15 黒蝶の手掛かり?
謎の毛虫ちゃんたちと別れて数日たったが、あの子たちのことはまだ分からない。コリンズ先生に任せたのだから、私が心配しても仕方ないと雑念を振り払い、目の前の資料に集中する。
(これは、北方セレーネ領のヴェール連峰の資料ね……。あれ……?)
亡国セレニーノは、今は王家の直轄地になり、セレーネ直轄領と呼ばれている。旧セレニーノ国とトリヘリッド王国の国境にそびえるヴェール連峰についての資料に、気になる記述を見つけた。
ヴェール連峰のメモリア峰周辺で、輝く黒い影が舞っているのを目撃したが、すぐに霧の中に消えて見失ってしまったというものだった。ガイ先生は絶滅したセレニーノの黒蝶ではないかと仮説を立てていた。
「レ、レノ様っ! これっ、これ……見っ!」
私は興奮してしまって上手く言葉が発せず、とにかく隣にいるレノ様に資料を突き出した。
「――!」
私の尋常ではない様子に彼は深刻さを感じ取ったようで、真剣な眼差しで資料を読み始めた。
資料を読み終わったレノ様は、瞳を閉じると大きく息を吐く。
「そうか……、メモリア峰か……」
「何か見つかりましたか!?」
こちらの様子を窺っていたコリンズ先生に、レノ様は資料を手渡す。先生は資料を一読すると眼鏡を直しながら、こちらを向いた。
「そうですか、なるほど。メモリア峰はかなり険しい山頂で、霧も深く、人が簡単に踏み入れられる場所ではないと聞きます。ですから、そのお陰で蝶が生存している可能性がありますねぇ」
「あぁ、そうだな。とりあえずは一つ、手掛かりが見つかったな。ティナ、よくやった。ありがとう!」
レノ様は柔らかく微笑んで、私の頭を撫でた。撫でられて一瞬驚いたが、私だけ気にするのもおかしいと思い平静を装う。
「いいえ、お役に立てたのなら何よりです。それよりも、一歩進んで良かったですね!」
私が微笑み返すと、レノ様は大きくうなずいた。
「ああ。私は近日中にヴェール連峰に向かおうと思う。先生、同行を頼めるかな?」
「は、はい。承知いたしました。じゃあ準備を整えておきますねぇ」
「頼んだよ」
レノ様と先生はヴェール連峰への出発の為の話し合いをし始めたが、それを聞きながら、私の心はどこか寂しさを感じていた。
私の役目は資料探しまで。ヴェール連峰まではかなりの距離があるし、令嬢の私が付いていけるわけがない。何より、お父様の許可が下りるはずない。だけど……。
「ティナ? どうしたんだ?」
私が黙ってうつむいていたので、レノ様が心配そうに声をかけてくれた。
「あ、いえ……、何でもないです……」
落ち込んでるのを悟られないように、笑顔で手を振った。
「……君も……一緒に行くかい?」
「え?」
「行きたいんだろう? そう顔に書いてあるよ」
「あ……、はい……。でも父が許可してくれるとは……」
不安を口にすると、レノ様は私に顔を近づける。
「……俺に任せておけ」
私にだけ聞こえる声でそう言って、不適に笑ってみせる。
お父様には申し訳ないけど、やっぱり私も一緒に行きたい。私はレノ様を信じて、すべて任せることにした。
「はい……」
私がうなずくと、レノ様は「よく言った」とでも言うように再び頭を撫でた。
「なになにー? みんな楽しそうじゃん、何の話してんのー?」
クリフさんが奥の部屋から顔を出した。
「それが、黒蝶の手掛かりがヴェール連峰で見つかったので、そちらに向かう話をしてたんですよぉ」
「え!? マジマジ!?」
クリフさんが目を丸くしながら、こちらにやって来る。
「クリフはどうしますか? 留守番でもいいんですが……」
先生の言葉をクリフさんは慌てて遮った。
「俺も行くって! みんな行くんでしょ? 俺だけ置いてけぼりって酷くなーい?」
「そういうつもりはないのですがねぇ。わかりましたよ」
「ヴェール連峰か……。あの周辺って、温泉が出るとかで有名だよねー。あと、特産の果実酒も旨いんだよー」
クリフさんが嬉しそうに語り始める。
(温泉……って、本で読んだことがあるわ。お湯の出る不思議な泉なんだよね……?)
「クリフ、遊びに行くんじゃないんですよぉ」
「分かってるよー。黒蝶を探すのは大前提だけど、でもさ、『黒蝶探し隊』の慰安旅行でいいんじゃない?」
「黒蝶……探し……隊……?」
「そそっ、何事も楽しまなきゃねー!」
クリフさんはニヤリと笑った。
(みんなで慰安旅行……。ちょっと楽しみかも……)
私の胸は期待で高鳴った。
◇ ◇ ◇
「シエンナ、王都がどんどん遠ざかっていくわ!」
「はい、そうでございますね。お嬢様」
高鳴る鼓動を落ち着かせながら、窓の外を見つめた。
私たちはヴェール連峰を目指し出発した。
私とシエンナはレノ様の馬車に同乗し、コリンズ先生とクリフさんは別の馬車で向かう。そして、ヴェール連峰の麓の街ベルアンスで落ち合うことになっている。
私は王都から北方へ行くのは初めてだった。黒蝶の他にも、もしかしたら寒冷地に住む蝶や幼虫たちに会えるかもしれないと思うと、期待で胸が躍る。
今朝、お父様と顔を合わせたが、何も言われなかった。たとえ、シエンナやコリンズ先生たちが一緒だとしても、年頃の娘が王子と旅をするなんて異例のことだ。レノ様の命令でも、世間体を気にするお父様がこんなにすんなりと許してくれるなんて……。
レノ様はどうやって、父を説得してくれたんだろうか。
チラリと正面に座るレノ様に視線を送ると、ふいに目が合った。
「ん? 何かな?」
「あ……、いえ、その、レノ様には色々と、父のこととか無理なお願いをしたのではないかと。申し訳ありませんでした」
私が恐縮して謝ると、彼は口元に薄く笑みを浮かべる。
「あぁ、そのことか。気にしないでくれ。別段、大したことはしていないよ。――グレイ」
「はっ」
レノ様の隣に座るグレイさんが一枚の紙を差し出した。それをレノ様は受け取ると、そのまま私に手渡す。
「これを見てほしい」
「はい……?」
レノ様に渡されたのは王家の紋章が刻印された正式な書状で、国王陛下と、お父様のサインが並んで記されていた。
書かれていた内容に絶句する。
『王家公認の学術調査 第二王子レノックス・ファロン・ルミナス・トリヘリッドの専属助手 ティナ・アシュトン』
(な……っ、王家公認、レノ様の専属助手――!?)
驚きで硬直する私に、レノ様は輝くような、それでいて最高に『悪い』笑顔を見せる。
「まぁ、使えるものは何でも使わないとね。……なぁ、そうだろ、俺の助手?」




