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2 第二王子殿下


 このトリヘリッド王国の第二王子、レノックス殿下だった。

 私より二つ年上の二十一歳。輝くようなイエローがかった金髪に、吸い込まれそうな黒い瞳、スッと通った鼻筋、形の良い唇で、美しいだけでなく圧倒的なオーラを纏っていた。

 その端正な顔立ちとキラキラと輝く笑顔で、令嬢たちからの人気は高い。


 殿下は柔らかな笑みを浮かべる。

「君は大丈夫かな? 怪我はない?」

 私を気遣ってくださるなんて、なんて優しいお方なんだろう。

「は、はい。だ、大丈夫です」

「ところで君、こんな場所まで来るなんて、どうしたのかな? もしかして追いかけて来たのかな?」

「え? はい」

(どうして蝶を追いかけて来たことを知ってるの?)

 そう疑問に思いつつ、私はうなずく。

 

「――ちっ」

(ん? ……舌打ち?)

 殿下の顔を見るが特に変わった様子はなく微笑んでいる。気のせいか……と思っていると、ヒラヒラと舞っていた青い光が目の前の花に止まる。


「あ、これ! この子を捜してたんです!」

「え、蝶? あ、これは……」

 殿下が蝶の存在に気付いて声を上げたので、私は顔を近づけた。

「ご存知なんですか!? モルフォ蝶ですよね!?」

「いや、知らないよ。最近庭園で見かけるんだ」


「そうなんですか!? 遠い南国の蝶らしいのでこの国にいることはないのですが、風で飛ばされてきたのでしょうか? まさか実物を拝見できるなんて思わなかったので、夢のようです! 成虫も美しいですが、幼虫も魅力的なのですよ。ツンと立った毛並みにカラフルな模様をしているそうです。毒もあるそうですが、ぜひ、幼虫ちゃんにもお会いしたいです!」

 私は鼻息荒く殿下に詰め寄った。


「あ、そ、そうなんだ……」

 殿下の顔がわずかに引きつっているように見える。

(あ、やってしまった……)

 私は大好きな蝶や、毛虫、芋虫の話になると我を忘れてしまうんだ。このことは秘密にしていたことなのに。


『気持ち悪いっ!』

 頭の中に声が響いて、私はうつむく。殿下にも、不快な気持ちにさせたかもしれない。謝ろうと思い口を開く。


「も、申し訳……」

「君、凄いなぁ。蝶に詳しいんだね」


(……へ? すごい?)

 聞き間違いなのではと思って顔を上げると、殿下はモルフォ蝶をまじまじと見つめ、

「そんなに珍しい蝶だったとはね……」

 独り言のように呟いている。青い蝶を見つめる美しい横顔は、まるで絵画のようで目が離せなかった。

 

「本当に、レノックス殿下がこちらにいらっしゃるの?」

「えぇ。確かにこちらに向かっている姿を、お見かけしましたわ」


 茂みの向こう側から、女性の話し声が聞こえてくる。レノックス殿下を捜しているようだった。

「殿下――うぐっ!?」

 そう言いかけた時、肩を力強い腕に抱き寄せられ手で口を塞がれた。


「――静かに」

 耳元に突き刺さるような鋭い低音の声が響く。先程までの穏やかさとは一転し、ヒヤッと辺りの空気が冷える。


(な、何!? 何が起こっているの!?)

 ドクンドクンと全身に鼓動の音が大きく響いている。

 

「いらっしゃらないわぁ、あちらの方かしら?」

「そうですわね。行きましょう」


 令嬢たちが遠ざかるとその手から解放された。

(び、びっくりした……) 


「あー、君、ごめんね。苦しかったよね?」

 荒くなった呼吸を整えていると、殿下はこちらを気遣いながら申し訳なさげに謝罪してくれる。

「い、いえ、私は大丈夫ですので……」

 殿下からは、先程感じた冷気のようなものはなかった。

(いったい何だったの? ご令嬢たちから逃げてるのかな?)

 私が彼の様子を窺っていると、

「あっ」

 突然殿下が小さく声を上げる。

「?」

 落ちていた白いリボンの付いた帽子を拾うと手で汚れを払い、私に手渡してくれた。

「はい。この帽子、君のだよね?」

「あ……、そうです。ありがとうごさいます」

「いや、どういたしまして」

 そう言って、輝くような笑顔を見せた。

  

 残念ながら蝶はどこかに行ってしまったようだし、これ以上ここにいる理由はない。

「殿下のお邪魔をしてしまい、申し訳ございませんでした。私はこれで失礼いたします」

 私は軽く会釈をすると、身を翻す。

 

「……変な奴だな」

 後ろから、殿下の何か呟く声が聞こえたような気がした。



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