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18 温泉街の夜

 宿屋の一階に隣接している食堂に行くと、既にみんな揃っていた。


「遅れてすみませんでしたっ」

 謝りつつみんなのいるテーブルへ近づくと、レノ様は隣に座れと言うかのように隣の席の椅子を引いた。

「ティナ、もう体調は大丈夫なのかい? あまり無理はしないようにね」

 レノ様に促されるまま、腰をかける。


「はい、休んだら楽になりました。……色々とありがとうございました……」

「それなら良かったよ」

 表情を緩めたレノ様を見ながら、私は自分の顔が熱くなっていくのを感じていた。

(わっ、レノ様の顔を見たら、部屋へ運んでもらった時の腕の感触を思い出してしまうわ……)


 レノ様の隣でぎこちなく固まっていると、彼は私の顔を覗き込む。

「ん? まだ顔が赤いようだけど、本当に大丈夫かい?」

「は、はいっ」

 誤魔化すようにコクコクと首を思いっきり振る。

「体調がお悪かったんですか? 大丈夫ですかぁ? 長旅でしたからねぇ」

「いえ、もう、大丈夫ですよ」

 心配そうにこちらに視線を送る先生に、笑顔を返した。


「おまちど〜さんっ」

 食堂の女将さんが、運んできた料理を次々とテーブルに並べ始める。

「わっ、すごい! おいしそうですね!」

 パンやスープの他にお肉たっぷりのワイン煮込みや、野菜や川魚の料理に、プディングなど。食欲を誘ういい匂いが漂う。


「ここは温泉の蒸気で作る蒸し料理が名物なんだ。何か他に食べたい物があったら遠慮なく言ってくれ。でも、まずはこれを」

 私にグラスを渡すと、レノ様はボトルを傾ける。

「あ、ありがとうございます……。これは?」

「この街の特産のベリーで作った果実水だよ」

 グラスを揺らすとルビーのようにキラキラと輝く。


「俺はこっちねー。同じベリーで作った果実酒だよ」

 クリフさんは嬉しそうに、グラスに果実酒をなみなみと注いでいる。


「シエンナもせっかくだし、果実酒を飲んでみたら?」

「いいえ、私は使用人の立場ですので結構です」

 私が隣に座るシエンナに声をかけると、彼女はかぶりを振った。


 私とシエンナは主人と使用人の立場ではあるが、この旅に出る前に仲間として接するようにお願いした。

 目的は黒蝶探しだけど、クリフさんが言った慰安旅行っていうのが気に入ってしまい、いつも尽くしてくれる彼女にも楽しんでもらいたかった。


「私はお酒が弱くて飲めないし、シエンナに果実酒の感想を聞きたいのだけど、ダメかな?」

 そう上目遣いでお願いすると、彼女は息を呑んだ。

「い、いえっ、駄目などそんなことございませんっ。……その、お、お嬢様がそうおっしゃるなら……」

(ふふっ。勝ったわ。実はシエンナって、お酒好きなのよねー)

 私はシエンナのグラスにドボドボと果実酒を注いであげる。

「お嬢様っ、自分でやりますので」

「いいから、いいから!」


 そのやり取りを見ていたのか、レノ様はグレイさんに声をかけた。

「グレイ、君も、たまには飲んだらどう?」

 レノ様の誘いにグレイさんは手を上げて断る。

「いいえ、自分は結構です。もしもの時に動けないと困りますので」

「でも一杯くらいじゃ酔わないだろ?」

 するとグレイさんは声を潜める。


「……そうですが、もしも殿下が暴走した時にはお止めするよう、王太子殿下から仰せつかっておりますので」

 レノ様の眉がピクリと動く。

「兄上が? ……暴走って、子供じゃないんだからさ」

「いえ、ですが、そのような事例が度々見受けられます」


 そう言ってグレイさんはこちらに視線を送った。私はビクリと身体を強張らせる。

(わっ、聞き耳を立ててたのが、バレたのかも……。ごめんなさい……)


「……はぁ、そう……」

 レノ様は額に手を当てながら、チラリと私に視線を送ったがすぐに目を逸らした。

「じゃあ、おまえはお茶でも飲んでろ」

「承知しました」



「で、みんなグラス持ったー? 乾杯するよー」

 クリフさんの合図でみんな一斉にグラスを持つ。

 

「じゃあ、黒蝶探し隊の成功を祈ってー、かんぱーい!!」

「かんぱーい!」

 カチンカチン。

 小気味よいグラスのぶつかる音が響いた。


 


「じゃあ、皆さん本題に入りますよぉ。これからの行動計画ですが……」

 コリンズ先生が真剣な表情で話し始めた。

 出発は明後日の早朝に決まった。メモリア峰に向かうには装備など整えなくてはならず、明日、街で揃えるという。そして――。


「え? 私とシエンナは留守番……ですか?」


「はい。メモリア峰は険しく人が踏み入るのも大変な場所なのです。そこへ登山に不慣れなご令嬢が登るのは危険です」

 先生の言葉は正論だった。蝶への興味だけで、危険な山に登るのは無謀だ。しかも、みんなにも迷惑がかかってしまう。

「……わ、わかりました……」

 私は首を縦に振るしかなかった。

 

(レノ様の助手なんて肩書きまでいただいて、ここまで来たのに、結局私って何も役に立たないじゃない……)


 その後、なんとなく気分が沈んだまま果実水をチビチビと飲んでいると、目の前にプディングのカップが差し出される。

「ほらティナ、これも美味しいよ」

「え? あ、いえ、私は……」


 差し出してくれたレノ様の気遣いは嬉しいけど、食欲が湧かない。断ろうとレノ様を仰ぎ見ると、彼は口の端を吊り上げた。


「あぁ、そうか。食べさせてほしいんだね? ……ふっ、しょうがない子だな」

「え!? いえいえいえ、そんなつもりはっ」

 慌てて手を振るが、レノ様は優雅なスプーンさばきでプディングを掬うと、唇の前まで差し出してきた。

「ほら、ティナ。口を開けて」

「いえ……、あのっ」

 抵抗していると、レノ様の瞳が鋭く細められる。

「ティナ?」


 私は諦めて口を小さく開くと、口の中に濃厚な卵の味と、滑らかな舌触り、ほどよい甘さが広がった。その優しいおいしさに頬が緩む。

「――ん! おいしい!」

「……ふっ、そうだろ?」

 レノ様は満足そうに微笑み、そして言葉を続ける。


「俺の帰りを待ち、笑顔で出迎えることも、助手兼仮の婚約者であるおまえの大事な役目だ。……分かったな?」

 

(レノ様は私の気持ちに気付いていたのね。……そうよね、弱気になっちゃいけないわ。彼を信じて、帰りを待つのも大事なことだわ)

「……はい!」

 私は笑顔でうなずいた。

 

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