恐怖のおじさん
ゲリダ豪雨に見舞われてしまった。
出先の個室で、止まない雨に苦しめられていると、ふいにお腹を走る稲妻が、途切れる。
終わった……?
終わったの、ゲリダ豪雨……?
額の汗を手で拭い、めくりあげたスカートを握りしめる拳の力を、私が思わず緩めた時だった、背後から男性の低い声がしたのは──
「俺が終わらせてやった。感謝しろ」
「うわあああっ!?」
振り向くと、黒いスーツ姿のイケオジがそこに立っていた。私が今度は止まらない悲鳴に取り憑かれ、便器の中へ危うくお尻を落としそうになっていると──
「俺のことを知らないのか?」
イケオジはあくまでも冷静な態度で、かけていたサングラスを外す。
「俺の名前を言ってみろ」
「キャアァァァ! キャアアァァァア!」
「……そんな名前ではない」
冬の便座のぬくもりが、サッと冷えていく。
私は本能的に叫んでいた。
「へ……、変態!」
「……そうだ」
イケオジはサングラスをかけ直すと、自信たっぷりに名乗った。
「俺が『変なおじさん』だ」
そして踊りはじめた。
トイレの個室狭しと、しかし器用に壁などには当たらないように、『変なおじさん、変なおじさん』と繰り返しながら、キレッキレのダンスを披露する。
私は身も心も凍りつきながら、でもなんだか頬がゆるみはじめ、やがては笑顔になっていった。
魂をなくした操り人形のように──




