第一話
自己嫌悪
朝、それは日々の命を吹き込むと同時に、自分の本能と嫌悪を浮かび上がらせる不可避な蜃気楼。
夢も見ずに機械的に目を覚まして、誰もいない寝室を見回し、私は目を細めた。
かろうじて息が吸えているなと実感するが、息苦しさを覚えて鼓動の波が一気に押し寄せる感覚があった。
カーテンを開けて、憎たらしいくらい眩しい日差しが瞼に差し込んで、暖かさが残る肌をジリジリと焼いていく。
陽の光が「おはよう、今日も普遍的な1日の始まりだよ」と言っているような気がして、抗うように遮光カーテンを閉めた。
薄暗い部屋を移動して洗面台の前に立つ、そのまま顔を洗って、昨日落としきれていないメイクを洗い落とし、仮初の姿の自分を削いでいく。いつまで経ってもこの作業は億劫で、ぬるま湯が塩酸で顔ごとそのまま溶けてしまえばいいのに、と思うときだってある。
顔を上げる。
均等に整った茶色い双眸、長い睫毛、気持ち悪いくらいにすっと通った鼻筋。三日前に染めたピンクの髪も傷んでいる様子もなく、艶を維持したまま輝いている——こんな欠点のないきれいな顔なんて、私自身の呪いみたいなものだ。
私はきっと、頭がオカシイのだと思う。
普通の人は「整った顔に産まれたかった」や「やっぱり男or女は顔だよね」と言うと思うが、それは自分の理想を芸能人だったり、インフルエンサーだったりに自己投影しているだけ。なんで人はないものねだりを繰り返してしまうんだろう。
私だって、望んでこの顔に産まれたかったわけじゃない。できるならもっと普通な顔に産まれて、普通の人生を送って、普通の境遇に産まれたかった。
そんな私怨を香水を振るかのように自分に取り巻いては、何事もないような顔をして日常生活に溶け込み、社会という名の歯車の一部として今日も奴隷のように日々を送っていく。
「まあ、もう私には関係ないか」
達観したようにつぶやき、鏡越しに笑ってみる。とんでもなく不器用な笑みは、人間らしいのか、頬の筋肉がもう昨日しなくなってしまったのか、笑い方を忘れていることを正当化している言い訳に過ぎないのか。
そう思っていると、テーブルに置いてあった携帯のバイブ音が鳴り、来たかという表情を浮かべて形態の通知を確認する。
『お疲れさまです。今日は何時に出勤しますか?』
私はリビングのソファーに深く腰掛け、「いつも通り8時にお願いします」と入力した。
メッセージを送信し、漸次沈んでいく体をソファーに預け少し考える。
たまに、人生の意味なるものを考える時がある。何者でもない私なのだから、なんでもない人生を送りなんでもなく土に還るのが道理なのだろうが、今の仕事上そうはさせてくれない。まあ、別に作業と考えればなんてことないが、相手の真意というものは、国語の授業じゃあるまいしわかるわけがない。
仕事専用のメッセージアプリを終了し、ほとんど公式サイトしか通知が来ないラインを確認する。通知が溜まっていくのはストレスだから、定期的にメッセージ数を消すようにはしているからか、嫌でも自分の名前や過去の傷跡なども見え隠れしてしまうからか、目を眇める。
プロフィールの書いてある名前は、大山美海。
あいつらがつけたとは思えないほどきれいな名前で、心の底から憎たらしくて。涙が出そうなくらいに嫌いな名前の響きで。神様のふりをして、あの冷たい声で、拳で、痛みで、肌と私の人生という名の足跡に、一生整備しきれない轍を刻みつけてみせた。
「ほんとにさ....嫌だよ、こんな名前」
私——大山美海は、やりたいことすらできないで、繁華街の夜の店でのうのうと小銭を稼ぎ続けている、水銀のような自己嫌悪に塗れ、心が錆びついた22歳の人形。




