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14 謎の毛虫ちゃん

「ふぁ……」

 揺れる馬車の中で、何度目かのあくびを噛み殺した。

 今日はレノ様が迎えに来てくれたので、これから一緒に研究所へ向かうところだった。


 眠くて頭がぼんやりするが、膝の上に乗せた毛虫の入った小箱を落とさないように、細心の注意を払う。

 実は昨夜、毛虫たちを見ていたら眠るのが遅くなってしまった。だって、こんな珍しい子たちを見られるチャンスなんて、そうそうあるものじゃない。

 

「ティナ、眠そうだね。昨夜はよく眠れなかったのかい?」

 正面のレノ様から、こちらを気遣うように声をかけられた。

(わ、恥ずかしい……。ばっちり見られてたのね……)


「見苦しいところをお見せして、申し訳ありません……。実は少し……、夜更かしをしてしまいまして……」

 私は真っ直ぐ注がれる視線を逸らしつつ答える。

「夜更かし……?」


「殿下、発言をお許しいただけますか?」

 隣に座っていたシエンナが、澄ました顔で声を上げた。

「あぁ、構わないよ」

「実はお嬢様は昨夜、ずっとつきっきりで毛虫たちのお世話をされておりました。そして、とても興奮したご様子で観察をし、真剣にスケッチをされておいでで……」


「ちょっ……、シエンナ!? その話はダメよっ!」

(バラさないでー!)

 慌ててシエンナの言葉を制止しようとするが、輝く笑顔のレノ様がそれを許してはくれない。


「ティナ、君は黙っててくれないかな? ――シエンナ、続きを」

 レノ様に促され、彼女は言葉を続ける。

「はい。その後もご自分のデスクで絵を描かれていて、朝、私がお部屋を伺いますと、そのまま突っ伏して眠っていらっしゃいました。……それはそれは、幸せそうな寝顔でございました」

「あははっ。なるほど、それは想像できるなっ」

 レノ様が楽しげに笑い声を上げた。

 

(シエンナ……、バラすなんてひどいわ……)

 涙目になりつつシエンナを睨むが、彼女はどこ吹く風、涼しげな顔をしている。


「君のそんな幸せそうな寝顔、俺も見てみたかったな」

 そう言って笑うレノ様の黒い瞳には、いたずらっ子のような意地悪な色が宿っていた。


(う……、二人して私をからかっているんだわ……)

 熱くなった顔を伏せ、私は小箱を抱きしめる。そして私は、一刻も早く馬車が研究所に到着するのを祈るのだった。



 森の研究所に到着すると、グレイさんがドアを叩く。

 いつもなら、すぐにクリフさんが出迎えに来てくれるのだが、今日は一向に反応がない。


「あれ? お留守でしょうか?」

 私が尋ねると、レノ様は手を顎に当てながら少し考え込んでから答えた。


「そうだな。今日は出直して、明日また来よう」

「はい、わかり……」


 ――バッターン!!

 私が言いかけたその時、研究所の中から何か崩れるような大きな音が聞こえてきた。


「えっ! 今の音は!?」

「グレイ!」

「はっ」


 レノ様がすぐさまグレイさんに合図する。グレイさんがドアノブを回すと、ドアには鍵はかかっておらず扉は開いた。

 そして、室内に足を踏み入れたレノ様が声を上げる。


「コリンズ!?」

 それを聞いて私も後ろから覗き込む。すると崩れた本や書類の下敷きになっているコリンズ先生の姿があった。


「わーっ、先生!」

 私たちは慌ててコリンズ先生を救出したのだった。

  


「皆さん、お騒がせしましたねぇ。本当にありがとうございました」

 散乱した書類や本を片付け終わると、先生は頭を掻きながら申し訳なさそうに頭を下げた。


「先生に怪我がなくて良かったです。今日はクリフさんは?」

 クリフさんの姿が見えないので、私は辺りを見回した。

「あぁ、クリフでしたら先程外出しましたよ。ですから、私が皆さんを出迎えようと思ったんですが、転んで本の山に突っ込んでしまいまして、あの有様だったのですよ。お恥ずかしいかぎりです……」

 先生は服の埃を払いつつ、椅子に腰を下ろした。

 

「ところで、今日は先生に確認してほしいものがあって、持ってきたんだ。――ティナ」

 レノ様に促され、はっと思い出した。本来の目的を忘れるところだった。


「は、はい。こちらの毛虫ちゃんを見ていただきたいのです」

 私は持っていた小箱の蓋を取って、先生の前に差し出した。先生は受け取ると、小箱の中を覗き込む。


「毛虫……ですか? ……ん? おや? この幼虫は……」

 先生は眼鏡を上下にずらしながら、箱の中を真剣に確認している。


「――ま、まさか、メイ……いや、しかし……」

 穏やかな先生の顔が段々と険しくなり、ぶつぶつと独り言を呟いている。その態度を見て、私は不安に駆られてしまう。


「――君たち、この幼虫を、一体どちらで手に入れたのですか?」

「あ……、それは……」


 ケイシー様のことを言ってもいいのか分からず言い淀む。レノ様を窺うと、彼は話してもいいと肯定するようにうなずいた。

「実は……、ビーン男爵令嬢が持ってきたものなのです」

「ビーン男爵……。なるほど、そうですか」

 先生は難しい顔で考え込んでいる。

 

「……これは重大な事態かもしれませんねぇ。他国の研究者に照会したいので、幼虫たちを預からせてもらっても構いませんか?」

「は、はい。よろしくお願いします」


 何か大変なことになっているのかもしれないと、そんな予感に胸がざわつく。


(でも、先生に任せておけば大丈夫よね……?)

 私とレノ様は静かに顔を見合わせた。

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