私が呑気にそう言うと、伯母様は呆れたとでもいうように大きく息を吐く。

「はぁ、あなたはそうでしょうねぇ。他には、大量の毛虫を箱に詰めて、ビーン男爵令嬢に送りつけたというのもあるのですよ」

「え! 大量の毛虫をひとつの箱に入れたら、喧嘩してしまうわ。それに蓋を閉めたら息苦しそうで可哀想……」

「まったく……。あなたのその純粋なところはとても可愛いと思っているけれど、そうやって、みだりに他人に弱みを見せてはなりません。だから、付け込まれるのですよ!」

 伯母様にビシッと指摘され、私は肩を落とす。

「は、はい。ごめんなさい……」

 元はといえば、私がケイシー様を信用して秘密を打ち明けてしまったのが悪いのだから、自業自得なんだろう。

 溜息をつきつつ紅茶を口に含むと、ふわりと花のような香りがした。


「奥様、お客様がお見えになりました」

 侍女が伯母様のそばまで来ると来客を告げる。

「そう。応接室にお通しして」

 伯母様の返事を聞き、侍女は遠ざかっていった。


 お客様がいらしたようだし、今日はこれでお開きだろうと思い伯母様に声をかける。

「伯母様、今日はありがとうございました。私はこれで……」

「あら、あなたへのお客様なのよ?」

「はい?」

「ふふっ。あなたを捜していたんですって」

(え? 私を捜してた――?)

 訳が分からず、私はただ瞬きを繰り返した。



 伯母様の後に続き応接室に入ると、輝く金糸のような髪が目に飛び込んできた。

(れっ、レノックス殿下――!?)


 彼は私たちに気付くと微笑みを見せ、ソファから立ち上がった。

「やぁ、ホルマン侯爵夫人。今日はありがとう」

「いいえ、こちらこそ御足労いただきましてありがとうございます、レノックス殿下」

 挨拶を交わす二人の後ろで、私はパニックになっていた。


(私へのお客様って殿下が? 私を捜していたっていったいどういうこと? もしかして不敬罪で捕らえられるのでは? 殿下に躓いてお身体に乗ってしまったり、蝶の幼虫について語ってしまったり、殿下に帽子を拾わせてしまったりもしたわ……)

 頭の中が真っ白になった。

 チラリと殿下へ視線を送ると、黒い瞳と交わる。


「また会ったね、ご令嬢?」

「あ、はい……。も、申し遅れまして、私はティナ・アシュトンと申します。ふ、再び殿下にお目にかかれて、こ、光栄でございます……」

 カーテシーをするが緊張で手と声が震えている。

「非公式の場だから、そんなに畏まらないでくれ。さぁ、二人とも座って」


 にこやかな殿下に促され、殿下の向かいに伯母様と並んで腰を下ろした。殿下の後ろには黒髪短髪の護衛騎士が一人立っている。殿下の護衛としては少ないと思うが、お忍びでいらしたからだろう。

 侍女がお茶を用意し部屋を出ていくと、伯母様が口を開いた。


「それにしましても、殿下からある令嬢を捜してほしいと伺った時は耳を疑いましたわ。あの殿下がこの私に頼み事など……」

「ん? 何が言いたいのかな?」

「最近はだいぶ落ち着いておいでのようですが、あの暴れん坊の殿下が……」

「ホルマン侯爵夫人! いつの頃の話をしているのかな?」

「おほほほ、私にとってはつい最近の話ですわ」


 なんだろう。二人ともにこやかなのに、どこか圧のようなものを感じるのは気のせいだろうか。

 私が緊張している隣で二人は会話を繰り広げている。王子様と侯爵夫人としては距離が近いような?


「あの、お二人のご関係は……?」

 私は気になったのでおずおずと尋ねる。

「あら? あなたに言わなかったかしら? 私は昔、殿下の乳母をしていたのですよ」

「え? そうだったんですか!?」

 それは初耳だった。それなら親しいわけだと納得した。


「それで殿下の捜していたご令嬢は、彼女でお間違いはないのですか?」 

「あぁ、そうだね。さすがホルマン侯爵夫人だ、頼りになるね」

「お褒めいただき光栄ですわ。殿下がおっしゃった、ダークブラウンの髪で、ヘーゼルの瞳。そして、嬉々として蝶の幼虫について語る令嬢なんて、一人しか浮かびませんもの」

「あはは、ホルマン侯爵夫人の姪だったとは驚いたな」

「私もですわ」

 二人は同時にこちらに視線を向けた。この視線に耐えられず、顔を伏せる。

 

「アシュトン伯爵令嬢。実は、君に頼みがあるんだ」

 顔を上げると、殿下から笑みは消えて神妙な面持ちでこちらを見つめていた。私はゴクリと喉を鳴らす。


「頼み……でございますか……?」


「あぁ、幻の蝶を探すのを手伝ってほしいんだ」


 幻の蝶……?

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