第89奏:予選前夜
予選前日。
四人は雅の家にある専用スタジオで、最後の練習をしていた。
琴音のキーボードが優しいメロディーを奏で、綾乃のベースが土台を支える。
雅のドラムが力強くリズムを刻み、イヴのギターと歌声が重なっていく。
完成した新曲が、スタジオに響き渡る。
演奏が終わると、四人は息を整えた。
「……完璧だね」
綾乃が静かに言うと、三人は頷いた。
「うん! もう、何度やっても完璧に弾けるようになった!」
イヴも満足そうに微笑む。
「そういえば……」
琴音がふと思い出したように口を開いた。
「新曲の名前、まだ決めてなかったですよね……」
その言葉に、四人は顔を見合わせた。
「あ、本当だ! すっかり忘れてた!」
イヴが驚いたように言うと、綾乃も苦笑した。
「曲作りに夢中で、タイトルのこと考えてなかったね」
「どんな名前がいいかしら?」
雅が尋ねると、イヴは少し考える仕草を見せた後、パッと顔を上げた。
「あっ、私、今いいタイトル思いついた!」
「どんなの?」
綾乃が尋ねると、イヴは自信に満ちた表情で答えた。
「『Over the Top』! どう?」
「オーバー・ザ・トップ……」
琴音が静かに繰り返すと、雅も興味深そうに首を傾げた。
「『頂点を越える』という意味ですわね。素敵なタイトルですわ」
「でも、どうしてそのタイトルなの?」
綾乃が尋ねると、イヴは少し照れくさそうに笑った。
「えっとね、私たち、ずっと壁にぶつかってきたじゃん? 曲作りも大変だったし、それぞれ悩みもあった」
イヴは三人の顔を見渡しながら、言葉を続ける。
「でも、私たちはその壁を越えてきた。そして、これからももっと高い場所を目指していく。だから、『Over the Top』。私たちの限界を越えて、もっと高みへ行こうって意味を込めたんだ」
イヴの言葉に、三人は静かに頷いた。
「……いいね、そのタイトル」
綾乃が微笑むと、琴音も嬉しそうに頷く。
「素敵……私たちにぴったりのタイトル……」
「わたくしも、とても気に入りましたわ」
雅も満足そうに微笑んだ。
「それじゃあ、決まりだね。『Over the Top』」
綾乃の言葉に、四人は顔を見合わせて微笑んだ。
「次は、『欠片の音色』を通してみよう」
綾乃の言葉に、四人は再び楽器を構えた。
文化祭でも披露した『欠片の音色』。
四人にとって、初めて完成させた大切な曲。
それもまた、完璧に演奏できている。
「……よし」
綾乃は時計を確認すると、楽器を置いた。
「今日はここまでにしよう」
「え? まだ時間あるよ?」
イヴが不思議そうに尋ねると、綾乃は静かに微笑んだ。
「明日に備えて、体を休めよう。やりすぎて疲れちゃったら意味ないからね」
綾乃の言葉に、三人は納得したように頷いた。
四人はスタジオのソファーに座り、しばらく沈黙が続く。
「……緊張するね」
イヴがぽつりと呟いた。
「うん……。大丈夫かな……私たち……」
琴音も不安そうに言う。
雅は静かに目を閉じているが、その表情からは緊張が隠せていない。
綾乃もまた、冷静を装っているが、内心では激しく緊張していた。
(明日、予選……)
綾乃の脳裏に、過去のトラウマが蘇りかける。
あの日、全国大会を前に崩壊したバンド。
母を亡くし、仲間に裏切られた、あの日の記憶。
(また、失敗するんじゃないか……)
そんな不安が、綾乃の心を支配しようとする。
しかし、綾乃は首を横に振った。
(……ううん、今は違う)
綾乃は三人を見つめる。
イヴ、琴音、雅。
信頼できる仲間たちが、ここにいる。
「……大丈夫」
綾乃が静かに言うと、三人が顔を向けた。
「私たちなら、大丈夫だよ」
綾乃の言葉に、イヴは少し不安そうな表情を浮かべる。
「でも……もし失敗したら……」
「失敗しても、私たちは一緒だよ」
綾乃はまっすぐにイヴを見つめた。
「私たちは、一人じゃない。四人で一つのバンドなんだから」
その言葉に、琴音の目に涙が浮かぶ。
「綾乃さん……」
「わたくしたちは、ここまで一緒に歩んできましたわ」
雅も静かに言葉を続ける。
「明日も、一緒に歩めばいいだけですわ」
雅の言葉に、イヴは涙を拭いながら頷いた。
「……うん。そうだね」
「それじゃあ、みんなで誓おう」
綾乃が手を前に出すと、三人もそれに続いた。
四人の手が、重なり合う。
「明日、私たちは全力で音楽を奏でる」
綾乃の言葉に、三人が続く。
「そして、必ず予選を突破する!」
四人の声が、スタジオに響き渡った。
しばらくして、四人はスタジオを出た。
「それじゃあ、また明日」
「うん、また明日!」
四人はそれぞれの家路についた。
綾乃は自分の部屋に戻ると、紺色のベースを手に取った。
柔らかい布で、丁寧に磨いていく。
(明日、このベースで、最高の音を奏でる)
綾乃は静かに決意を固めた。
イヴは自分の部屋で、何度も歌詞を読み返していた。
四人の物語が綴られた、大切な歌詞。
「明日、ちゃんと歌えるかな……」
イヴは不安を感じながらも、歌詞を握りしめた。
琴音は、自分が作った曲の音源を何度も聴き返していた。
(この曲が、みんなに届きますように……)
琴音は祈るように、目を閉じた。
雅は、ドラムスティックを握りしめていた。
(明日こそ、あの舞台に立つ)
『Ablaze』で果たせなかった夢。
それを、今度こそ叶える。
雅はそう心に誓った。
そして、予選当日の朝。
綾乃は目覚まし時計の音で目を覚ました。
窓の外からは、夏の朝日が差し込んでいる。
「……今日が、その日だ」
綾乃は深呼吸をし、ベッドから起き上がった。
イヴもまた、早朝に目を覚ました。
「今日……予選だ……!」
イヴは緊張と期待が入り混じった表情で、ベッドから飛び起きた。
琴音は、静かに目を覚ますと、窓の外を眺めた。
「……頑張らなきゃ」
琴音は小さくそう呟いた。
雅は、優雅に朝食を取りながらも、その表情は真剣そのものだった。
「今日こそ……」
雅は静かに決意を固めた。
四人はそれぞれの準備を整えると、ライブハウス『RESONANCE』へ向かう準備を始めた。
長い道のりの末に、ついにこの日がやってきた。
GSG予選当日。
『Aura・Notes』の、新たな挑戦が始まろうとしていた。
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次回の更新は、第90奏:予選の幕開け、1月14日午後5時30分です。




