第64奏:アクシデント
リムジンから降り立ち、雅の自宅の地下にある専用スタジオへ通された綾乃は、自分のベースを準備する。
雅は巨大なドラムセットの前に座ると、スティックを構え、自信に満ちた表情で綾乃を見つめた。
「さあ、わたくしを満足させてくださいまし!」
その言葉に綾乃はわずかに緊張しながらも、ベースを肩にかける。
そして雅のカウントが始まり、二人のセッションが開始された。
しかし、その出だしは意外なほど穏やかだ。
ゆったりとしたドラムのリズムに合わせて、綾乃はベースを弾き始める。
それは自分たちが作曲したメロディー、『再生の詩』。
綾乃は驚きを隠せなった。
完璧なほどまでに叩けている曲を雅はまるで昔から知っていたかのように、即興で叩いていたからだ。
すると、雅は綾乃の驚きに気づいたのか、ニヤリと笑う。
「貴女方の曲ですわ。どうです、わたくしのドラムは?」
ドラムを叩きながら言った雅の言葉に、綾乃は言葉を返す代わりでベースの音で応える。
そしてセッションは、徐々に熱を帯びていった。
雅のドラムはまるで嵐のように激しさを増していく。
それは綾乃たちのバンドの曲、『Blue-Echo』だ。
綾乃は、その激しいリズムに必死についていく。
久しぶりのドラムとのセッションに、綾乃の指はまるで生きているかのように軽やかに動いた。
「素晴らしいですわ、綾乃さん!」
そして雅は最高の笑顔で綾乃を褒める。
しかし、アクシデントは唐突に起きた。
演奏が最高潮に達したその時、
ーーバツンッ!ーー
という、スタジオの空気を切り裂くような大きな音が響き渡る。
綾乃は思わずベースを見つめると、そこには一本の真っ直ぐ張られた弦が真っ二つに分かれていたのだ。
弦が切れたのは一番太い、第四弦。
そこで綾乃はある事に気がつく。
それは自分がベースを辞めてから一度も弦を変えていないことだった。
半年以上も放置していたのだ。
弦は数カ月ごとに交換するのが常識。
それでもいきなり切れるのはそうそうない。
しかし、今の演奏にそれだけの熱量と魂を込めていたということ。
更に雅は自分の世界に入っているのか、それとも弦が切れたことに気づかないのか、そのまま激しいドラムを叩き続けている。
綾乃は切れてしまった第四弦を、そっと指でなぞった。
残された三本の弦。
このまま演奏を続けるには、限られた音で対応しなくてはならない。
この試練に綾乃はあることを思いつくのであった。
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