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12 婚約披露パーティー(2)

(ケイシー様はこんなにも私を嫌っていたのね……。信じてしまった私が馬鹿だったわ。しかも、こんな罪のない子たちを、嫌がらせの道具に使うなんて……)


 きゅっと胸が締めつけられ、私は片手で抱えた小箱に力を込める。

 人々の蔑むような冷ややかな視線、ピーター様の怒声、床に転がる毛虫たちが思い出されて、まだ震えが止まらない。

 あの会場で私は一人だけ、誰も味方はいなかった。

 だけど、この優しい手の温もりだけは、信じられる。私を救い出してくれた、この手だけは……。

 私はその手が離れないように、ぎゅっと握り返した。

 

 

 レノ様に手を引かれるまま付いていくと、侯爵邸の裏庭に到着した。

 彼は辺りを見回して安全を確認する。

「ここまで来れば大丈夫か……」

 そう独り言を漏らし、私から手を放す。


(あ……)

 手から温もりが消えると、私は一抹の寂しさを感じながらそっと手を引っ込めた。

 外の空気を大きく吸い込むと、昂ぶった気分がだいぶ落ち着いてくる。


「あの、レノ様。助けてくださって、本当にありがとうございました……」

 彼の背中にお礼を言うと、レノ様はこちらに振り返った。


「……はぁ、なんつーことに巻き込まれてんだよ、おまえは」

 レノ様は大きな溜息をつき、呆れた顔をしている。

「そ、それが、毛虫ちゃんたちが殺されそうになったので、居ても立ってもいられず……」


「毛虫も大事かもしれないが、もっと自分のことも大事にしろ!」

 レノ様の口調は強いが、その瞳には心配の色が滲んでいる。

「は、はい……。ごめんなさい……」

 

「ちっ、それにしてもあのクソチビ野郎、絶対許さねぇ……。どうやって葬ってやろうか……」

 レノ様は乱暴に髪をかき上げながら、何か不穏なことをブツブツと呟いている。


(レノ様……、さっきから言葉がだいぶ崩れているわ……。前から片鱗は見せていたけど、それとも少し違う……?)

 私がまじまじと観察していると、レノ様はこちらに気付く。


「……何だ?」

「あ、いえ、もしかして、それって……素なのですか?」


「――!?」

 私が尋ねると、レノ様は驚いたように慌てて手で口元を隠した。


「あ……、……マジか、やべぇ」

 バツの悪そうに顔を歪め、いつも余裕のある彼には珍しいくらい動揺している。


(え……? 顔が赤い……? もしかして、照れてるのかな……?)

「……ふふっ」

「何だよ」

 思わず私の口から笑い声が漏れると、レノ様は少し不機嫌そうにこちらを睨みつける。


 さっきみたいに鋭い視線で人々を圧倒したり、キラキラした笑顔で魅了するレノ様も素敵だと思うけど、今のレノ様はとても親しみやすさを感じる。

 そんなことを王子様に思うのは、不敬かもしれないけど。


「ふふっ、レノ様、顔が赤いですよー? 可愛いです!」

 先日の仕返しとばかりにそう言って笑っていると……。


「……へぇ、可愛い……ね」

 一瞬で空気が凍るような低い声で呟く。

 口角を上げ、獲物を狙う獣のような目つきで、なぜかじりじりと距離を詰めてきた。


「へっ、レノ様?」

「――この俺をからかおうなんて、いい度胸してるな、ティナ?」

 その黒い瞳は、なんともいえない危なさと妖しさを孕んでいて、背中にゾクリと寒気が走った。 

(……ま、まずいわ。またレノ様の毒が、発動!?)

 小箱を抱える手に力が入る。


「――あ、そうだわ! は、早く毛虫ちゃんを逃さないと、命に関わりますのでっ!」

 私は慌ててレノ様の前から逃げると、花壇の方に向かう。

「――おいっ」

 後ろからレノ様の呼び止める声が聞こえたが、私は振り返らなかった。


「はぁ……、レノ様の毒は心臓に悪いわ……」

 花壇に着き、高鳴る鼓動を落ち着かせる。


 どこに毛虫たちを逃がそうと辺りを見回していると、裏庭の奥の方にガラス張りの小さな建物が見える。侯爵邸に通っていた時は、裏庭へは立ち入り禁止だったので、あんな建物があったことは知らなかった。

 ガラス越しに緑が見えるので、温室のようだ。なんとなく気になるが、今は毛虫ちゃんを逃さないといけない。

 

「ごめんね、毛虫ちゃん。苦しかったよね?」

 箱の蓋を開け、毛虫に謝りつつ中を覗くと、モゾモゾと毛虫たちが動いていて一安心する。――が、私はある違和感に気付く。赤茶色にトゲトゲとした毛並みの子や、珍しい縞模様をした子など、見覚えのない毛虫ばかり。


「あれ? この子たち、見たことないわ……?」

 王国内の毛虫で図鑑に載っているものは、全て暗記している。たしかに、図鑑に全ての種類が網羅されているわけではないだろうけど、こんな希少な種類ばかり、ケイシー様が揃えたことが気になった。


「どうした?」

 私が箱を見つめたまま立ちすくんでいたので、レノ様が不思議そうに声をかけた。

「それが、この毛虫ちゃんたち、私の知らない種類の子ばかりなんです」

「え? おまえが知らない種だと?」

「はい……。図鑑にも載っていない毛虫ちゃんを、ケイシー様がどこで集めてきたのか気になって……」

「なるほどな……」

 私の言葉を聞いたレノ様は、顎に手を当てて眉間に皺を寄せ、真剣に考え込んでいた。


 そういえばレノ様は、庭園で初めてお話しした時から私の話を聞いてくれていた。今も、私の勘違いかもしれないのに、真剣に向き合ってくれている。

 自分が他の令嬢と違っていることは分かってるし、他人に理解してほしいわけじゃない。

 だけど、どうしてだろう? 彼になら本当の自分を見せても大丈夫だと、安心している自分がいる。


「コリンズに確認させた方がいいな。このまま向かうぞ……と言いたいところだが、この格好では無理だな」

 レノ様は自身の服装を見た。たしかに正装のままっていうわけにはいかない。


「今日はおまえに預けるから、明日研究所に持って来てくれ」

「はい、わかりました! 毛虫ちゃんたちのことはお任せください!」

「あぁ。じゃあ、帰るか。伯爵邸まで送っていく」

「あ、いいえ! そんなお気遣いいただかなくても大丈夫ですので!」

 私は丁重にお断りをする。だって、王家の馬車に乗るなんて恐れ多い。


「そう……」

 突然、キラキラと輝くような笑顔を見せるレノ様。

「ふっ、私の誘いを断るなんて、君は何様のつもりかな?」

(ひっ……、目が、目が笑ってません!)

 背中に冷や汗が流れる。


「は、はい、ぜひお願いいたします!」

 私は慌てて前言を撤回した。

「……最初っからそう言えばいいんだよっ」

 口調は少し乱暴だったけど、彼は柔らかな笑顔を見せた。 


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