第3奏:五線譜に触れた指先
前回の投稿で、18日午後5時30分からの投稿だとお伝えしましたが、今日の更新に前倒しします。
今後は月、水、金、日の週4日の更新でいきますので、よろしくお願いします。
突然の変更で大変申し訳ございませんが、よかったら最後までご覧いただけますと幸いです。
「ねえ、綾乃ちゃん。私と一緒に、バンドやろう!」
イヴのまっすぐな瞳は、少しも曇っていなかった。
しかし、その熱意とは裏腹に、綾乃の心は氷のように冷えていく。
かつての仲間たちの嘲笑と、崩壊したバンドの記憶が、鮮明に蘇る。
「……無理」
綾乃はイヴから顔をそむけるようにして、静かに言った。
「私には、もう……その資格はない」
「どうして……?」
イヴは驚きと戸惑いの表情を浮かべる。
「綾乃ちゃんのベース、きっといい音色だよ」
綾乃は、イヴの言葉にハッとした。
彼女はまだ、綾乃がベースを弾く姿を見たことがないはずだ。
なのに、なぜそんなことを言うのだろう。
「それはあなたが想像しているような音じゃない。それに……」
綾乃は言葉を発しようとしたところ、イヴが遮る。
彼女は背中に背負っているギターを降ろし、前に抱えた。
「ねえ! だったら綾乃ちゃんが、私に教えてよ! このギターを私がちゃんと弾けるようになるまで教えて! 綾乃ちゃん音は、誰にも真似されない音のはずだよ!」
「は?」
予想外の提案に、綾乃は呆然とする。
その瞬間、綾乃の脳裏に優しく微笑む母親の顔が浮かんだ。
「綾乃の音は誰にも真似できない、貴女だけの音だから。絶対に誰にも負けちゃダメよ」
幼い頃、ベースを弾く自分を見つめながら言われた言葉。
その記憶が、イヴの言葉と重なる。
「ね、お願い! 綾乃ちゃんはベースがすごくうまいと思うんだ! だから、私にギターを教えてくれる先生になってよ!」
イヴの言葉は、まるで太陽が氷を溶かすように綾乃の心を少しずつ温めていく。
綾乃は断ろうとした。
だが、言葉を飲み込む。
イヴの純粋な情熱を前に、自分の中の何かが揺らいでいるのを感じたからだ。
「……別に、いいけど」
綾乃は、小さくそう呟く。
「ただし、条件がある。私はバンドには入らない。ただ、ギターの弾き方を教えるだけ」
「うん! わかった! ありがとう、綾乃ちゃん!」
イヴは、満面の笑みで綾乃に抱きついた。
本当にわかっているのだろうか。
綾乃は少し驚きながらも、その温かさに胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
その日の放課後。
春の風が心地よく吹き抜ける中、二人は並んで公園に座る。
イヴが持っていたギターケースを開けると、中に収められていたのは、赤色のエレキギターだった。
彼女はそれを大事そうに抱え、綾乃は自分の紺色のベースを抱えてる。
「じゃあ、まずはここから」
綾乃は、イヴの指をそっと持ち、ギターの弦に触れさせた。
その感触は、綾乃の心にも忘れかけていた音を響かせる。
これは、バンド結成の第一歩ではない。
ただの講習。
そう自分に言い聞かせながら、綾乃はイヴにギターのコードを教え始めた。
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