第6奏:錆びついた弦と、届かない音
この度は本作品をお選びいただき、誠にありがとうございます。
前話において、本日投稿するとお伝えしたと思いますが、本小説のストックが60話近く溜まっておりまして、早くみなさまにお見せしたい一心ですので、今日から毎日投稿したいと思います。
またストックが減りましたらペースを落とすかもしれませんが、それまでのお付き合いをよろしくお願いします。
ライブ前日。
綾乃はいつもの公園に行かず、放課後はまっすぐ家に帰り、蕎麦屋の手伝いに打ち込む。
客の注文を取り、そばを運び、食器を洗う。
単調な作業に身を任せることで、心の穴を埋めようとしていた。
しかし、ふとした瞬間にイヴの笑顔や彼女の歌声、そして自分から手放したはずの紺色のベースが脳裏をよぎる。
その日の夜、綾乃は自室の机に向かい、教科書を広げていた。
だが、文字は頭に入ってこない。
視線の先には空っぽになった部屋の隅。
かつて、そこには自分にとってかけがえのない存在が置かれていた。
それが今、イヴの元にあるはず。
「……これで、よかったんだ」
そう呟く声はまるで、自分を納得させようとしているかのよう。
しかし、心は千々に乱れている。
音楽をやめたはずなのに、どうしてこんなにも苦しいのだろう。
その時、綾乃のスマートフォンが震えた。
画面には、イヴからのメッセージ通知が表示されている。
『綾乃ちゃん、元気?明日、いよいよライブだよ! 私のバンドがステージに出るのは、夕方の6時半から! もしよかったら、見に来てくれると嬉しいな!』
イヴらしい、明るく無邪気なメッセージだ。
だが、綾乃の心は激しく揺さぶられる。
返信を返そうと動いた指が止まった。
「……もう、関わらないって決めたのに」
綾乃はスマートフォンをベットの方向へ下から投げる。
一方、イヴは自室でスマートフォンを握りしめながら、既読になった綾乃からの返信を待っていた。
「……やっぱり、怒ってるのかな」
イヴは、悲しげに呟く。
彼女の近くには、綾乃から強引に渡された紺色のベースが立てかけられ、それを眺める。
その隣には、自分の赤色エレキギターが置かれていた。
「うん……」
イヴは、小さく頷いた。
綾乃が教えてくれたギターのコードを指先でなぞってみる。
不器用だった自分の指が、少しずつ形にはなっているとは思う。
「綾乃ちゃん、絶対見に来てね。必ず明日までにベースの子を探し出して、最高の音を出すから」
そう心に誓いながら、イヴはライブへと向かう決意を固めた。
最後まで読んで頂き、誠にありがとうございます。
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