33 いざ、舞踏会へ(3)
しん、と辺りは静まり返る。皆の視線がレノ様に注がれた。
ケイシー様は振り払われた右手を左手で押さえながら、何が起こったか分からないといった表情で、口を開けて呆然としている。
その直後、レノ様がチラリと玉座に座る国王陛下の方へ視線を送ると、陛下はそれを受け僅かにうなずいた。
(……え?)
何か胸騒ぎのようなものを感じたが、私はただレノ様を信じて見守ると決めた。
レノ様は優雅な微笑みをケイシー様に向ける。
「失礼。急に近づかれると困るな。驚いてしまうよ」
ケイシー様はほっとしたように息を吐き、照れたように頬を染め微笑み返す。
「あ、そうだったんですかぁ? ごめんなさぁい」
「……ところでビーン男爵令嬢。先日はお招きありがとう。君から貰った、男爵邸の庭園で飼育している蝶の幼虫だが、面白いことが分かったんだよ」
「え〜っ、面白いことって何ですかぁ?」
ケイシー様は両手の指を絡め、大袈裟な口調で聞き返した。
「あぁ。蝶研究の権威、ダニー・コリンズ氏に調査依頼したところ、何でも南国メイコブでのみ生息している、貴重な蝶の幼虫だということが判明したんだ。しかも、現在は捕獲禁止されているというではないか。驚きだろう?」
レノ様の言葉に息を呑んだ。
(え……嘘……。メイコブの蝶の幼虫……? それって前にケイシー様が持ってきた毛虫ちゃんも……? どうしてそんな貴重な幼虫が、ケイシー様のお屋敷に?)
私の鼓動がどくどくと嫌な音を立てる。
それを聞いていた周りもざわつき始めるが、ケイシー様は内容が理解できないのか首を傾げている。
レノ様は「あっ、そういえば」と、何かを思い出したかのように言い、話を進めた。
「先日一緒に飲んだワイン、喜んでくれたようで嬉しいよ。男爵家の使用人たちもね」
ケイシー様はぱぁっと瞳を輝かせる。
「はい! とぉっても、おいしかったですぅ!」
「あれはランバード領で作られたワインで、別名『饒舌の女神』。あまりの美味さに理性が飛んで、酔い潰れるまで口が止まらなくなるんだ」
レノ様は目を細め、冷ややかに微笑む。私はゾクリと何とも言えない恐怖を感じた。
「……ふっ、君たちが楽しそうに何でも語ってくれたお陰で、興味深い話が聞けたよ。ビーン男爵は、生きた蝶を販売していることや、一番大事な物は執務室の金庫ではなく、寝室の本棚の裏に隠す癖があるとか……」
そう言って、レノ様はチラリとホールの端にいたビーン男爵へ視線を送った。
ビーン男爵は見るからに青ざめて震えている。
「ケ、ケイシー、もう行くぞ。そ、それでは殿下、私たちはこれで」
ピーター様が蒼白になって、ケイシー様の肩を抱き、連れて行こうとする。
「――ピーター殿。話はまだ終わっていないよ?」
柔らかくも鋭い声が、ピーター様を制止する。ピーター様の顔がピキッと引きつった。
「マーシャル侯爵邸の裏庭には、とても立派な温室があるようだが、是非今度見せてもらいたいな。とても貴重な生きた宝石がいるんだろう?」
レノ様が笑みを浮かべ低い声で尋ねると、ピーター様は身体を強張らせる。
(生きた……宝石……?)
