第62奏:車中の邂逅
綾乃の目の前に停まったのは、まるで夜を映したかのように黒く、光沢を放つリムジン。
そのドアが静かに開くと、中から雅が姿を現した。
彼女はライブハウス『Sound Nest』や『RESONANCE』で見た服ではなく、凛とした美しい制服を身につけている。
その意外な姿に、綾乃は言葉を失った。
「……どうぞ、お入りください」
雅は穏やかな微笑みで綾乃をリムジンの中へ招き入れる。
しかし、綾乃は一瞬戸惑ってしまう。
こんな高級そうな車に乗っていいのだろうか。
更に周囲の視線も気になり、そっと辺りを見回すと、近くを通る生徒たちがヒソヒソと話し始めているのが聞こえきた。
「あれ、あの車ってすごくない?」
「誰か有名人でも乗ってるのかな……?」
その視線に居たたまれなくなり、綾乃は逃げるようにリムジンの中へ乗り込んだ。
広々とした車内は革張りのシートで飾られており、まるで高級ホテルのスイートルームのよう。
雅は綾乃の向かいのシートに座ると、改めて自己紹介を始めた。
「まだ、わたくしたち自己紹介すらしてませんでしたわね。わたくしは、九条雅と申します。そしてわたくしが通っているのは、桜ヶ丘女子学院という学校で、学年は一年ですわ」
綾乃はその言葉に目を見開く。
九条グループは日本を代表する巨大企業であり、桜ヶ丘女子学院は誰もが知る名門のお嬢様学校だ。
「え……じゃあ、その……」
綾乃が言葉を詰まらせると、雅は静かに頷いた。
「ええ。わたくしは、九条グループの代表取締役社長の娘ですわ」
そのあまりにも衝撃的な言葉の数々に、綾乃は驚きを隠せないまま固まってしまう。
そしてリムジンの窓からは見慣れない景色が流れていった。
次第に思考がまとまり、綾乃の口もゆっくりと開く。
自分も自己紹介をしなくては。
「……えっと、私の名前は藤原綾乃、です。私も学年は一年で、通ってる高校は心音高校……って迎えにきてるのだから知ってますよね!」
綾乃は一人でツッコミをしながら顔から火が出そうなほど、頬を赤らめてしまう。
思考はまとまりかけていても、口が上手いように動かない。
すると、雅がフフっと笑いながら首を傾ける。
「落ち着いてください。それにわたくしたちは同じ年の同級生なのですから、そんな堅苦しいのは無しでいきましょ。……あっ、わたくしの話し方は癖ですので、お気になさらないで」
雅からの申し出に、綾乃は肩の力が無意識に入っていたことに気がつく。
そして深呼吸をニ、三回程して気持ちを落ち着かせる。
そこで綾乃はあることに気がついた。
「……あの、そういえばこのリムジンは、どこへ向かっているんです……向かっているの?」
綾乃の質問に、雅は優雅な笑みを浮かべながら答える。
「わたくしの、お家ですわ」
「え……!?」
「あなたと、セッションをしたいのです」
そして雅は真剣な眼差しで綾乃のことを見つめた。
「貴女にバンドを誘っていただいたことは、本当に嬉しく思いましたわ。ですが、わたくしが本当に加入すべきバンドなのか、音楽を通して見極めたいのです。音楽は、嘘をつきませんから」
リムジンは次第に都心から離れた道を進んで行く。
そして綾乃の視界には、想像をはるかに超える、巨大な大豪邸が飛び込んでくるのであった。
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次回の更新は、第63奏:セッション開始、10月18日土曜日午後5時30分です。




