相棒のトカゲ
三日後、ようやく目を覚ましたシャロンは豪快にご飯をかきこんでいた。
白飯にインスタントの味噌汁と崩れた目玉焼きと漬物、豪勢ではないものの大層美味しそうに頬張る姿に、僕は少し嬉しく感じた。
「いやぁほんと助かったよ。危うくあのまま死んでしまうところだった。助けてくれてありがとう。えっと、坊や名前は何だったっけ?」
(坊や?)
「……碧。あのまま放置しておいて翌朝ニュースにでもなったら、嫌だったから連れて帰っただけだ」
シャロンは見た目からして僕より少し年上くらいにしか見えないのに、なぜか僕のことを坊やと呼んでいた。
僕は疑問に思いつつも、あまり知らない人に関わりたくないので特に聞いたりはしなかった。
ふとシャロンと目が合うと女神のようなほほ笑みを見せられ、僕は面食らった。
(これはなにか言った方がいいのか……⁉)
シャロンの意味不明な行動に僕が必死に頭を悩ませていると、シャロンが話しかけてきた。
「助けてくれたお礼をしたいところなんだけど、……実は今手持ちがないんだ。それに、泊る所もない」
シャロンは、おしとやかさや王族のような威厳もなくただ陽気で無遠慮な人だった。
申し訳なさそうに瞳をウルウルさせ、助けてくれるよねと言わんばかりに子犬のような顔で、こちらをじっと見つめてくる。
この人は今までもこうして何人もの人にうまく取り入って生きてきたのだと思うと、ある意味感心した。
「泊るのは別にいいけど、面倒なことに巻き込まれるのは嫌だからな」
「えっと……実は大切なものを失くしちゃって、一緒に探してください!」
そう言うとシャロンはすぐさま僕の方に向かって頭を下げた。
言ったそばから面倒なことに巻き込んできたシャロンに僕は冷たい視線を送る。
頭を下げていて僕の表情は見えないはずだが、なにかを感じ取ったのかシャロンは下げた頭をさらに低くした。
どうやら、それがないと次の目的地に出発することが出来ないほど、大切なものを失くしてしまったらしい。
「もちろん見つかり次第すぐに出ていくし、お礼もきちんとします!お世話になる間家事もやります!」
必死に頭を下げるシャロンの姿がだんだん可哀そうにみえてきた。
僕はシャロンの宿泊と探し物の手伝いをしぶしぶ了承することにした。
魔法使いと名乗っていたのだから、魔法でどうにかすればいいのにと思いつつも、面倒なので触れないことにした。
「そういえばご家族の方は今日はいないのかい?」
「……だったらなに」
「これからここでお世話になるから、ご家族の方に挨拶したいなとって思ってさ」
「――母さんは去年亡くなった。父さんは……もう何年も会ってない」
自分で言った言葉に、胸が痛む。自分はひとりなんだと改めて実感させられる。
「そっか、それは言い辛いことを言わせてしまったね」
笑顔だったシャロンがあきらかに申し訳なさそうな表情をして、僕の気持ちを察するかのように優しい眼差しを向けた。
今までも同情の眼差しを向けてくる人はたくさんいたが、他の人とはどこか違って見えた。僕が負った心の傷の深さを分かってくれているように感じた。
(シャロンも同じような悲しみを経験したのかな……)
翌日、まだ日が昇りきらない中シャロンは僕を叩き起こした。
スマホの時計を見るとまだ朝の五時だった。すぐさま布団に潜り込むがシャロンに布団を取られてしまい、僕はしぶしぶ起きることにした。
「出会ったときは朝早かったのに、今日はお寝坊さんなんだね」
シャロンは向かい合って朝食を食べている僕に元気よく話しかける。
「……あの時はたまたま早く起きただけ」
「そっか。これからは毎日起こしてあげるから安心して!」
(なにに安心しろと⁉)
「――それならもう少し遅めに起こしてよ」
「えー、探す時間が減っちゃうよ」
「いや、睡眠も大事だから!」
自由奔放なこの男にこれから毎日この男に振り回されるのかと思うと僕は絶望した。
(……さっさと探し物を見つけて、出て行ってもらおう)
とりあえず、住宅街を出てシャロンが野宿していた森に向かうことにした。森へ向かう道中シャロンは旅での面白い出来事を話してくれた。
助けた人が王様で愛人にされかけたり、何人もの画家が肖像画を描かせてほしいと攻めよってきたり、砂漠の砂嵐に巻き込まれてこちらの世界へ来てしまったりと、どれも物語のような出来事ばかりだった。
僕はシャロンが懐かしそうに話す姿を見て、シャロンは本当に異世界から来たのではと少し思ってしまった。
そうこうしているとあっという間に、目的地の森にたどり着いた。迷子になると困るので、一緒に森の入り口付近から探すことにした。
「ところで何を探せばいいの?」
「相棒のトカゲと人に渡すよう頼まれていたブレスレット、あと魔法のコンパス」
「魔法のコンパス?」
「方位磁針とも言うよ。私の仕事は各地に赴きその地を調査したり問題を解決して上に報告することなん だけど、魔法のコンパスが次の目的地の方向を教えてくれるんだ。裏面には魔法陣が彫られていてずっと使ってるから結構古びちゃってるんだよね。壊れてないといいな……」
さらっと説明しているが、どれも失くすなんてありえないと言いたくなるようなものだ。
(この人仕事できるのか?)