「い、いえ、あ、あれは、父の温室ですので、私には何とも……」
「あ、そう……。――マーシャル侯爵、どうかな?」
レノ様がマーシャル侯爵へ視線を向けると、侯爵は明らかに動揺したような仕草を見せ、額の汗を拭った。
「い、いえいえ、でん、殿下にお見せできるような代物ではございません……っ」
――その時、大広間の扉が開き、銀の甲冑を身に纏った大柄な騎士が入ってきた。彼は王立騎士団団長だ。国王陛下の御前で跪き、陛下に報告する。
「ご報告いたします! ビーン男爵邸及び、マーシャル侯爵邸の捜索が完了致しました。男爵の寝室本棚裏より密売の証拠書類を、また侯爵邸の温室にて蝶数十匹を発見、すべて押収いたしました。蝶におきましては、蝶学者コリンズ氏により、全て南国メイコブの蝶であると証明されました」
(えっ!? マーシャル侯爵邸の温室に、メイコブの蝶がっ!? ……もしかして、あのモルフォ蝶は温室から逃げ出してきた子だったの?)
段々と明るみに出る事実に、握りしめていた手のひらは汗ばんでいた。
騎士団長の言葉に、ホール内は騒然とする。
「あ、あぁっ、あぁぁっ、私の、蝶が……っ」
マーシャル侯爵は悲痛な叫びを上げ、その場にへたり込んだ。
「……そうか。ご苦労であった。――レノックス」
陛下の合図を受けたレノ様は、彼らを氷のような眼差しで見下ろした。
「マーシャル侯爵、ビーン男爵。……並びにその一族たち。それはただの希少生物の不法所持、密売ではない。メイコブ国では『神の化身』として崇められている国蝶を捕獲したこと、一歩間違えば宣戦布告されてもおかしくない事態──それは王家への背信であり反逆行為だ。……この者たちを連れて行け」
レノ様の一喝で、控えていた騎士たちが一斉にマーシャル侯爵とビーン男爵を取り囲む。ビーン男爵は逃げようと走り出したがすぐに拘束され、二人は連行されていった。
「ぼっ、僕は知らない! あれは父上が勝手にやっていたんだ! こんな、たかが虫のことで……! 助けてくれ、ティナ、君からも何か言ってくれ! お願いだ……っ」
ピーター様が縋るように私を見つめる。
(たかが虫って……。ピーター様には一生分からないのでしょうね……。あの子たちにも命があることを)
私は睫毛を伏せ、彼から顔を背けた。
「ティナっ、お願いだっ、ティナ……っ」
ピーター様の叫び声は、騎士たちの荒々しい足音と共に遠ざかっていった。
「嫌よ、私は知らないわっ! いっ、痛っ、ちょっと放しなさいよっ!!」
騎士に掴まれ暴れているケイシー様は、レノ様に向かって手を差し伸ばす。
「レノ様なら、信じてくれますよね? 私は何も知らなかったんですっ。だから、助けてください、レノ様!」
「さぁ? 俺は知らないな」
レノ様は冷たい瞳でケイシー様を見下すと、口の端を吊り上げた。
「……っ!? ど、どうして……っ、レノ様……? レノ様は私のこと、好きだったんじゃないの……? 宝石だって、こんなにプレゼントしてくれて、似合うって言ってくれたじゃない!」
ケイシー様はルビーのネックレスや、指輪を必死にレノ様に見せる。
「あぁ、この宝石か。これは最近、市井の子供たちの間で流行っている模倣品だよ。つまり、玩具。……君にはとてもお似合いだろ?」
レノ様の無慈悲な言葉に、外野で聞いていた貴族たちから嘲笑が漏れた。
「本物と偽物の区別もつかないなんて、ビーン男爵家はどのような教育をしていたのかしら?」
「うふふっ。本当に安っぽくて、お似合いですわね」
「は……、おも……ちゃ……? …………私を……騙してたのね……、ゆ、許さない……、許さない、許さないっ!」
ケイシー様はダンダンと地団駄を踏み、憤怒の形相でレノ様を睨みつける。
「……私、知ってるんだから! 貴族の間じゃ、第二王子は、『穢れた血の流れる悪魔王子』だって言われてるの、知ってるんだからぁっ! やっぱり噂通り、悪魔だわっ! あんたやっぱり、悪魔だわっっ!」
逆上したケイシー様の金切り声が、ホール内に轟いた。




