第54奏:幻音
文化祭ライブまで、あと3週間。
三人は、ドラマーの不在を埋めるのではなく、自分たちの音楽をどこまで高められるか、という新たな目標に向かって練習に励んでいた。
しかし、まだ新曲は完成していない。
作曲は琴音が担当しているが、今は頭を抱え、机の上に置かれた楽譜の前で唸っていた。
そんな中、綾乃はふと美月がオーナーを務めるライブハウス『Sound Nest』に、あることを思く。
綾乃は二人を誘い、ライブハウス『Sound Nest』へ向かうこととした。
ライブハウス『Sound Nest』に到着して中に入ると、美月がカウンター席でタバコを吸いながらパソコンを操作している。
「あの、美月さん、もしあったらでいいんですけど、『Ablaze』のライブ映像、見せてくれませんか?」
綾乃の言葉に、美月は一瞬だけ目を見開いたが、すぐに微笑んで応じた。
「いいわよ。ちょうど、この前のライブの映像を編集しているところだったから、終わったら見せてあげる」
「この前のライブですか?」
綾乃がそう言うと、美月は頷き、パソコンの画面を見せる。
そこには先日の『Ablaze』のライブ映像が映し出されていた。
「もうすぐ終わるから、そこのソファーで待ってな」
美月の言葉に三人は頷き、指定されたソファーに座って彼女のことを待つ。
すると、急に部屋が暗くなり、照明を落とされ、目の前の大きなスクリーンに映像が映し出された。
そこに映っていたのは、仮面をつけた四人組のバンド、『Ablaze』だ。
三人は息をのんでその演奏を見つめる。
「……やっぱり、すごい」
イヴが震える声で呟いた。
「この音は……誰にも真似できない……」
琴音もその圧倒的な存在感に、言葉を失っていた。
その中でも、綾乃はドラムの少女に見入っていた。
映像の中で、少女は顔こそ仮面で隠されていたが、その全身から、音楽に対する狂気にも似た情熱がほとばしっていた。
力強く、そして繊細なそのドラムは、聞く者の心を揺さぶる。
もし、あの時、彼女がバンドに加入してくれていたら、自分たちの音楽はどんな『高み』に到達できたのだろうか。
しかし、その思いはすぐに打ち消される。
少女は一人で『高み』を目指すと言った。
彼女のあの時の言葉は、仲間と共に音楽を創り上げることへの喜びと、その一方で一人で音楽と向き合うことの孤独が複雑に絡み合っているように綾乃には聞こえていた。
一方、イヴと琴音はドラムではなく、ボーカルに見入っている。
(どこからこんな声が出てくるんだろう、身体が、心が震える)
(やっぱり……私が作る曲と全然違う……)
三人が今見ている映像で思っていることは各々違う。
だが、文化祭ライブで披露する新曲をなんとしてでも完成させる、という思い、気持ちは再度固まる。
この日のライブ映像は彼女らにとって、単なる過去の記録ではない。
それは三人の心を揺さぶり、新たな道を示してくれた、大切な道しるべとなったのだ。
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次回の更新は、第55奏:四つ目の音、10月10日金曜日午後5時30分です。