それに調査したり問題解決したりって、ふわっとしすぎでなんの仕事なのかまったくわからない。
流石に漫画とかで見る裏社会とかに関わってるひとだと僕の命も危険に晒されてしまうと考え、ここは話を聞いてみることにした。
「……さっき言ってた問題って、なに?」
僕は緊張気味にシャロンに質問した。
「そうだなぁ。例えば、呪いで瘴気が発生して病気が蔓延したり魔獣が人の集落を襲ったり、人に害が及ぶことが多々起きるんだよね。ほんと困っちゃう」
今までの苦労を思い出したのか、シャロンは深くため息をついていた。
「碧ももし呪いや瘴気を見つけても触ったり近づいたら駄目だからね。命に関わるんだから。魔獣はめったに出ないから安心して」
シャロンは真剣な表情で子供に言い聞かせるように言った。
呪いや瘴気、魔獣とどれもゲームや小説の中でしか聞かないワードが立ち並ぶが、それが事実かどうかなどどうでもよかった。
ただ僕が危惧していた仕事ではないことがわかったことに心底ほっとしていた僕はシャロンの言葉に「はいはい」と適当に返事をした。
この広い森の中で失くしたものを見つけるのは難しいだろうなと思いつつも、早くシャロンに出て行ってもらうために真剣に探していると、シャロンがふと海岸にいた蛇のことを尋ねてきた。
「碧はあの蛇を飼っているのかい?すごく懐いてたから気になったんだ」
「いや、海岸に行くといつもいるから遊んでやってるだけ。なぜか昔から生き物に好かれやすいんだ」
直接見せた方が早いと僕は考え、近くの木にとまっていた野生の鳥に手を近づける。すると鳥は僕の手にすり寄ってきた。まるで長年飼っていたかのように。
シャロンが手を近づけようとすると鳥はあっという間に飛び去ってしまった。
「きっとそれは碧の才能だろうね。今まで旅してきたなかで何人かそういう経験をしてる人にあったことがあるよ。たとえば、動物と話せるとか植物の声が聞こえるとか人の感情が手に取るように分かるとかさ」
「……僕だけが変なんじゃなかったんだ」
「まあ、最後に会ったのはもう何年も前のことなんだけど……」
話をしている途中でシャロンは黙り込んでしまった。僕がどうしたのか尋ねようとすると手で口をふさがれた。
「……何かいる」
シャロンは小さい声で囁き、あたりに耳を澄ませる。
ガサッガサッガサッ、茂みのなかでなにかが動く音がする。僕の頭にはシャロンが話していた魔獣の二文字が不意に浮かび、冷や汗をかく。シャロンも警戒しているのか距離を取り、相手の動きを待つ。
シャッ、ベシッ。小さな何かが茂みから飛び出て、僕の顔面にへばりつく。
『わー‼どこ行ってたんだよ、シャロン!』
顔面に張り付いたまま喋る何かを僕は引きはがす。よく見るとそれは小さなトカゲだった。深紅の身体にルビーの瞳をしており、首元にはシャロンが付けているものと同じ赤い石のついたチョーカーをしていた。
「なんだヤムか。驚かせないでくれよ」
シャロンは気が抜けたのか、ヘタリと座り込む。どうやらヤムというのがこのトカゲの名前のようだ。
『なんだこの若造ハ?お前名前はなんて言うんダ?』
「僕は碧……。トカゲなのに喋ってる⁉」
『お前、俺の言葉がわかるのカ⁉』
「えっ‼碧ヤムの言葉聞こえてるの⁉」
三人の間に衝撃が走る。
ヤムはトカゲの姿をしているが本来の姿は四足歩行の竜だそうだ。異世界の生き物と会話するには、シャロンとヤムが首につけている特別な石に魔力を流す必要らしいのだが、どうやら僕は普通に会話ができるようだ。
生き物の声が聞こえるのは人生で初めてのことで、僕は混乱していた。シャロンと出会ってから僕の頭は混乱しっぱなしだ。
「驚いた。こっちの世界で生き物と会話ができる人に会うなんて」
シャロンは開いた口が塞がらない様子だった。
『碧カ。なかなか気に入ったゼ。よろしくナ』
シャロンは今魔力回復中でヤムと会話するのに必要な魔石に魔力を流せないので、僕がヤムの面倒を見ることになった。
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